俺のこれから


平井がいなくなったのは、当然梓ちゃんから相談を受ける前から知っていた。

しかし、平井を追い返した次の日、また平井はやってきて、まったく同じことを繰り返した。訳が分からなかったがどんなことがあってもドアを開ける気はない。同じように追い返した。


次の日の昼、梓ちゃんから再び呼び出された。どうやら彼女の元へも平井は行ったらしい。しかし彼女には平井の姿が見えなかった。見えないのに声だけが聞こえるとは、平井は『バケモン』に捕まって幽霊にでもなったんだろうか。

そう思い、とにかくその日のうちに霊的なものへの対処法を思いつくだけやって解散した。そして2日目となる夜、平井はうちに来たが、梓ちゃんのところへは行かなかったらしい。


そして3日目、梓ちゃんの家に行かなくなったということは、平井の行動に違いがあるのではないか、とずっとドアスコープを覗いていた。俺には変わらず、平井の姿が見えていた。いつも通り会話していたが、平井が去っていく様子はなかった。

追いかけてくる化け物によっては何かしらの対処をする必要があるかもしれない。俺の身を守る必要も。


だがその心配はいらないようだった。


平井を追いかけていたのは本当に化け物だった。

赤黒くて、ネチャネチャと糸を引いていて、てらてらと蛍光灯の光を反射している。

それが平井を飲み込んで、すぐに煙のように消えた。



そういえば、平井を追い返しやすいので、平井にはドアを開けない理由を梓ちゃんを奪った仕返しだと言ったが、俺は色恋沙汰でのピンチを黙ってみているほどバカじゃない。

平井は俺のことをよく親友だと言っていたが、あれは俺をつなぎ留めておくだけの形に過ぎない。俺だって最初は親友だと思っていた。でもあいつはただ、都合のいい時に使えて、普段一緒にいても退屈しない奴をそばにおいておきたいだけだった。

それだけなら、まだ許してやってもよかったのに。俺は聞いてしまった。


『最近、桂、使えなくなってきた気がするんだよな~。あいつ、一軍パシリとして結構役に立ってたのにな。俺の言うことほいほい聞くし。

でも最近じゃずっと一緒にいたがって代返やりたがらないし、ノリも悪いし。せっかくあずとくっついて離れていく前に俺が邪魔したのに意味ないじゃん。あずだって殴られ損だよなぁ。どうでもいいけどさ。

あー、あいつは長かったけどそろそろ二軍パシリを昇格してやるか!』


そういって俺の知らないチャラチャラした奴らと笑いあっていた。


少し調べたら、噂の方から飛び込んできた。平井は昔から自分に都合のいいパシリを何人も作っていて、飽きる度、使えなくなる度、とっかえひっかえしてきたのだと。今までは平井が圧力をかけていたようで、俺の耳に直接入ることはなかった。

俺がいらなくなったら、俺を引き留めるためだけに付き合った梓ちゃんだって捨てられていただろう。暴力で支配するような男とは離れた方が幸せかもしれないが。


あの化け物だって、そういう怨念のようなものが集まってできたのではないか。苦しめられた誰かが平井のことを呪ったのではないか。要は自分で蒔いた種なのだ。

何度あの恐怖に歪んだ顔を思い返したところで、かわいそうとはちっとも思わない。





あの日から毎日、平井は俺の元へやってくる。俺に助けを求めて。

色々対策をした梓ちゃんの家には行けなくなったようで、毎日毎日俺の部屋の前であの化け物に飲まれていく。



もし、あの扉をあけてやれば、平井は元通りの生活に戻れるのだろうか。


もし、俺がお祓いでもしてやれば、平井もあの化け物も成仏するんだろうか。


それとも、あの化け物の気が済むまで、平井は延々とループを続けるのだろうか。終わりがあるのかもわからないループを。




再びあの問いが頭の中によみがえる。


『先輩ならどうしていましたか?』


俺だったら……俺は……



開けてやる気はないよ。


少なくとも、俺の気が済むまでは、な。






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