第17話「それより助けてやらへんの?」
赤対緑が終わり、冷えた身体を温めるために怜真がシューティングをしていると、悠仁が話しかけてきた。
「さっきは悪いな。勝たせてもらったわ」
いたずらな笑顔に一瞬湧いた苛立ちは霧散してしまった。怜真はわざとらしく大きくため息を吐いてから、
「あとでリベンジさせてもらうから」
そういって悠仁の肩を軽く小突いた。冗談っぽくみせたが、怜真は本気だった。さっきの試合は不意打ちを食らっただけで、それさえなければ絶対に勝てていた自信がある。その一方で、悠仁の次の手を見てみたいという気持ちもあった。どのような作戦で勝ちに来るのか、まるで想像できなかったからだ。
「それやったら青に勝つしかないよな。俺らは青にも勝つから、勝ち数的に最後にもう一回できるチャンスあるで。まあ、俺らはどこが相手になろうとどうでもええけどな」
悠仁はそこで溜めて、自信満々に言い放った。
「勝つだけやし」
悠仁はヒラヒラ手を振りながら、タイマーをしている緑のメンバーの方へ戻っていった。同時に怜真も呼ばれたので、すでに集まっている黄のメンバーのもとへ向かった。
「遅いぞ」
「すいません」
「まあ、ええけど。とにかく、や。緑には負けてしまったけど、切り替えていこう。青も強敵や。言わずもがなやけど、1番は深。あいつがガンガン攻めてきたら正直なすすべなく負けるかもしれへん。けど幸いなことに青は大志が中心となってゲームを作ってる。やし、それを利用しよう。陽樹は大志に簡単にはやられないようにしながらも、ある程度自由にさせるような感じで上手くやってくれ。それで何とか接戦を演じてやろうと思うんやけど、どう?」
遥也が尻すぼみになりながら言った。怜真もおおよそ同意見だった。深に遊ばれないよう、どうにか上手くやるしかない。
「いいと思います。1つ共有しておきたいんですが、おれが深につきますけど、フェイスガードぐらいびったりいこうと思っているのでヘルプとかは難しいです。それだけ頭に入れておいてください」
「ありがとう怜真。じゃあそういうことで、いっちょ頑張りますか!」
「「「「おう!!」」」」
立ち上がり、黄の作戦は上手くハマった。陽樹は上手い具合の間合いを保ち、他のメンバーも大志のドライブに対するヘルプを意識しながらもそれを相手に悟らせないように振舞った。その結果、大志のボール保持の時間は異様に長くなっていた。
大志はプライドが高い。怜真は昨日の会話でそれを知った。おそらく大志は、この部内戦で活躍してユニフォームを獲得するだけでなく、悠仁からポイントガードとしてのスタメンをも奪う気でいるのだろう。しかしながら、深や綾羽個人の得点能力が高すぎるため、ひとたびパスを回せば彼らは個人技で簡単に得点を取ってしまう。すなわち、大志の活躍の機会が奪われてしまうのである。そのため、大志はそもそもあまりボールを放したくないのである。ただでさえパスの回りが悪く、攻め方が大志のドライブからのシュートや合わせのワンパターンだったので、そこに黄の作戦がハマるのは、怜真からすれば予定調和だった。
「上手くやるやん」
試合中、大志がボールを抱えたままひとり攻めあぐねているのを遠目で見ながら、深が呑気に話しかけてきた。
「まあ、なんとか。それより助けてやらへんの?」
「そのうちな」
そう返しながらも深はやる気がなさそうだった。そうこうしている間に、幸が大志から秋寿への無理な裏パスをカットした。すぐに遥也が幸からボールを受け取り、前を走る陽樹へ繋いだ。
陽樹と大志の勝負となるところだが、後ろからすでに深が迫ってきていることを確認した陽樹は、無理をせずウイングへ流れて味方を待った。まずは遥也がカットインしてディフェンスを引き寄せる。それによってできたスペースに、今度は相志郎がカットインしてくる。陽樹は迷わずそこにパスを投げ込んだ。その瞬間、陽樹は大志が目線を切ったことを見逃さなかった。大志の裏にきれて、相志郎からリターンを受け取る。お手本のようなバックドアだ。カバーに来ている深を確認しながら、陽樹は落ち着いてジャンプシュートを決めた。
「うっし!」
陽樹が小さくガッツポーズを決めディフェンスに戻っていくのを大志は鋭く睨みつけていた。
「クソが」
小さく吐き捨てる。どうしてこんな奴に俺がやられているんだ。俺の方が絶対に旨いのに。
フラストレーションは溜まっていくばかりで解消されることがない。何かが間違っている。しかし、大志は本質から目を逸らし続けている。
深からボールを受け取り、ハーフラインをゆっくりと越えながら考える。目の前の陽樹は未だ距離を詰めてこない。もうスリーポイントライン上なのに、こちらがどれだけ隙のあるドリブルをしようと、陽樹は一切反応しなかった。単にこいつがへたくそなんだと思っていたが、本当のところはどうなんだ? 俺は泳がされている?
