第2話 夜道の後ろを歩くモノ
「先輩、先輩。私、最近誰かに後をつけられているみたいなんですぅ」
いつものようにわざと語尾を伸ばす後輩に、少しイラッとしつつも俺はまるで後輩のことを心配していそうな顔を浮かべた。
「そうか……お前の事だ、またストーカーでも拾ってきたのだろう。明るいうちに家に帰るようにしろよ」
しかし俺の考える後輩を心配したベストアンサーも、彼女にとって非ベストアンサーだったらしく、わかりやすく頬を膨らませていた。
やれやれ、どこを間違えたか。俺は顎に手を置いて思案した。言い方を変える。
「お前は家を出るな!」
「いや違いますよそれは。私にも出席しなければならない
ふむ……それは、非常に面倒な事になる。まぁ決して後輩の家が遠すぎるというわけではないし、むしろ近所なのでそれくらいしてやっても大した手間ではないが。とはいえ、面倒ではないという事にはならない。
「そもそも、お前なら家まで送ってくれる男児など掃いて捨てるほど見繕えるだろう。ほら、その辺のやつでもお前に声をかけられたらホイホイついていくだろう」
後輩の器量はかなり良いと、言わざるを得ない。大学生男児など、可愛い女を見れば尻尾(意味深)を振って「どしたん? 話聞こか?」モードになるだろう。
「私と仲が良い男性なんて、先輩くらいですよぉ。光栄に思ってください。あと言うまでもなく、大して知りもしない異性に無防備な姿を見せようとは思いません」
その辺りはキチッとしているようで安心である。
そう言われれば、もう俺に言い返せる材料など無いし、実はもう最初から諦めている。
「なるほど、仕方がない。だが、ただ送るだけでは問題の先送りである。ならば、俺がそのストーカーの正体をまず見極めよう」
ということで、後輩の一日の講義全てが終わり、彼女のバイト先まで送って行った。
「では先輩、バイト帰りは頼みますよ。夜ご飯奢りますから」
それは有難い。
俺はしばらく適当に時間を潰し、すっかり辺りが暗くなった頃ようやく後輩がバイトを終えたので迎えに行く。
「お待たせしましたぁ。さて、問題はここからですね。まず、ことの始まりは一週間前に遡るんです」
ふむふむ。夜道を歩きながら、後輩は聞いてもいないのに今回の件について説明を始めた。
「私のバイト先に、それはもう美人な方がいまして……それがまた性格もよろしい方だったので、私ももちろんバイト仲間の皆さんから慕われておりました」
スマホを見せられ、そこに映った女性を見せられる。これはなるほど確かに、俺から見ても随分な美人であった。
「ここまで美人さんですと、男性からのお熱な視線はもう数え切れません。それはさておき、この方B美さんとおっしゃるのですが、いつも明るく朗らかな笑顔の彼女の様子がおかしくなったのです。
いつも何かに怯えるように、後ろばかりを気にしていました。その様子を見た私達は、これは彼女の身に大変なことが起きていると判断しました。そこでバイト仲間達と話し合ってなるべくB美さんを刺激しない様に話を聞き出す事になります。
彼女は、恐る恐るこう言いました。『誰かに後をつけられている』」
夜道を歩く、俺と後輩二人だけの足音に混じって後ろからザリっと砂利を噛み締めた様な音がする。
「B美さんは、私にこう言いました。『もう一週間になる。その足音は徐々に近付いている』。ひどい怯えようでした。これは、ストーカーに間違いない……そう判断した私とバイト仲間は、彼女を家まで送る事に決めました。
もちろん、複数人の協力で、ストーカーに対して万全の態勢で臨みます。武器を持っていたら危ないですからね、男性を中心に護衛隊が結成されました。
そうして、怯えるB美さんを囲むようにして私達は彼女の家に向かいます。安心したのか少し緩んだ顔で、彼女は言いました。『実は、前に友達から同じ相談を受けている』」
足音は大きくなっている。
アスファルトを、踏み締める音が間違いなく真後ろまで近付いていた。
