第16話「いや、あれって、あれやで、口下手!」

 第3試合の赤と緑は、6人のチームなので、必ず誰かひとりが抜けなければならない。第1試合で赤は前半に奏士、後半に涼哉が、第2試合で緑は前半に宝が、後半に倫が休みだった。今回、赤の前半のメンバーは涼哉、琉瀬、信長、蓮、奏士の5人で、柳太郎が休みだ。緑はと言うと、晴、倫、昭、正義、宝の5人で、悠仁が休みだった。

「おいおい、緑は悠仁が抜けるんか」

 センターサークルに整列する緑のメンバーをみて、遥也が言った。それに対して陽樹が若干冷めたように、

「そりゃそういう場合もあるでしょうよ」

 と返した。

「ちゃうやん。そういう確率的な話じゃなくて、あいつ抜けてまともな試合になるんかいなってことやん」

「わかんないですけど、まあ倫も晴さんもいるんですから大丈夫じゃないっすか。知りませんけど」

「お前そんな他人事な」

「だって実際、他人事ですし。晴さんのこと心配しすぎですって」

「べ、別に晴は関係ないから! 客観的にみればってだけやし!」

「ツンデレや」

「ツンデレっすね。本物初めて見たっす!」

 同輩と後輩にいじられている先輩を横目に、怜真自身も気になっていた。悠仁を欠いている緑が、前半をどのように戦うのか。しかも、サイズの面で大きなハンデを持っている赤相手に。

 ジャンプボールは余裕をもって琉瀬が制した。ボールを拾った涼哉は目の前の風景に一瞬驚いた。緑はツースリーゾーンディフェンスを展開していたのだった。

 ツースリーゾーンディフェンスとは、その名の通り、前列に2人、後列に3人が並び、特定の場所——すなわち、「ゾーン」——を守るディフェンスシステムである。この点で特定の個人を守るマンツーマンディフェンスとシステムを異にする。昭と宝が前列におり、後列は左から晴、正義、倫の順で並んでいた。

「……なるほど」

 隣で相志郎が小さく呟いたのが聞こえた。どうやら幸にも聞こえていたようで、

「どういうことっすか?」

 好奇心旺盛に尋ねた。しかし、相志郎は幸を一瞥すると何も言わずに試合に向き直った。幸は相志郎の方を見ながら何かを伝えたそうに口をパクパクさせたが、結局何も言えないまま目を伏せてしまった。目に見えて落ち込んでいた。あからさまに先輩に無視されたのだ。無理もない。だが、怜真に言わせてみれば、あれは相志郎の照れ隠しだ。心の声が思わず口から出ており、さらにそれを後輩に聞かれてしまい恥ずかしくなったのだろう。その証拠に鉄面皮に似合わない赤みが耳に見える。できれば、口下手な先輩のことを多めに見てあげてほしい。そういうわけで、

「えっと、俺が代わりに説明するな。相志郎先輩はまあ、やからあんまり落ち込まんときや」

 相志郎が若干ピクッと反応したのが分かった。まずい、ものすごく失礼な言い方になってしまったかもしれない。しかしながら、口下手なのは怜真も同じだから、できれば許してほしい。

「いや、あれって、あれやで、口下手! だから気にせずにな」

「そうなんすね! うっす!」

 切り替えが早くて非常に助かる。相志郎と打ち解けるコツは、やはりトライ&エラーだと思われる——怜真はなぜか最初から気に入られていたのだが、それは内緒だ。怜真の個人的な見解としては、幸は案外相志郎と仲良くなれるのではなかろうか。

「それで、何がなるほどなんすか?」

「そうやね……幸は、赤はどうやって緑から点を取ろうとすると思う?」

「それは、俺らが相志郎さんを使おうとしたのと一緒で、琉瀬さんのサイズを使うんじゃないですか?」

「そう。そんで赤には、さらに二敷にしきの個人プレイもある。ただ、二敷はアウトサイドのシュートがあんまり得意じゃないから、基本的にどっちもリング周辺の得点になる。ただ、琉瀬先輩も二敷も、個人だけで止めるのは難しい。他方で、それ以外はどうかっていうと、涼哉先輩も信長も奏士も、あんまりシュートは得意じゃない。だから、3人は置いといて、みんなでデカい2人を守ることができるゾーンディフェンス、とりわけリング周辺を固められるツースリーでもやろうかってことになったんやろうな。内を固める分、外には弱いんやけど、さっき言った通り、赤にはそれができるやつがおらん。ただ、ゾーンディフェンスはそんな簡単にできるわけじゃないんやけどな……」