それに気が付いたとき、大志が抱いたのは馬鹿にされた怒りでも、まぬけな自分への嘲笑でもなく、ただの昂ぶりだった。
大志はスリーポイントシュートを放った。あまりに唐突で投げやりなシュートだったため、陽樹は反応できなかった。ただ、どうせ入らないだろうと思い、「リバンッ!」と叫んでから大志をスクリーンアウトしようとした。しかし、大志はすでに振り返ってリングすら見ておらず、バックコートへ歩き出していた。
「は?」
その瞬間、スパッと綺麗なネット音が体育館に響いた。
「ドンマイ。たまたまだ」
すれ違いざまに遥也に励まされた。訳もわからないまま、とりあえずボール出しをしている怜真からボールを受け取り、ドリブルを始めた。
「ひっ」
ハーフラインを越えた先には、完全に目が座っている大志がいた。大志を正面から見ることができる陽樹にしかわからない異常さ。今すぐにでもボールを手放したくなったが、誰も気づいてくれない。
案の定、ハーフラインを越えると一気にプレッシャーをかけてきた。陽樹はそれにびびってしまい、大きく身体を逸らしてしまった。そのままスティールされたのだが、笛が鳴った。大志のファールだそうだ。
はっきり言って完全な誤審だったが、大志は無反応のまま、審判をしているマネージャーの実花にボールを渡した。他方で陽樹はホッと息を吐くと「あぶねー」とつぶやいた。
それを見て怜真はすぐに遥也のもとに駆け寄り、
「遥也さん、いま陽樹にボールを運ばせるのはまずいかもです。おれと2人で運びましょう」
「急になんで……」
そうこうしているうちにすでに陽樹は審判からボールを受け取っており、5秒のカウントが始まっている。
「……って聞いてる時間はないわな。おっけ」
状況を察した幸がいったんパスをもらいに行き、それから遥也にボールを回した。遥也は相志郎を呼んでピックアンドロールを狙った。遥也をマークしている綾羽は相志郎のスクリーンに引っかかり、ディフェンスがずれた。相志郎についていた太陽がスイッチして遥也についてきたが、それによってフリーとなった相志郎に冷静にパスを通し、相志郎が難なくシュートを決めた。
黄の5人が即座に切り替えてディフェンスに戻ったのに対して、大志はゆっくりと歩きながらバックコートを越えてきた。前半は残り30秒を切った所だ。オフェンスは24秒以内に攻めなければならないので、おそらくもう一度黄にオフェンスが回ってくる。この1本を守り切ってこちらのシュートで前半を終える。これが怜真たちの共通認識だった。しかし、
ザシュッ。
ハーフラインを1、2歩すぎたくらいの場所から、大志はディープスリーを決めた。それでも大志は無表情のままだった。
残り時間はちょうど24秒。この際、最後にシュートで終われなくてもいい。とにかく時間を使い切って相手に得点されない。怜真はそれだけを考えていた。遥也もそのつもりだったのか、ゆっくりとフロントコートに入り、全員でパスを回しながら時間が過ぎるのを待った。
よし、前半はこれで終わりだ。誰もがそう思った。ゆえに気が緩んだ。それが命取りだった。綾羽が遥也に瞬間的に強いプレッシャーをかけた。それにより陽樹へのパスが少し浮いてしまった。大志はそれを見逃さずカットした。そのままひとりでリングまで駆け出すかと思えば、またもやハーフラインを越えたあたりで立ち止まってシュートモーションに入った。後ろから追いかけてきた陽樹をシュートフェイクで簡単にいなし、ボールを放つ。前半終了のブザーと同時に、ゴールは撃ち抜かれたのだった。
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