「悪役令嬢人狼」開催のお知らせ

天宮暁

「悪役令嬢人狼」開催のお知らせ

 公爵令嬢マリア・ルージュの朝は早い。


 学院の寮にある豪華なベッドの上で目を覚ました彼女は、パジャマ姿のまま伸びをした。


 そして、ベッドサイドのテーブルにある水差しを手に取り、コップに水を注ごうと――


 したところで気がついた。


「あら?」


 サイドテーブルには、見覚えのないものがあった。


 もちろん、水差しとコップのように、お付きのメイドがマリアが目覚める前に何かを用意するというのはありうることだ。

 いい御身分だと言うこともできるし、逆にプライヴァシーがないと言うこともできるだろう。


 実際、サイドテーブルに手紙が置かれているだけのことであれば、マリアとて驚きはしなかっただろう。


 だが、その手紙が、丈夫な木製のサイドテーブルにナイフで釘付けにされているとなれば、話は別だ。


 目覚めの一杯を飲むことも忘れ、マリアはその手紙におそるおそる目を落とす。



―――――

この世界は、乙女ゲーム「宝石姫の憂鬱」の世界です。


あなたは、「悪役令嬢」です。


以下のハンドアウトをよく読んで、勝利条件の達成を目指して行動を起こしましょう。

―――――



「……わけがわかりませんわ」


 縦ロールにした豪奢な金髪を撫でながら、マリアはいぶかしげにつぶやいた。



―――――

あなたの勝利条件:

1 死亡した第一王子以外の有望な貴族の子弟と新規に婚約を結ぶ(+4)

2 第一王子殺害の犯人として過半数の令嬢から指名されない(+4)

3 「メインヒロイン」を特定し、その「メインヒロイン」を令嬢の多数決によって第一王子殺害の犯人に仕立て上げる(+2)


あなたの背景:

四大公爵の令嬢の一人であるマリア・ルージュは、優雅な朝のひとときを突然の凶報によって打ち破られた。


マリアの婚約者である第一王子アーネスト・クリスタニアが何者かに殺害されたというのだ。


もとより愛の無い政略結婚であった王子との婚約はどうでもよかったが、公爵令嬢としては新たな婚約者をいち早く確保する必要がある。

候補となるのは、以下の三人のいずれかだろう。


・第二王子デーヴィッド

頭脳明晰で魔術の才にも恵まれており、将来は宮廷魔術師になるのではともっぱらの噂。

第一王子が死亡した今、王位継承権第一位となったこともあり、将来性は抜群だ。

しかし、無口で何を考えているかわからないところがあり、マリアとしては苦手な部類に入る男性でもあった。

デーヴィッドには意中の女性がいるとも囁かれるが、はたして……?


・第三王子ギュスターヴ

武芸百般に通じる武辺者で、将来の近衛騎士団団長候補と目されている。

情にもろいが素行に荒っぽいところもあり、王家では問題児扱いされている。

王位継承権はデーヴィッドに次ぐ二位となるが、公爵家の後押しがあれば、デーヴィッドではなくギュスターヴを王位に就けることもできるかもしれない。十分な将来性があると言えるだろう。

しかし、ギュスターヴは「俺より強い女としか結婚しない」と公言しており、マリアを結婚対象と見てくれるかどうかには疑問が残る。


・シュナイダー侯爵

若くして侯爵となった美貌の青年貴族。

シュナイダー侯爵家は代々内務大臣を努め、国内の貴族に目を光らせる諜報機関的な役割を担ってきた。

家格としては劣るものの、身内に取り込むことができれば他の貴族への強い牽制になることだろう。

しかし、シュナイダー侯爵は頭の切れる陰謀家であり、十六の小娘にすぎないマリアの目論みなどいとも簡単に見抜いてしまうだろう。



アーネスト王子が殺されたと聞いて、思い出したことがある……。

昨日は王城での晩餐に招かれ、その後マリアは王子と王子の部屋で夜遅くまで語り合った。

もう眠りにつくと言った王子の部屋を出て帰宅したが、ひょっとすると容疑者の中で最後に王子と会ったのは私なのではないだろうか?

