お留守番の夕方
雪村悠佳
お留守番の夕方
沈みゆく太陽が窓の外を朱く染める自分の部屋で、昭博はふと天井の蛍光灯を見上げた。
ふぅ、と小さくため息をつく。空のコップと少しコーラが残ったコップが、お盆の中で2つ仲良く並んでいる。
いつだって日曜日が過ぎるのはあっという間だ。それはいつものことだけど、今日に限っては特にあっという間に過ぎていった1日だった。
久しぶりに片付けた部屋はいつもよりずっと広く思える。昨日の夜中までかかって片付けただけに、なんだか自分の部屋じゃないような妙な気持ちになる。
コップに残っていたコーラを一口で飲み干す。
それから昭博は、少し乱れたままのベッドに倒れ込んだ。
「嘘みたいだなぁ」
小さく呟いた。……この部屋に、彼女が来ていたなんて。
中学までの昭博は、もてないいじめられっ子だった。人間関係は最初が肝心だという言葉が、昭博にはきっちり当てはまっていた。……つまづいたのは小学生の時。最初は昭博自身も記憶にない、おそらくは些細なことだった。どこかでの言動が誰かの機嫌を損ねたとか、そういうことから、気がつけば上下関係が出来ていた。
そして中学になっても状況に変わりはない。昭博の通う中学は、小学校2つ分の校区しかない小さな学校だった。学年の3分の2は昭博の小学校からの持ち上がり。状況はまったく変わらない。
いじめ、と言ってもおそらくは残酷と言うほどのものではなかった。もしかしたらいじめというのも大袈裟なのかもしれない。ただ、クラスの中で地位が低いだけ。それだけ。
それはある意味、殴られるより残酷だった。
だから昭博は、敢えて高校は遠くの高校を選んだ。小さな町とはいえ鉄道が走っているこの町なら、遠くの高校に通学するのもそんなに難しいことではない。だから、自分を知っている人が少ないような学区の外れの高校を選んだ。ついでにそれまで長めだった髪の毛も思い切って短くした。生まれて初めて理容店ではなく美容院で髪の毛を切った。元々どちらかと言えば体型も少し太い方で格好良いというほどにはなれなかったけど、それなりに良い感じはなった。
そして、高校デビューは成功した。
ごく普通にクラスの友達と騒ぎ、放課後も普通に部活とか行って、……そして何より、女の子と普通に話す。周りには出来たのに自分には出来なかったささやかなことが、気がついたら自分の周りでも普通のことになっていた。
中学の頃は彼女なんて出来ないと思っていた。
でも、気がついたら仲良く話す女の子も出来ていた。いつの間にか二人で話す時間ができていた。
付き合っている、と確認はしていなかったけど、周りからもそう思われていたし、自分もそういうつもりだった。
そして今日、日曜日。
両親は一日中出かけていて、昭博は一人でお留守番。
家に遊びに来ないか、町でも案内するよ、と言った昭博に、彼女は軽く笑みを浮かべてOKと言った。
胸がどきどきするのを止められなかった。
昨日の夜だって眠れずに部屋の片付けばかりしていた。
だからあまり寝ていないのに、今日は朝早く目が覚めてしまった。
待ち合わせ場所には1時間前に着いた。彼女は待ち合わせ時間の数分前に現れた。
「お待たせ」と言われて「全然」と答えるのはお約束。
普段着ない服をわざわざ着ていたという彼女は、昭博には見違えてかわいく見えた。
町を案内すると言っても小さな町のことで、見どころと言ってもせいぜい戦国時代の領主の城跡ぐらいしかない。あとは小さい頃に境内で遊んだ神社とかその程度。それでも彼女は、楽しそうな顔をして昭博の後をついて来ていた。
町を一周してから駅前の喫茶店。中学校の頃、同級生のデートの定番だった……そして一人で行く気分にもならず昭博にはほとんど縁のなかった場所。彼女はウインナーコーヒーを注文して、昭博はカフェオレ。緊張とどきどきで味はよく分からなかったけど。
そして家に連れて行って、昭博の部屋に案内する。
部屋の片隅のベッドに彼女が座っている。それだけで昭博の心は舞い上がっていた。
冷蔵庫で冷やしておいたコートを、彼女の分と2つ持ってくる。
客観的に見ても、この上なく良い雰囲気だった。
……なのに。
「うまくいかないものだなぁ……」
小さく呟いて、昭博は枕元においていた小さい鏡に自分の顔を写した。
「やっぱりいきなりすぎたのかな……俺の勘違いだったのかな……」
自分の頬に残る真っ赤なモミジ型の跡。。
顔を近づけた瞬間、唇の代わりに自分の顔に叩きつけられた平手。
数分前、どんどんどんと音を立てて、彼女は急ぎ足で部屋を飛び出し帰って行った。
「最低っ」
耳に焼き付いたその言葉を思いながら、昭博は瞼を閉じた。
どこからか日曜の大喜利で有名な番組のテーマソングが聞こえてくる。
彼女の飲みかけのコーラの味が、気が抜けて甘ったるいはずなのに何故かほろ苦かった。
お留守番の夕方 雪村悠佳 @yukimura_haruka
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