第十四幕
収まってきた風の中目を開けると、男が貫く勢いの赤く光る札を、いとも容易く捕まえていた。
「はぁ……やっぱ力が全快になると清々しい気分になるな」
目の前で俺を大きな背に隠すように、堂々と何の不自由なく立っている。その姿は学校での姿よりずっと大人びていて、思い出した記憶の中の男性と同じ。三角の耳に太い尻尾、短く癖の付いている髪、それら全てが白く透き通っていた。
「兄さん……結局、あなたが立ち塞がるのか!」
「凪」
――それは違う。
「そこまでだ」
一触即発な空気の中、それを打ち破る低く重たい声が神社全体に響き渡るようだった。神社の本殿から渋い男性が歩いて出てくる。
「主!」
「……」
それまで冷静に俺らを始末しようとしていた凪さんが、まるで幼い子供みたいに不安を全面に出した表情をする。対して颯は何の反応も示していない。主ということはこの人が神様であり、二人のお父さんなのか。にしても絵に描いたように対極のリアクションだ。
「……」
神様が視線だけ横に逸らして一瞬颯とアイコンタクトをとるような仕草をした。
「その力は颯にしか扱えない、この社には余るものだ」
颯しか扱えない強い力、つまり、颯は神社の主を継いで神様になるのだろうか。颯の背中を見つめる。手を伸ばして掴もうと思っても、引き留めたくても、それが正しいのか分からなくて何も言えずに下げてしまう。
「故に、颯に管理を任せた後追放とする」
聞きなれない強い言葉がいきなり出てくる。
「それは、どういうことですか……」
「今後、颯は社に関わらない。そして、社としても颯のことは一切関与しない。次期柱は凪だ」
俺より動揺していそうな凪さんの質問に変わらない力強い口調ではっきりと告げられる宣言。俺も凪さんでさえ言葉を失っている中、颯の口が弧を描くのが視界の端に見えた。
神様はそれ以上何も言わずに本殿の中に戻った。凪さんも続いて本殿の方へ向かうのを颯が呼び止める。
「凪! 強くなったな」
颯の言葉に凪さんは何も言わず、肩を震わせて腕で顔を拭う動きをしてから本殿の中に駆け足で入っていった。それを見送り微笑む颯は、兄の顔をしていた。目的のためなら手段は問わないそんな二人だけど、だからこそ、兄と弟であることに変わりはないんだ。
颯の表情は直ぐに切り替わってこっちに振り返る。正面から向き合うとより大人になっているのがハッキリと分かる。背も更に伸びているし、また変な緊張を感じてしまう。
「な、凪さんに本当のこと言わなくていいの? それに、追放って……」
「そりゃあ、これは俺と親父の共犯だからな」
さっきから先に聞いていたことと違うことばかりで、いい加減不愉快極まりない俺に対して颯は徐に手を伸ばし、俺の頭に置くとそのままぐしゃぐしゃにかき回される。
「うぇ、うっえぇ」
訳が分からずされるがままになっていると、やがて満足したのか手が離され、ぼさぼさの頭に回る視界を残される。少しして視界が真面になった頃、いつの間にか鳥居の前で立っている颯の傍に駆け寄って少し荒げた声を出す。
「嘘つき!」
「狐だからな、騙される方が悪い」
意地悪に笑って言いながら、俺の腕を掴み鳥居の外に連れ出した。一瞬目の前が強い光で包まれ反射で目を瞑る。
「爽真」
「へっ」
突然聞こえた呼び名に素っ頓狂な声が出て、驚きに目を開けるとよく知った環境に戻ってきていた。空は日が昇ろうとしている最中だ。
「さっさと戻ろう、俺らがいないことがバレる前に」
颯はそう言うと問答無用で俺を担ぎ、その状態で楽しそうに軽々と飛んで運ぶ。颯の手には青紫色の小さな石が握られていた。
山の神様 闇梨 @tenten64
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