第18話「俺とマーク代わってください」

 青対黄は前半が終了し、黄が8点リードしていた。数字としてはそれほど小さくない点差だ。しかし、最後の大志の連続のシュートにより、流れは青に大きく傾いている。そのため、黄にとっては全く安心できない点差だった。

「なんやねん、あいつ!」

 ベンチに戻ってきて第一声、遥也が興奮しながら相手ベンチを睨みつける。視線の先はもちろん大志だった。

「めっちゃ怖いんですけど」

「大志、どうしちゃったんすかね」

 陽樹と幸もなんだか怯えてしまっている。そのくらい前半最後1、2分の大志は凄まじかった。陽樹たちの反応とは対照的に、相も変わらずの無表情の相志郎を見て、怜真は少しホッとした。怜真たちはこのまま青の勢いに飲まれるわけにはいかない。

「みんな聞いてください。大志ですが、たぶんあれはいわゆる『ゾーン』って呼ばれるものだと思います」

 怜真は先ほどまでの大志の状態を簡潔に述べた。

「え、あれって漫画とかアニメの世界の話じゃないん?」

「ゾーンって言い換えればものすごく集中しているだけやから、普通にある」

 遥也の疑問には相志郎が答えた。その間にもインターバルの2分は過ぎて行く。

「ゾーンについてはとりあえず置いといて、時間がないので早速本題に入ります」

 怜真の言葉に4人は強く頷いて返した。

「大志のゾーンですが、前半の終わりかけだったのが幸いしました。集中力なんてそう長く持つものでもありません。それに加えてこの2分。おかげであの状態ゾーンは完全に切れると思います。ですからもう一度同じように組み立てていけば問題ないです。そういうわけで陽樹はさっきの大志のイメージを全部忘れること。ちゃんと効いてたから大丈夫、以上です」

「よっしゃ、もう一本がんばろか!」

 遥也が気合を入れ、全員で声を出して返事をしたのと同時に、ちょうどインターバル終了のブザーが鳴ったのだった。青の5人はすでにコートに散っていた。後半は青ボールからだった。

 黄がそれぞれのマークマンにつくとすぐに後半が始まった。

 大志の状態に関して言えば、怜真の読みは当たっていた。大志は元に戻るどころか、ゾーンの反動で動きがかなり鈍っていた。しかしながら、鈍ってしまったからこそ、前半と同じようにはいかなかった。

 動けなくなった大志は、無理に攻めることができなくなったことで、素直にパスを回し始めたのだった。そのせいで青は前半よりもチームとして機能していた。それに加えて、いつもにも増して綾羽の動きがキレていた。

 相志郎のシュートがリングに嫌われて、深がリバウンドを掴んだ。そしてすでに速攻で最前線を走っている綾羽にタッチダウンパスを放った。もちろん綾羽はきっちり決めた。後半は折り返しのまだ5分もある。これで同点だった。

 怜真はエンドラインからリスタートしようとしている陽樹からボールを迎えに行く途中、ディフェンスのためにバックコートへ戻っていく綾羽と目が合う。すれ違った瞬間、

「かかってこいよ」

 確かにそう言われた。

 怜真が立ち止まって綾羽の方を振り返ったため、陽樹が5秒バイオレーションを取られそうになったが、遥也が急いでボールを貰いにいったおかげで何とかなった。ドリブルをつきながら、怜真の方へ来た。

「どうしてん」

「遥也さん、俺とマーク代わってください」

「え? 俺が深ってこと? いやいや、無理無理む……?」

 怜真はただ真っすぐに綾羽を見据えていて、綾羽も怜真を睨みつけていた。それに気が付いた遥也は、怜真の肩を軽く叩きドリブルをしながら行ってしまった。怜真はそれを追い越して右ウィングで、

「遥也さん!」

 ボールを要求した。遥也から丁寧な早いチェストパスを受け取り、リングに向き直る。コート上の選手はみな左サイドに偏り、こちらを見守るように佇んでいる——たった1人を除いて。目の前に立ちはだかったのはもちろん、綾羽だ。

 怜真と綾羽の1 on 1の状況が完全に出来上がっている。アイソレーションだ。

「こいや、怜真ぁ!」

 綾羽の雄叫びから2人だけの勝負が始まった。

 怜真がステップバックからのフェイダウェイシュートを決めれば、綾羽は怜真を上手くかわしながらダブルクラッチを決める。怜真がシュートフェイクを使って完全にフリーなシュートを簡単に決めれば、綾羽は怜真にポストプレイを仕掛けてリングにボールをねじ込んだ。先に外した方が勝負にも試合にも敗れる。誰もがそれをわかっていた。