―――――



「な、なんですの、これは……」


 悪ふざけにしてもほどがある。


 いや、堅いサイドテーブルに食い込んだナイフに至っては、完全に悪ふざけの域を超えている。


 もしこの狂人にその気があったら、眠っているマリアを刺し殺すこともできたのだ――


 マリアは両腕を抱いてぶるりと震えた。


「訳がわかりませんわ……」


 つぶやくマリアに答えるかのように、寮の廊下から慌ただしい足音が聞こえてくる。


「マリアお嬢様! 大変でございます!」


 ドアをノックするメイドに、「入って」と答える。


「お嬢様……落ち着いてお聞きください。第一王子であらせられるアーネスト殿下が――昨夜、何者かによって殺害されました!」







 マリアは王立学園の生徒会室の執務机に座り、頭を抱えてつぶやいた。


「いったいなんなんですの、この状況は……」


 「ハンドアウト」にあった通り、たしかにマリアは王子に対する愛情が薄かった。

 嫌っているわけではないものの、優等生的でおもしろみのないアーネストと話していると、だんだんいらいらしてくるのだ。

 最近は学園で他の令嬢と親しくしているという噂も耳にしており、婚約者として神経を尖らせていた矢先だった。


「しかし……殿下がそのようなむごい目に遭われるいわれもありません」


 王子という身分に反して、人がいいことはまちがいない。

 話し相手としておもしろみに欠くという面はあったにせよ、それだけで殺されるほどの恨みを買うとは思えない。

 異性として愛せていたかというと疑問だが、それでもアーネスト王子の人柄には相応の好ましさを抱いていたのも事実である。

 ちなみに、王子殺害の一件はシュナイダー侯によって箝口令が敷かれ、まだ一部の者にしか知らされていないという。


「そして、その犯人は……」


 マリアは折りたたんで隠し持ってきたハンドアウトを確認する。


―――――

あなたの勝利条件:

1 死亡した第一王子以外の有望な貴族の子弟と新規に婚約を結ぶ(+4)

2 第一王子殺害の犯人として過半数の令嬢から指名されない(+4)

3 「メインヒロイン」を特定し、その「メインヒロイン」を令嬢の多数決によって第一王子殺害の犯人に仕立て上げる(+2)

―――――


「よくわからない単語が多いですが、いくつか読み取れることもありますわね。たとえば、『過半数の令嬢から指名されない』『令嬢の多数決によって』」


 逆に言えば、複数の「令嬢」が集まって、誰が王子を殺したのかを「指名」し、「多数決」を取る機会があるということだ。


「乙女遊戯ゲームなる言葉は不明ですが、『メインヒロイン』というのは演劇などの主演女優の役柄のことですわね。そして私は『悪役令嬢』ですか……」


 つまり、おまえは悪役だから、いい結婚相手を見繕いつつ、目障りな主演女優をこの機に乗じて排除せよ……と。


「もう一つわかることは、『令嬢』の中に『メインヒロイン』が隠れている公算が高い、ということですわね」


 勝利条件2は、マリア自身が第一王子の殺害犯として指名される可能性があるような書き方だ。

 だとすれば、マリア以外の「令嬢」も、同じく殺害犯として指名される可能性があるのでは?

 「メインヒロイン」を犯人として指名することができるのだとしたら、「メインヒロイン」は「令嬢」の中にいると考えるのが自然だろう。

 あくまでもハンドアウトを信じるなら、の話だが。


「それにしても、婚約者を亡くしたばかりで他の男性に声をかけるというのは……気が進みませんわね」


 そもそも、ハンドアウトの指示になぜ従う必要があるのだろう?

 サイドテーブルのナイフはそのための脅迫の意味もあったのか?


