#10 五百雀家の3姉弟


「あっれー? おっかしいなぁ……。ここに置いてあったんだけどなぁ」


 現在、3人は千代田区の神田エリア内にいる。暖乃の案内に従って、ショップボックスが設置してある廃ビルを訪れたのだが、目当ての物はどこにも見当たらなかった。彼女の驚きぶりから察するに、ここにあったのは本当のようだ。


 そもそも、暖乃は【テレパス】のスキルを取得している。ガイドの話によると、【テレパス】は、ショップボックスでしか入手できないスキルだ。それは、彼女がショップボックスを利用したことがあるということを意味する。

 

 ここに置いてあったというのが嘘でなければ、暖乃の主張どおり、ショップボックスはここに、確かに存在していた。正直な話、彰人は暖乃のことを完全に信用していない。突如、自分たちの前に現れたのには何か深い理由があるからだと勘ぐってしまう。

 

 ショップボックスの行方を知るための手掛かりを探すべく、床を観察していると、何かが置かれていた形跡が見つかった。幅50センチ、奥行き70センチほどの四角い物体が置かれた跡。これはおそらくショップボックスのものであると、彰人は推測する。

 

 ショップボックスがここにあったと仮定して、一体どこへ消えたのだろうか。自律して、ひとりでにここを立ち去ったわけでもあるまい。いや、この世界だとあり得る話かもしれないが……。『もしも』の話をしだしたら埒が明かない。非現実的なことは抜きにして、考えられる可能性は一つだった。

 

「誰かが、盗んだんでしょうかね?」

「うーん、どうだろーね? たしかに、あの機械すごい便利だし、持ち運んじゃおっかなぁーとは考えたけどさぁ……。でもこれが、デカいし、重いし、めっちゃ大変だったよ。あんなの運べってなったら、1人のチカラじゃ絶っ対ムリ! 全然、ビクともしないんだから」

「でも、複数人でならいけますよね? スキルを使えばもっと楽にできるかも」

「……だね。筋力にたくさんステータス振ってる人とかだったら、1人でも持ち運べるかも」

「あの……」


 すみません、と遠慮がちに手を挙げる美千代。


「えっと、その、のんちゃんは、私たちと出会う前に……通りすがりの人に話を聞いたんですよね? エリアボスとか、色々な話も、その人に聞いたって、さっき言ってた、よね……?」

「うん、そーだね。美人のお姉さんだったよ。あと、なんというか、ちょっと個性的な人だったかなぁ? なんか変わってるっていうか……」

「その人に、ショップボックスのこと……話したりとかした……のかな?」

「まあねー。色々教えてもらったし、情報交換ってやつ」

「……そっか……そうなんだね……」


 このやりとりに耳を傾けていると、彰人の中で、ある考えが浮かんだ。

 ショップボックスが誰かに盗まれたと仮定するなら、その犯人は……。

 それから少し遅れて、暖乃も気がついた。

 ばつが悪そうな顔を浮かべ、消え入るような声で一言。


「もしかして、ウチ、なーんかやらかしちゃった感じ……?」


     ◆◆◆


「時間無制限の飲み放題、悪くないわね。ふふっ」


 秋葉原駅から徒歩一分圏内にある、某超大型家電量販店。8階のレストラン街に、その女──五百雀美零いおじゃくみれいはいた。薄暗いレストランで1人、カウンター席に座り、クラフトビールを嗜んでいる。都内の電力が絶たれている中、冷蔵設備が使えるはずもない。それなのに、そのビールはキンキンに“冷えていた”。ついさっき、冷蔵庫から取り出したとでもいうように。


「……弟たちは上手くやったかしら?」


 カウンターの向こうにある酒棚からウィスキーの瓶を取ろうと、席を立つ。運動不足のせいか、凝り固まっている身体を必死に伸ばして、酒瓶を掴もうと健闘する。しかし、中々手が届かない。回り込めば済む話なのだが、美零としてはそこまで歩いていくのが面倒のようで、こうして無理をしている。


