手作りロケット
高黄森哉
手作りロケット
【第一話 公園】
おじさんは驚きました。公園の中央に、ロケットがあったからです。ロケットとは、爆発を推力に宇宙まで跳ぶ、乗り物のことです。それは、大変な技術の集合で、とても、公園にありそうなものでは、ないのです。しかし、それはありました。
「これは、あんだね」
おじさんは聞きました。おじさんは、ごっこ遊びかと思いましたし、おとこのこから、そういう返事をもらうことを期待しました。これがもし、本物のロケットならたまったものではありません。もしロケットなら、公園の隣にある、おじさんの家が、離陸の衝撃で、吹っ飛んでしまいます。
「おじさん、これはロケットだよ」
おとこのこは、いいました。
「子供がこれをつくれるはずがないじゃない。いいかい、ロケットと言うのは、世界一頭の良い、科学者が知恵を絞って、ようやく形になるものなのだよ。これは、遊具でしょ」
「どうして、こどもが、世界いち頭のいい科学者さんよりも、賢いことをかんがえないのですか」
「それは、君がまだ子供だからだ」
おじさんは、かんかんに起こりました。おじさんは、古いものごとを、大切にしていて、そのなかにある、亀の甲より年の功、という諺を、古いから、という理由で信用してました。
「これは、まだ完成してないのです」
「これが、本物と言うのなら、どういうこうぞうかね」
すると、公園のフジツボのような遊具から、おんなのこが来て、おじさんに言いました。
「これを点火するとね、月まで跳べるんだって」
「そんなばかな」
「本当だよ。このロケットにはね。花火の粉が入ってるのよ」
「いかんいかん、撤去じゃ撤去」
おじさんは警察に連絡を入れました。
【第二話 警察とのこうぼう】
「こらあー、君たち。かってにロケットをつくってはいかーん」
「警察さーん、それはなぜですかー」
おんなのこは、メガホンをとって警察にたずねました。おんなのこは、すべりだいの天辺にいました。
「それはー、うるさいからだねー」
「うるさいのはー、お互い様じゃ、あーりませんかー」
ゲートボールのカンカンする音や、酔っぱらいの歌、改造バイクの騒音、選挙の演説、大人だって、大音量で生きています。子供と違うのは、それがとがめられることが、ないということです。げんに警察は叱られていません。
「たちのきなさーい。法律で、警察官にしたがわなければ、ならないことは、きまってまーす」
「法律とはなんですかー」
「それは、安全にー、生きていくための、ルールでーす。大人になったらー、それを守って生きなければならないのでーす」
「そんなに大切なものならばー、とうぜん、そらんじることが出来るのでしょーねー。端から順にー、教えてみなさーい」
「そんなのできるはずがなーい。法律は膨大でーす」
「知らないことにー、従って生きるなんて馬鹿げてまーす。それにー、学校で教えられてないことをー、わたしたち子供にー、要求しないでくださーい」
【第三話 夜がやって来た】
こどもたちは、フジツボの下で、籠城することにしました。近所から、山下くんや、森本くんや、桜さんとか、長谷川さんとかを、呼んで、夜にしゅうげきされないよう、用心して、交代で眠りました。そのかいあってか、夜の間、大人が攻めてくることはありませんでした。
「もどってきなさーい」
山本くんのお父さんが叫びます。
「お金も、食事も、洗濯もできないんだから、そとでいきていけるはずがないぞー」
「ねえ、どうおもう」
山本君は、皆に意見を求めます。
「そんなのやって見ないと、分からないよ」と、桜さん。
「やる前に、済ませちゃうんだもんな」と、森本くん。
「それなのに私がしてあげないと、なにもできないとか、ほざく」と、長谷川さん。
「子ども扱いするなよな」、とおとこのこ。
「そうよ、そうよ」、とおんなのこ。
皆の意見は同じようでした。
「だいいち、ぼくたちがいなくて困るのは親の方だよ」
森本君が意見を述べます。
「だって、僕がいないと、喧嘩ばっかりなんだもん。僕がいないとき、必ず喧嘩するんだ。ほら、いまだって」
森本くんの両親の金切り声が、夜空に吸い込まれていきます。寝たくても、寝れないくらいの、騒音でした。
【第四話 ニュースを見た子供たちは】
朝になり、日が射すと、まばらに子供たちが公園へ入ってきました。
「どうも、ぼくは安西。ニュースを見たよ。僕も手伝えることはないかな。とにかく、よろしくね」
「よろしくお願いします。君はなにが出来る人なのかな」
「ぼくは、設計図をかけるよ」
フジツボの遊具に架設された、事務所で、面接が執り行われます。
「よし、採用。次、君はなにが出来るのかな」
「わ、私はなにもできません」
「そんなことないよ。君は、ものを運ぶことが出来るよね。採用」
その、少女の顔はぱっと明るくなりました。大人に、あなたはなにもできないんだから、と否定され続けて、彼女はすっかり自信をなくしていたのです。
彼女のうしろにおとこのこが控えています。そのうしろにはおんなのこが、そのうしろにも、そのうしろにも。子供の行列が、ながながと出来ています。
「俺は、過塩素酸アンモニウムを合成できる」
「採用」
「わたくしは、ペイロードの開発と、その周りの指揮をとりますわ」
「採用」
「ぼくちんは、怪力」
「採用」
そうして、公園は大きな町のように機能し始めました。ロケットの塔を囲う構造で、公園の敷地と同じ形のビルが天へ延びています。そのビルには、警察があり、法律があり、裁判所があり、国家がありました。ただ、大人だけが欠けていました。
【第五話 手作りロケット】
それから、六十年の月日が経ちました。子供たちは成人すると、ビルを離れていきます。ですから、子供たちは、すでに一人も働いていませんでした。また、老朽化したビルはあちこちが壊れ、今にも崩れそうな、様相を呈しています。野次馬なども、変わらない現状に飽き、いまでは、定点カメラの記録だけが、彼らを観察する、ゆいいつのものです。長い間放置されたロケットは、中を泥棒に荒らされて、空っぽの中空構造になっています。泥棒は、一部の子供の、大人になった姿でもありました。
あくる日、かつての子供たちが、またロケットを囲う日が来ました。彼らの、天を目指した残骸を、遂に取り壊すことになったのです。大人たちは、未来の子供たちでした。彼らは、もう、あそこで働いた日々が、よく思い出せないようになっていました。ただ、土地開発の邪魔になるな、と思っていました。
その時です。
その時、燃料が入っていない筈のロケットが、轟音を立てて地面を揺らしました。少年たちの夢を載せたロケットは、彼らを地上に取り残し、天へ向かう航行を始めんとしたのです。みな、その夢に縋りつき、なんとか止めようとしました。しかし、そのロケットは幽霊で、彼らの腕をするりと透けました。
大人たちは、呆然として、天を見上げます。彼らはぽっかりと、何か、失くしてしまったように、感じました。それは、かつてロケットに積んだままにしたものであります。それは、ロケットと共に、高く高く、月を目指していきました。
手作りロケット 高黄森哉 @kamikawa2001
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