 試合を見れば、赤は緑のツースリーに攻めあぐねている。

「今日のアップ時間で悠仁が長い時間をミーティングに使ってたのはたぶん、これのためやったんやろうなぁ。俺らとの試合の時点で、すでに次の試合を見越してツースリーゾーンのシステムを教えてたんかも」

「でも、そんな簡単にできるものっすかね。俺中学の頃ゾーンとかやったことないんすけど」

「もちろん、出来るもんじゃないやろうな。うちクラ高でもゾーンディフェンスをしたことないし。でも見ればわかる通り、赤のメンツもゾーンディフェンスの攻略の経験値が少ないから、付け焼刃のゾーンディフェンスでも10分2本分の時間くらいなら誤魔化せる。それどころかむしろ効果的に機能するってわけやな」

「そういうことっすか! よくわかったっす!」

 相志郎の方を見れば、満足そうな顔をしていて、おおよそ説明は上手くいったようだ。怜真はホッと小さく息を吐いた。

「1番すごいのは、それを思いついて迷いなく実行できる悠仁の大胆さや」

 相志郎が最後に付け加えた。

 ただ、その後の試合運びが全て悠仁の思い描く通りに進んだのかと言えば、必ずしもそうとは言えないだろう。確かに琉瀬のポストプレイをしっかりと止めることはできていた。琉瀬にボールが入った瞬間、2、3人がプレッシャーを掛けに寄ってくるし、それから外にさばいたところで、アウトサイドシュートを決めきる力はない。蓮はというと、チームメイトとの連携がかみ合わず、フラストレーションを溜めていた。ツースリーの攻め方もわかっているようだったが、他が合わせられない。ハーフタイムの2分の間に伝えたようだったが、上手くいかなかったようだ。

 他方で、緑も得点を取ることに難儀していた。サイズで劣る正義では当然、正面から琉瀬を攻略することはできない。かといって先ほどの相志郎にやったようなやり方も、琉瀬には通用しない。技巧派の相志郎に対して、自分の身体の大きさを生かしたごり押しプレイの琉瀬ならば、例えファールトラブルに追い込もうとも、その圧倒的な体格差で正義の技術など簡単にねじ伏せてしまうだろう。そして何より、正義の誘いや挑発に乗ってくるほど、琉瀬にはプライドがない。そこが琉瀬の弱さではあるのだが、こういう時には強みになる。

 また、メンバーの問題もあった。前半は悠仁が休みだったため、非常にゲームコントロールが不安定であった。ただ、赤がゾーンに対応できていなかったがために、多くの速攻が出ていて、比較的楽に得点できていた。しかし、後半は赤もゾーンに慣れてきたこともあって、あからさまなトラップには引っかからなくなっていたため、緑の速攻は極端に減っていた。さらに後半は晴が休みだった。おそらくそれが悠仁の想定を超える痛手だった。緑の場合、単にシューターが少ないというだけでは済まない。サイズがないため、オフェンスリバウンドからのセカンドチャンスが一切望めないのだ。そのせいで昭と宝のシュートには何度も迷いがみえ、その迷いがシュートミスを作り出していた。

 そのような緑の手詰まり感を払拭したのが、倫だった。倫には蓮がマッチアップしていたのだが、悠仁のアシストを受けて完全に圧倒していた。

「すげぇ。倫って最近めっちゃ上手くなってない? さっきからやってることほぼ怜真やん」

 遥也の言葉を聞き、怜真は少し誇らしげに倫のプレイを見つめた。

 蓮は間違いなく上手い。単純な得点力に関しては深に次ぎ、対人ディフェンス力は綾羽に並ぶと言っても大袈裟ではない。仮に部内1on1大会が行われたとすれば、間違いなくベスト3には入るだろう——もちろん、怜真は負ける気はない——。

 しかし、バスケはチームスポーツだ。5人対5人で戦うものである。1on1よりもはるかに多くの種類・量の駆け引きが行われ、それをいかにうまくこなすか。それによっていくらでもやりようがある。

 ボールを持つ前から仕掛けて蓮のディフェンスを引きはがし、悠仁からパスを受け取ってミドルシュートを決める。シュートチェックが入ればフェイクで上手くかわしてドライブをし、レイアップを決める。ヘルプがよれば正義や昭、宝にパスを合わせる。そして何より、倫は決して無理をしない。自分には難しい場合には、すぐに悠仁にパスを返し、次の機会をうかがう。足を止めずに動き続けていると思えば、突然スピードを落とし、また走り出す。傍から見れば、倫は何も難しいことをしていない。ただの緩急だ。しかし、ノーマークになるための、最もシンプルで、最も基本的な動きだ。まさに怜真の好むプレイスタイルだった。

 蓮はついぞ倫に対応することができなかった。

 赤は善戦したが、惜しくも4点差で敗れた。またしても緑が勝利したのだった。

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