「+4とやらのために、デーヴィッド殿下やギュスターヴ殿下、シュナイダー卿に媚びを売る気にはなれませんわ」


 ただ、ひとつだけ恐れていることがある。


「……私は『悪役令嬢』。もしその役割が露呈すれば、第一王子殺害の犯人として指名されやすいのではないかしら?」


 物語には悪役が必要だ。

 今回の場合、第一王子の殺害という事件が起きているわけだから、なおのこと悪役は必要だ。


「『たしかに私は悪役令嬢ですが、王子を殺したりはしていません、信じてください!』……ダメね。とても信じてもらえる気がしないわ」


 王子殺害の犯人は、今頃騎士団が血眼になって探してるはずだ。

 しかし、その捜査に「令嬢」による「多数決」がどう影響するのかも不明である。


「……いちばん危険な物証は、この『ハンドアウト』自体なのでしょうけれど……」


 今朝部屋に入ってきたメイドはこの「ハンドアウト」を読むことができなかった。

 異国の言語で書かれているようだとメイドは言ったが、マリアにはとてもそうは思えない。

 マリアはこのハンドアウトを王国の言語でちゃんと読めている。


 メイドはサイドテーブルに突き立ったナイフも「見えない」と言った。

 机に傷があるのを見て顔をしかめていたが、それだけだ。


「魔法で燃やそうとはしてみたけれど……燃えないのよね。破ることもできない」


 そのせいで、常に肌身離さず持っているしかない。


「ひょっとして、他の『令嬢』にもハンドアウトが届いているのかしら?」


 だが、それを確かめるのは難しいだろう。

 マリアのハンドアウトはとても他人には見せられないような内容だ。

 他の「令嬢」も事情は同じなのではなかろうか?


「『令嬢』の候補は……実のところ難しくはないわね」


 四大公爵家にはそれぞれ年頃の令嬢がおり、いずれも王立学園に通っている。


 そして、全員が生徒会役員だ。


 四大公爵家というと、外からはライバル同士に見えるらしいが、生徒会に関してはそうでもない。


 少なくともマリアは、貴族令嬢としては珍しいほど仲のいい生徒会だと思っている。


「その四人の中に、王子を殺した犯人がいるというの……?」







 長く濃密な生徒会役員会議を終えて、マリアは寮の自室に戻ってきた。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 迎えに来たメイドに鞄を渡し、マリアは自室についてくるよう促した。


「――犯人がわかったわ」


 突然のマリアの言葉に、


「まさか、王子殿下を殺害した犯人がおわかりになられた……と?」


 メイドは疑わしげにマリアを見返した。

 メイドとしては主人に疑いを示すなどもってのほかだが、それでもあまりにも唐突な言葉だ。


「最後にお会いしたとき、王子は大変不安がっておられたわ。『僕には君に愛されてるという自信がない』と。だから、おなぐさめするのに夜遅くまでかかってしまったのだけれど……」


「それは大変でございましたね。しかし、お嬢様の愛情を疑うなど、殿下も殿下です」


「……非業の死を遂げられた方を悪く言うものではないわ」


 マリアの静かな指摘に、


「あ、いえ、亡くなられた方のことを悪く言うものではなく……」


「わかっているわ。思わずいつもの調子で言ってしまったのよね。だって、あなたの中では、殿下は死んでいない・・・・・・のだもの」


 マリアの言葉に、メイドはぎくりと身をすくませた。


「ど、どういうことでございましょうか?」


「どうもこうもないわよ。王子殿下も思っていたよりずっとお人が悪いのね。死んだふりをして婚約者を試そうとなさるなんて」


「…………それは、」


「ええ、おそらくはあなたの入れ知恵なのでしょうね、エミリ。目的は……ハンドアウトの1が本命ね。つまり、私に殿下以外の選択肢を考えさせること。2の指名回避は煙幕で、3には隠された狙いがある」


「……どういうことでしょうか? 私には何がなんだかさっぱり……」


 マリアは折りたたんだ紙を取り出し、エミリの眼前に突きつけた。


「……これは……朝の謎の置き手紙ですね。あいかわらず読むことができませんが」


 その言葉に、マリアはにやりと笑った。


「引っかかったわね、エミリ。この紙はハンドアウトじゃないわ。生徒会室にあった似たような紙に、文字をカーボン紙で転写したもの。本物は……こっち」


 マリアはもう一枚紙を取り出し、広げてみせる。


「っ!」


「まったく、手の込んだことをしたものね。殿下はたしかに、ミラベルさん――ミラベル・トパーズ公爵令嬢と最近少し親しくなった。殿下はミラベルさんに私との関係について相談していたんじゃないかしら? その二人のあいだに多少はそういう気持ちがあったとしても、おかしくはない」