「きゃっ!」


 結果、バランスを崩して、前のめりに転倒。ゴン、と顎をテーブルにぶつける。倒れた衝撃で、肩に羽織った白のトレンチコートがふわりと揺れた。不運はこれで終わらず、ピチピチの黒のタイトパンツが、ビリィっと不快な音を立てて裂ける。その裂け目から、美零の肌白の太ももがうかがえる。


「嘘でしょ」


 20代前半ぐらいの美零の体型は、全体的に見れば一般的か、スレンダー気味に分類されるが、胸と太ももの肉の量は平均以上で、それを本人は気にしているようだった。なんなのよもう! と、慌てふためく彼女の背後に声がかかる。


「姉貴ぃ! お目当てのモン持ってきたで! で、これどこに置きゃええんかー?」

「はぁ……ぜぇ……ぜぇ……おえっ……。まったく……人遣いが、荒いんだよ……姉さんは……。ぜぇ……ぜぇ……」


 二人の男が、ショップボックスと思われる箱型の機械を抱えてやってきた。一人は、筋骨隆々で、日に焼けた肌が健康的な男。もう一人は、やせ細った身体に、スクエア型のメガネをかけた、いかにもインテリ系な男だ。きつそうに足腰を震わせながら、汗水を垂らす二人に、美零が激励の言葉をかける。ズボンの破れた部分をかばいつつ。


「ご、ご苦労さま! よく頑張ってくれたわね! 配置場所は9階の……まあ、適当なところにでも置いてちょうだい。さあ、もうひと頑張りよ二人とも。ファイト、ファイト」

「まだ階段を登れっていうんかい? 姉貴は鬼か? 悪魔なんか?」 

「勘弁してくれ、姉さん。僕の残存体力は0.1パーセントもないんだよ」


 二人そろって渋い顔を向けてきた。それに対抗するように、「お姉ちゃんのために、頑張って?」と、口角をあざとく指で持ち上げて美零がお願いする。しかし、二人には通用しなかった。「キツイ、キツイんじゃ姉貴」「良い大人がそんな馬鹿っぽいポーズするんじゃないよ」と、二人は彼女にカウンターを食らわせる。


「……うう、ヒドイわね。それじゃあ、ここに置いといていいわ。後で、私が運んでおくから。なにはともあれ、お努めご苦労さま。返却するときは、またよろしく頼むわね!」

「なんじゃと?」

「なんだって?」


 一斉に、二人の怪訝な眼差しを浴びた。納得がいかない様子の二人に、美零が「どうしたの?」と首を傾げる。もちろん彼女は、自らの発言に何の疑問も抱いていない。


「僕の聞き間違いかな? 返却、と言ったのかい?」

「言いましたとも!」


 ふんっ、と自信満々に鼻息を鳴らす。


「……はぁ、参ったなこりゃ。それで、一体、何を返却するというんだい? 図書館の本を返しそびれてはこっぴどく叱られていた、姉さんが? 借りたものを返さないで、そのまま自分のものにしちゃう、姉さんが? 何を、返却するって?」

「ショップボックスに決まってるじゃない? それと、言っておくけどね二郎。私は、借りた物を返さないんじゃないの。ただ、借りたことを忘れちゃうだけなの! うっかりなの! わざとじゃないの! あなたの言い方だと、私が性格悪い人みたいじゃない!」

「ストレートに『おバカ』とは言わず、わざわざ遠回しに表現した僕の配慮に、感謝してほしいね。」

「むむっ……。い、一応、これでもね、いろんなことを考えてるのよ、お姉ちゃんは! 馬鹿にしないでちょうだい! 勉強とか計算は苦手だけど、地頭なら、あなたたちよりも良いと思ってるわ」

「その頭で考えた末の結論が結局アレなんだから、やっぱり姉さんはバカだよ」

「……ア、アレって、なによ? 私なんかマズイこと言っちゃった?」

「自分の発言をよく振り返ってみてくれ。僕たちが苦労してここまで運んだ、ショップボックスを、また元の場所に戻すって言ったんだよ? 姉さんは。どうしてだい? どうしてそんな馬鹿な考えを思いつくんだ?」


 切れ長でクールな上がり目は、一見すると、冷たい美人の印象を受けるが、その瞳は幼児のように澄んでいて、どこか阿保っぽい。大人の知性を、およそ彼女からは感じ取れなかった。


「……昨日、周辺を探索をしてたときに、女の子と会った話を私したじゃない? セーラー服着てたし、多分、高校生かなと思うんだけど。それで、挨拶だけして別れちゃうのは勿体なかったし、軽く世間話をしたのね。それで」

「前にも聞いたよ。その子から、ショップボックスの在処を教えてもらったんだろ?」

「そうね。あの子のおかげで、私たちは、ショップボックスをこうして手に入れることができたわ。でも、よく考えてみたら、それってちょっとズルいんじゃないかなと思ったの」

「ズルい?」

「このボックスは、とても貴重な物よ。……そういうのって、みんなで分け合うべきだと思うわけ。私たちがこれを持ち帰ったせいで、今、あの子が困っているかもしれない。そう考えただけでも、ツラいわ。……本当に、優しい子だったのよ? 素直に、ボックスの在処も教えてくれたしね」

「だから?」

「……私の言いたいこと、分かるでしょ?」

「元の場所に戻す必要ないだろ」

「だって、あの子に悪いし」

「他人の心配をしてる場合じゃないだろ?」


 どこまでも馬鹿正直でお人好しな姉に、二人は呆れ果てた。

 かれこれ20年の付き合いにはなるが、姉の言動にはいつも驚かされる。血がつながっているのにも関わらず、価値観がここまで大きく異なるのがまったく不思議である。精製水のように透き通っている彼女の心は、周囲の環境に左右されがちだ。純粋すぎるからこそ、二人はそんな姉のことを見過ごせない。


「……そんな調子だから、いっつも詐欺に引っ掛かるんだよ姉さん」

「まったくじゃ。そがいなところは昔っから全然変わっとらん」 

「少しは、他人を疑うことを覚えてくれよ」

「ワシら心配しとるんじゃ。姉貴があまりに単純じゃけぇ」


 数時間にも及ぶ話し合いが終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。美零が折れることで、この話はまとまり、“ショップボックスの返却はしない”という結論に至った。ふてくされている美零に、二郎がこう言い聞かせる。


「ボックスシリーズは、そこらへんの機械とはわけが違う。言うなれば、“兵器”だ。みんなで仲良く共有するものじゃない。いづれ、そう遠くないうちに、これのために争いが起きるかもしれないんだ。分かってくれよ姉さん?」


 うむうむ、と二郎の言葉に大きくうなづく一雄。どっしり構えて、すーっと空気を吸うと、言葉と一緒に吐き出した。張りのある声が、その巨漢の口から発せられる。


「全部、二郎の言った通りじゃ! 悪い奴らの手に渡らんように、ショップボックスはここに置いておくんじゃあ! それに、ワシらがこん世界を生きていくんには、こん箱は絶対必要じゃあ! 誰にも渡すわけにはいかん!」

「……そうだとも。僕たち家族の他に、信用できる人間は一人としていない。もしもの時があったら、実力行使にでるまでさ。だから姉さんも覚悟しておいてくれ。生ぬるい考えで、この世界を生き抜くことはできないんだ」



───────────


Lv.20【五百雀いおじゃく 魅零みれい


職業 :大富豪ミリオネア(上位)Lv.2

    次のレベルまで 0/10pt


装備 :なし

 

HP  :410/410

SP   :70/70

筋力 :40

耐久 :41

敏捷 :27

器用 :29

魔力 :20

抗魔 :20

 

技巧Pt :0

経験Pt :0


基礎スキル 近接格闘Lv.1


所有スキル 縮地Lv.3(共通)

      サンダーバレットLv.2(共通)

      買収パーチェス(職業)

      売却セール(職業)


職業特性  価値視覚

       

固有能力  なし


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地球そのものが“ダンジョン”となったこの世界を、元社畜のアラサーおっさんが生き抜いていく。あの、ユニークジョブ【新入社員】ってなんですか? ─ステータスボックスが設置されました─ レーヌミノル @kaninotakumi12

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