随分と、早足な奴だ。まぁこの足音の持ち主が、後輩の言うストーカーと決まったわけではないが、とりあえず顔の一つや二つ、確認しておくか。そう考えて俺は、後輩の話を聞きながらも僅かに首を後ろに向けた。
「その友達は、どうしたんですか? 私の問いにB美さんは、そこで初めて思い出したように、気付いたように愕然とした顔で言いました。
『連絡が、ついていない。消えてしまった』、そして、再び何かに気付きます。『足音が、すぐ後ろにきている』
直後に、彼女は発狂する様に叫び出し、その場から走り出してしまいました。私達も慌てて後を追いますが、彼女の姿が曲がり角に消えた後……私達は、曲がり角の先にB美さんを見つけることができませんでした。それ以来、彼女とは連絡が取れていません。これが一週間前のことです。
って話をしていて思いましたが、これ私も同じ状況ですね」
何もいなかった。
足音は確かに聞こえていた。しかし、後ろを向いても何も居ない。
振り返るまで確かに感じていた人の気配も、まるで気のせいだと言わんばかりに無くなっていた。
「ははは。なるほどな……」
どこか薄ら寒いものを感じながら、誤魔化す様に笑う。ふいと横を見ると、今までそこにいたはずの後輩の姿が綺麗さっぱり無くなっていた。
辺りを探してみるが、どこにも影一つない。はて……一体、どこへ行ってしまったのだろう。
「最近後輩ちゃん見ないけど、どうしたんだ?」
一週間後、友人にその様なことを尋ねられて俺は首を傾げた。
「言われてみれば、そうだな。まぁそんな気分の時もあるのだろう」
友人は俺と後輩が常に一緒にいる様な口振りをよくするが、決してその様なことはないのだ。あいつにはあいつの交友関係もあるしな。
「ところで、最近後をつけられていてな……」
そんなことより、と俺は友人に最近の悩みを吐露した。
家への帰り道、どう考えても俺の後をつけているとしか思えない足音が、聞こえてくるのだ。
それは俺の歩くスピードに合わせて、一定の距離を保っている。そして、その距離は日に日に狭まっていた。
「ふぅん。なんか似た様な噂を聞いたことがあるな。なんでも『後をつけられている』と口にした人間が、いつの間にか姿を消すんだって。そして、また別の誰かが『後をつけられている』って言い出す、でも不思議に思った人が、言い出した人の後ろを見ても……何もいないんだって」
「ははは、君は相変わらず話が下手だな、もう少し雰囲気を出していかないと」
友人は怒ってしまった。
やれやれ、また怒らせてしまったと俺は肩をすくめて家に帰る為支度をし始めた。
そして帰路の途中、やはり俺の歩くスピードに合わせて後ろから足音が聞こえてくる。しかも昨日よりも近い。
ふぅ……俺はため息を吐いた。こんなむさい男の後をつけて、全く何が楽しいと言うのか。呆れてしまうと肩をすくめ、いい加減顔の一つでも見てやるかと思い俺は振り返った。
*
「先輩、せんぱーい。久しぶりですねぇ」
一週間後、学食でラーメンを食べていた俺の元に後輩が疲れた顔でやってきた。後輩は定食を置いて、俺の横に座る。
「実は以前話したB美さん、山の中で見つかったんですって……状態は、ご飯時に話す内容ではありませんね」
B美さん、か。二週間前に後輩から聞いた、謎の足音に後をつけられていると言っていた彼女だ。
「それは残念なことだ。ところでお前、一週間もどこに行ってたんだ?」
「それはこちらのセリフですよ?」
やれやれ、とお互い顔を見合わせてため息を吐いた。
「もぉ、いきなり欠席になっちゃって。困りますよほんとに」
「同感だ、皆勤賞目指していたんだがな」
二人でしょんぼりしていると、ふと後輩が何かに気付いたのかキョロキョロと辺りを見渡し始める。
「それはさておき相談があるのですが……最近、どうも後ろをつけられているんです」
奇遇だな。俺は思わずそう口にした。
「実は俺もなんだ」
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