 エミリが口をつぐむのを見て、マリアは続ける。


「でも、おふたりとも良識を備えた方だわ。殿下は淡い恋心に蓋をして、私との婚約を続けるおつもりだった。ミラベルさんは、私との友誼を優先して、殿下に必要以上の気持ちを持たないように心がけているそうよ」


「そう、なのですか。少々、お寂しいと申しますか……」


「そうかもしれないわね。だけど、万難を排して二人が結ばれたとして、それで二人は幸せになれるのかしら。私という障害物がなくなったら、二人が今抱いている気持ちは根拠を失う……」


「……そうかもしれませんが、そうでないかもしれません。お嬢様だって、他のお相手を試してみる権利くらいはあると思います」


「デーヴィッド第二王子や、ギュスターヴ第三王子、あるいはシュナイダー侯爵ね。まあ、私と年齢的に離れていない現実的な候補者ではあると思うのだけれど」


 マリアはハンドアウトの一部を指さした。


―――――

・第二王子デーヴィッド

頭脳明晰で魔術の才にも恵まれており、将来は宮廷魔術師になるのではともっぱらの噂。

第一王子が死亡した今、王位継承権第一位となったこともあり、将来性は抜群だ。

しかし、無口で何を考えているかわからないところがあり、マリアとしては苦手な部類に入る男性でもあった

デーヴィッドには意中の女性がいるとも囁かれるが、はたして……?

―――――


「デーヴィッド殿下は、無口で何を考えておられるのかわかりづらい。たしかにそう。私が殿下を苦手としてるかどうかは……どうかしら? 理知的な方だから、お話を合わせることはできそうなものだけれど。殿下ほどではないけれど、私も魔法は得意な方だし」 


 意中の女性については……あとでいいだろう。


―――――

・第三王子ギュスターヴ

武芸百般に通じる武辺者で、将来の近衛騎士団団長候補と目されている。

情にもろいが素行に荒っぽいところもあり、王家では問題児扱いされている。

王位継承権はデーヴィッドに次ぐ二位となるが、公爵家の後押しがあれば、デーヴィッドではなくギュスターヴを王位に就けることもできるかもしれない。十分な将来性があると言えるだろう。

しかし、ギュスターヴは「自分より強い女としか結婚しない」と公言しており、マリアを結婚対象と見てくれるかどうかには疑問が残る。

―――――


「ギュスターヴ殿下は……ふふっ。あなたもずいぶん意地の悪い書きぶりね。エミリの指摘通り、猪武者すぎて私とはあまり合いそうにないわ」


―――――

・シュナイダー侯爵

若くして侯爵となった美貌の青年貴族。

シュナイダー侯爵家は代々内務大臣を務め、国内の貴族に目を光らせる諜報機関的な役割を担ってきた。

家格としては劣るものの、身内に取り込むことができれば他の貴族への強い牽制になることだろう。

しかし、シュナイダー侯爵は頭の切れる陰謀家であり、十六の小娘にすぎないマリアの目論みなどいとも簡単に見抜いてしまうだろう。

―――――


「シュナイダー卿は、近づきがたい殿方よね。この国の裏面を知りたいという欲は私にはないわ。たしかに知的な美青年ではあるけれど」


 マリアはハンドアウトから顔を上げ、


「一見、三択のようだけれど、現実的にはデーヴィッド殿下しかないでしょうね。このハンドアウトは私に、『デーヴィッド殿下について検討してみてはどうか?』と提案してるかのようだわ」


「それは……王子殿下のご発案です」


 あきらめたように、エミリが言った。


「僕よりもずっと優秀な弟のほうがマリアにはふさわしいんじゃないか、と」


「いかにも自信のない殿下のおっしゃりそうなことね。でも、あなたの用意したハンドアウトでは、デーヴィッド殿下にも『傷』が用意されているわ。『意中の女性』がいるかもしれない、と」


「…………お嬢様はもう意図を見抜いていらっしゃるのでしょう?」


「デーヴィッド殿下の想い人はアナイスさんね。アナイス・ガーネット公爵令嬢。ただ、お互いに内気だからか、なかなか関係が進んでいないようね。しかも、父であるガーネット公爵はアナイスの結婚相手として他の男性を考えておられるとか」


