大盛りのご飯

@tomotomomomomo

第1話 大盛りのご飯

姉が結婚した。


いや、正確にはこれから結婚するらしい。


それを聞いたのは、高校三年生になったばかりの5月だった。


「まあ、内緒にしといた方が驚いてくれるだろうし。あ、お父さんとお母さんは知ってたよ」


どうやら父と母は、姉が同棲している男と結婚することを知っていたようだ。問い詰めたらそう答えた。


いや、内緒にしとくってなんだよ。驚かせたいって、高三の弟にすることじゃないだろ。てかなんで父さん母さんに言っといて自分には何も言わないんだよ。


「あぁ、もう」


急すぎるだろとか、お前が結婚出来るのかとか、弟らしく結婚おめでとうとか、どこの馬の骨だよとか。


色んな感情が混ざりあったその夜は、あまり寝れなかった。




後日、姉が例の彼氏、もとい結婚相手を家に連れてきた。


家は大統領でも来るのかという位の出迎えの準備をして、その男を家に上がらせた。自分ものそ場に立ち会った。


正直、あまりどういう人だったのか覚えていない。顔も上手く見ることが出来ず、「この人が義兄さんになるんだよ」と言われた時は、ぎこちなく続いていたはずの会話すら途絶えてしまった。


よろしく義兄さんとか、姉を頼みますとか、そういう事が言えたらかっこよかったんだろうけど、自分の口から出てきたのは「はい」や「そうですね」程度の、虫の羽音並の音量の声だけだった。




その1ヶ月後、兄が神奈川へ引っ越した。



大学を卒業し、無事就職した兄は、神奈川の横須賀へ仕事をしにいくことになった。


詳しい事は聞いてみても、「お前には関係ない」の一点張り。引越し先ですら、母さんに聞いて初めてしった。


元々、兄は人と喋る事が少ない。その反面独り言が常軌を逸しており、兄の独り言を、母さんが誰かと会話中だと思って気をつかった事は、1度や2度では無い。


しかも独り言の内容が「アイツを薬品漬けにして〇してやる」とか「あんな人間は〇んでも大丈夫」だとか、狂人地味た内容のものばかりだった。


そんな兄が、自分にいってきますの一言もなしに、家を出ていった。


口うるさい兄が居なくなった家は、馬鹿みたいに静かになった。


もう独り言のうるさい兄はいない。どれだけ夜更かししても「早く寝ろよ」といってくることは無い。プライベートをガン無視してくることもない。


だけど同時に、勉強を教えてもらうことも、家事を手伝って貰うことも、鉄道オタクであることを利用して旅行のプランを考えて貰うことも出来なくなった。


塾などで夜遅くに帰ってくると、暗い2階にある兄と姉の部屋がより一層もの寂しさを増幅させてくる。


兄がいなくなったことで、家の生活も少し変わった。


風呂の掃除や湯張りは母さんがやるようになって、仏壇のお供えは自分がやるようになった。在宅が多かったから、昼間の洗濯とかもしていたのだけれど、今は溜まる一方だ。


そして何より、1人分のご飯の量が明らかに多くなった。


白米と惣菜が、今までの1.5倍位になって、食べきれない日も徐々に増えていった。


母さんはたまに兄に連絡しているらしいが、いつも既読スルー。まともに返信してくれたのは数える程しか無い。自分も連絡してみたが、結果は変わらなかった。


残暑が続く9月。兄が居なくなって3ヶ月程度が過ぎた。相変わらず家の中は静かだ。


空になった兄の部屋と姉の部屋。少しホコリが溜まっている。少し空気を入れ替えようと窓を開けた。


人がいなくなった部屋に、鈴虫の鳴き声と、目の前の道を通っていくトラックの音が、開けた窓からうるさいほど入ってくる。


いや、恐らくそこまでうるさくは無いのだろう。ただ、それがうるさいと言えるほど、部屋は静寂に包まれていた。




「寂しい」


年甲斐にもなく口から出てきたその言葉は、薄暗い家の中でわ誰にも聞かれることなく、秋の夜の静寂に取り込まれていった。




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