 全員が息を飲んでこの勝負を見守るなか、怜真も綾羽もとにかくシュートを決め続けた。互いの実力は拮抗しているかのように見えるがしかし、その差は確かに現れていた。

 怜真がシュートをあまりにも簡単に決めるのに対して、常に綾羽はタフショットを迫られていた。怜真が何度も同じプレイを繰り返すのに対して、綾羽は一度として同じ攻め方をしなかった——いや、同じ攻め方を出来なかった。怜真には絶対的な自信と余裕があった。綾羽は恐怖と焦りに支配されていった。一度でも同じことをすれば対応されて止められてしまう。綾羽は全てを出し切るしかなかった。そして遂に出し切ってしまった。

 左右に怜真を揺さぶってから、どちらを選択するか、どのようにシュートに持ち込むか。綾羽はわけがわからなくなってしまい、無防備なドリブルとなってしまった。それを怜真が見逃すわけがなかった。

 がら空きになった手元のボールに怜真の手が伸びてきて、スティールされる。怜真はボールを前に投げるような豪快なドリブルをしてリングまでの最短距離を最速で駆ける。綾羽は追いつけないどころか、追いかけることすらできなかった。

 点差は4点となった。最後に深がスリーポイントシュートを決めたが、得点は足りない。怜真たちはなんとか青相手に勝利を収めたのであった。


 青との試合後、いの一番に怜真に声を掛けてきたのは綾羽だった。

「負けた」

 そういってはにかむ綾羽の目には敵意は無い。そこにあるのは、怜真への敬意と負けたことへの純粋な悔しさだった。

「楽しかったです。ありがとうございました」

「次も頑張れよ」

 そう言い残して青のメンバーの方へ戻ってゆく。

「よっしゃ勝ちや!」

 入れ替わるように、黄のメンバーたちが怜真のもとにやってきた。

「正直俺は途中ひやひやしたけどな。いろんな意味で」

「マジそれな。綾羽怖すぎやろ。しかも上手すぎやった」

 陽樹と遥也が揶揄うように言った。

「それはご迷惑をおかけしました」

「馬鹿言え、迷惑どころかお前のおかげで勝てたんや」

「そうっすよ! 怜真さんすごすぎてマジでヤバかったっす!」

「まあ言うてもう次の試合あるしな。俺ら最後の方なんもしてないし若干身体も冷えたからいったん切り替えてシューティングしにいこう」

「うっす!」

 遥也たちはコートに向かう。

「俺は怜真を信じてたから」

 相志郎もボソッと言い残して3人についていった。

 綾羽の言う通りあと5分後には赤との試合がある。

 水分補給を済ませると、怜真もシューティングに向かった。


 赤は黄との試合で前半は琉瀬が、後半は蓮がハズレを引いた。そのせいもあって黄は簡単に勝つことができた。

 赤における一番の脅威は蓮だったわけだが、前半は琉瀬がいないことにより、マッチアップ相手が怜真ではなくより体格差の小さい相志郎となり、さらに怜真たちはディフェンスを蓮だけに集中することができたので、蓮はほぼ完封されてしまったのだった。後半は同じことを琉瀬にするだけであった。琉瀬を完封することはできず、何本かやられてしまったが、それでも前半に出来た差を埋めるほどではなかった。


「次、見ものやな」

 タイマーをする怜真と幸の間にウキウキの遥也が割って入ってきた。相志郎もスッと怜真の横に立つ。陽樹だけは逆サイドで得点板をしている赤のメンバーに交じりながら信長と談笑している。

「どっちが勝つと思う?」

 遥也の問いかけに対し、一瞬の間があってから、

「俺は青っすかね。さすがにどうにもできないんじゃないっすか?」

 空気を読んだのか幸が最初に口を開いた。

「緑」

 相志郎も短く答える。

「ちなみに俺は幸と同じで青ちゃうかなって思ってる」

 怜真より先に遥也が先に答えた。どうやら遥也は怜真をとっておきにしたかったようだ。3人は期待するような眼差しで怜真を見ている。

「えーと、では俺は相志郎さんと同じ、緑ですかね」

「なんでなん?」

 案の定、理由を求められた。

「悠仁が勝つといったからです」

「ふーん……あいつには勝てるビジョンがあるってことか。怜真はどうすれば緑が勝てると思う?」

「まあ、それがわかればぼくらは緑に負けてないじゃないですか。悠仁の脳内がどうなっているのか、そんなのぼくの方が知りたいですよ。でもポイントとなるのは……」

「ポイントとなるのは?」

 怜真はすでにシューティングを切り上げて円陣を組んでいる緑を一瞥してから、

「晴さんと、そんで倫でしょうね。シューター2人が悠仁の期待通りのパフォーマンスをできるかにかかっていると思います」

「なるほどね。じゃあそこに注目してみよか」

 ちょうど、ピーと試合開始一分前の笛が鳴った。

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