「『宝石姫の憂鬱』のサイドストーリーなのですよ。メインヒロインがデーヴィッド殿下を選ぶ際には、アナイス様は涙を呑んで祝福されます」


「あの控えめな子がしそうなことだわ」


「メインヒロインは、アナイス様とデーヴィッド殿下の仲を取り持つことも可能です。ギュスターヴ殿方のルートでは、それがきっかけでメインヒロインとギュスターヴ殿下が互いを意識し始めるのです」


「なるほど、本来はソフィアさんがアナイスさんとデーヴィッド殿下の関係を取り持ち、ソフィアさんはギュスターヴ殿下と結ばれる……と」


 ソフィア・エメラルド公爵令嬢は、薄幸の美姫だ。

 野性的なギュスターヴ殿下とは何もかもが対照的で……だからこそ相性はいいかもしれない。


「つまり、『メインヒロイン』はソフィア・エメラルド公爵令嬢なのね」


「ええ。ソフィア様はメインヒロインですので、攻略対象の四人の殿方からお好きな方を選ぶことができます。ただし、その選択次第では、仲のよろしいお嬢様がた四人の生徒会役員は酷い破局を迎えることになってしまうのです」


「『宝石姫の憂鬱』、というのはそういう意味なのね」


「ソフィア様がアーネスト第一王子のルートに入った場合には、マリアお嬢様は『悪役令嬢』となり、ソフィア様を学園から追い出そうとなさいます。その結果、ミラベル様、アナイス様がソフィア様に同情し、お嬢様の方が追い出されることになります」


「ソフィアさんがアーネスト殿下を選べば私が、デーヴィッド殿下を選べばアナイスさんが不幸になる。ギュスターヴ殿下やシュナイダー卿を選んだ場合には?」


「ギュスターヴ殿下はミラベル様と幼なじみの関係にあります。ソフィア様がギュスターブ殿下と親しくなることで、ミラベル様は幼なじみを異性として意識するようになり、葛藤に悩まされた挙げ句、ギュスターヴ殿下を刺して自分も死のうとなさいます」


「うわっ……。ちなみに、シュナイダー卿の場合は?」


「選択肢にもよりますが、お嬢様が隣国のスパイの嫌疑をかけられ処刑されることが多い印象ですね」


「酷っ!? しかも多いの!?」


「処刑された後になってお嬢様が無実である証拠が発見され、その後悔からソフィア様は精神を病んで学園の屋上から身投げします」


「その後も酷かった!?」


「ちなみに現在のルート進行は、ソフィア様がアーネスト第一王子ルートのメリーバッドエンドに向かっておられる状態ですね。ソフィア様は、アーネスト殿下に惹かれつつも一歩を踏み出せず、諦めることにしたのです。マリアお嬢様も王子との結婚に引っかかりを残しており、『これが大人になるということなのね』とご自身を納得させようとなさっているところです。ビターではありますが、破局が起こることはないはずです」


「……怖いほど的確ね」


 私は思わずため息をついた。


「エミリがなぜこんなことをしたのかはわかってるわ」


「ほう……なぜでしょうか?」


「信じてもらいたかったから――でしょう?」


「……さすがはお嬢様。おみそれしました」


 そう言って深く腰を折るエミリ。


「『この世界が乙女ゲームの世界だ』なんて話、いきなりされてもとてもじゃないけど信じられないわ。いくら私が貴女のことを信用していても」


「はい。その通りだと思います」


「だからあなたは、『この世界が乙女ゲームの世界だ』というメッセージを私に与え、そういう設定の・・・・・・・別のゲームを私に体験させることにした。その上で、これだけずばずばといろんなことを言い当てられては、『この世界が乙女ゲームの世界だ』という部分については信じてもいいんじゃないかと思い始めてしまうもの」


「おっしゃる通りでございます。しかし、それにしても、よく一日で答えまで辿り着かれましたね?」


「べつに、たいしたことじゃないわ」


 マリアはオリジナルのハンドアウトをもう一度広げると、


「ものすごく単純に考えれば、よ。私の枕元のサイドテーブルにこのハンドアウトを置くことができたのは誰? あなたしかいないわ。もし寮に不法侵入者がいたのだとしても、サイドテーブルに異物があればあなたは当然気づくはず。サイドテーブルに寝起きの水を用意しておくのはあなたの仕事なんだもの」


「……ふふっ、まあ、そうですよね、常識的に考えれば」


 そう。あきらかな異物があれば、エミリが気づく。

 だが、エミリは気づかなかった。

 なぜなら、


「あなたって、なかなか役者だったのね。まさか、ハンドアウトが読めないふり・・をしてるとは思わなかったわ」


 あの時は、朝目覚めるとサンドテーブルに紙がナイフで釘付けされてるというありえない状況だった。

 だからこそ、その直後にエミリが「ハンドアウトが読めないふり」をしても、そんな不可思議な現象が起きてもおかしくないと思ってしまった。


「ハンドアウトに書かれている文字がこの国の言語じゃない、というのはとんでもない嘘よね。私には、どう見ても・・・・・、この国の言語に見るんだけど?」


 ハンドアウトをピラピラさせて、マリアが問う。


「事実、その通りですからね」


 すました顔で言うエミリにマリアは思わず苦笑した。

 エミリは、ハンドアウトが読めないふりをしただけではない。

 ハンドアウトを机に固定していたナイフに至っては、完全に「見えない」ふりをしていたのだ。


「わざわざ魔法で燃やせない特殊な紙まで用意したの? そんなもの、いったいどこから?」


「それは……シュナイダー卿にご協力いただきまして。仲がいいんです、私たち」


「えっ、それはさすがに知らなかったわ……」


「国内貴族のお目付け役のような方ですからね。さまざまな貴族家の使用人に内通者がいるのですよ」


「おっかないわねー」


「ちなみに、来月私と結婚します」


「嘘っ!?」


「本当です。嗚呼、あの陰険クソ眼鏡感がたまらないんですよね! この世界に転生したからには、絶対にシュナイダー卿を落とすと決めてたんです!」


「そ、そうなの……よかったわね、うまくいって。おめでとう」


 引きつった顔で祝福の言葉を述べるマリア。


「アーネスト殿下が殺害されたことを、今朝の段階では伏せることになってたのもポイントね。結局、アーネスト殿下が『殺された』ことを知ってたのは私だけ、というわけ。きれいに騙されたわ」


 ハンドアウトの文章とエミリの言葉の二つを合わせて信じていたわけだが、種がわかれば簡単だ。

 ハンドアウトも凶報を告げるメイドの言葉も、ともにエミリのものなのだから。


「それにしても……もし私が本当にソフィアさんを『メインヒロイン』と見て、王子殺害犯として糾弾してしまったらどうするつもりだったの?」


「そこはお嬢様を信用しておりましたので。そのような短慮をなさるお嬢様ではありますまい」


「よく言うわよ……」


 マリアは再びため息をついた。


「言っとくけど、私が全部自分で推理したわけじゃないわ」


「ほう。そうなのですか? どなたかにご相談を?」


「いえ、生徒会の役員会議の議題に乗せて、四人で話し合ったの。うちのメイドがおかしないたずらをしかけてきたんだけどどうしてやろうかって」


 マリアの言葉に、今度はエミリが苦笑した。


「さすが、仲がよろしいことですね。あちらで『序盤だけなら日常系アニメ』と言われていただけのことはあります」


「言ってる意味がよくわからないのだけれど?」


「『宝石姫の憂鬱』では、序盤は四人の公爵令嬢を、それはそれは仲睦まじく描くのです。百合とまでは言いませんが、『日常系アニメ』は言い得て妙かと」


「……それにどんな意味が?」


「最初に『上げて』おいたほうがその後『落とした』時の絶望が深くなるじゃないですか」


「…………あなたの世界の人はとことん性格がねじ曲がっているようね」


 かくして、異世界からの転生者であることが判明したエミリだが、エミリは乙女ゲームに詳しい以外にも、マーダーミステリーの作成やGMまでやっていたことが判明した。


「おもしろそうね、それ!」


 と、乗り気になったマリアによって、この世界初となるマーダーミステリーが作成された。


 その名は――『宝石姫の憂鬱』。


 そのテストプレイは、エミリをGMに、マリア、ミラベル、アナイス、ソフィア、アーネスト第一王子、デーヴィッド第二王子、ギュスターