第3話 双眼鏡の先


「先輩先輩、怖い話聞いちゃったんですよぉ」


 いつものように大学内を徘徊していると、いつものように後輩が俺を見つけて駆け寄ってきた。

 そして開口一番がそれである。


「怖い話? お前の持ってくる怖い話は碌でもないから聞きたくない」

「とある田舎の旅館なんですけどね。一室にだけ何故か窓際に双眼鏡が置いてあるんですって。その窓から双眼鏡を覗くと、遠くからこちらに向けて手を振っている男の子がぁ」

「すごい。断る前に話し終えてる」

「まだ途中ですよ」


 なんでも、その田舎の旅館とやらに今度友達と一緒に行くらしい。やれやれ、そんなどこかで耳にしたような怪談が現実にあるわけがないだろう。



 というわけで、その田舎の旅館に来た。


「何故俺も?」

「やはり男手は必要でしょう?」


 後輩のしれっとした顔に、俺はたまらずため息だ。全く、ついてくる俺も俺だが、何でも出てくる料理が絶品だの旅行代は要らないだのと言われれば気付いたらここにいた。


「あ、先輩さん今日はよろしくお願いします」

「これはどうも」


 後輩の友達さんから丁寧に挨拶をされ、俺はぺこりと頭を下げた。ところで気になっていた事を聞く。


「何故、宿泊費が要らないんですか?」

「例の部屋に泊まってくれるなら旅館側から代金は要らないと言われてるんです。旅館としても不本意な噂は無くなって欲しいので、問題なく泊まれたという実績が欲しいらしいんですよ」


 端的にどうも。

 どうやら大人の事情というやつらしい。しかしまぁタダ飯もあると言うならば、細かいことは気にしないのが男の務めである。


 そんなこんなで風呂に入り、浴衣姿は眼福でしょう? 先輩。金払え。だのとのたまう後輩を無視して頂いた食事に舌鼓を打ち、お酒も進み上機嫌で部屋に帰った俺は広縁と呼ばれる所に置かれた机の上に双眼鏡を見つけた。


 窓の先には田んぼや遠くに木々の生い茂った山が見えており、広縁の椅子に腰掛け外を眺めているだけで酒で気持ち良くなった頭は更にぷかぷか上機嫌になるだろう。


「ほう、これが件の双眼鏡か」

「先輩、覗いてみてくださいよぉ〜」

「はっはっは。バカ言え、自ら死地に飛び込む阿呆がいるか?」


 と言いながら双眼鏡を手にした。なかなか高そうなやつだ。遠くの景色も綺麗に見えるだろう。

 後輩は顔を赤らめふわふわとしている。その後ろの友達はニコニコニコニコ満面の笑みだ。どうぞ、と手を俺に向けていた。


 なので俺は窓の外を双眼鏡で覗いてみた。山が見える。おお〜やはり緑はいいな、自然とは偉大だよ全く。

 木々の間に、人影が見える。

 ガキンチョだ。この辺に住んでる男の子だろうか。半袖短パン姿で木々の隙間からこちらを覗いていた。いやそんなまさか、ここまでどれほどの距離があると思ってる。

 そのガキはニコニコニコニコ満面の笑みを浮かべてこちらを見て手招きしている。見間違いだろうか。まるで俺を認識しているようだ。


「先輩何か見えますかぁ?」

「オスガキが俺を見て手招きしている」

「あっはっは。やばくないですか?」

「ああ、俺が行かないもんだから走ってこっち来てるな」


 そのオスガキは猛ダッシュで、しかし視線は切らさずにこちらへ向かって来ている。困ったな……ここまで来たら、一体どうなってしまうのか。


「先輩貸してください! うわっ」


 俺がやべーやべーと呟いていたら後輩に双眼鏡を取られた。そして覗いて顔を引き攣らせる。

 だが、すぐに顔を真っ赤にして憤慨した。


「何ですかあのクソガキは! こっちを見てニヤニヤと! ムカついた! 私から行ってやりますよ!」


 と言って後輩は窓から飛び出した。ここ二階なんですけど。着地して後輩は走り出す。あのオスガキとぶつかったらどうなるんだろう。

 俺はニコニコニコニコと満面の笑みを浮かべている友達の脇をすり抜け、部屋の扉の鍵を閉めた。



 *



「先輩、あの旅館なんですけどね。どうやらあの部屋に泊まった人は二度と外で見かけないらしいですよ」

「ははは。なら何故そんな噂が広まるんだ?」


 数日後、学食で昼飯を食べていると後輩が俺の真ん前に座ってそんな事を言い出した。

 あの部屋とは、双眼鏡の置かれた部屋だ。つまりあそこに泊まって、双眼鏡を覗き込んだ者をもう誰も見かけることはなかった的なオチかつく、ということだろう?


 ふと視線を動かすと、あの旅館に一緒に行った後輩の友達が別の人と歩いているのを見かける。にこやかに雑談をしていて、何処かへ遊びに行こうと誘っている。


「ところで、あの友達とは普段何を話すんだ? ほら、あの一緒に旅行した」

「誰のことですか?」


 はて? と首を傾げる後輩を見て、俺は突いてはいけない闇がこの世にはあるのかもしれないと目を逸らした。

 そらした先で、後輩の友達……いや元友達だろうか、と目が合って会釈をしたが、何故か彼女は顔から表情を消して俺のことをジッと見ている。

 困惑して見つめていると、訝しげな目をされる者先に向こうから逸らされる。やれやれ、嫌われてしまったかな?











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俺と後輩のホラー 泣魚 @emishi9393

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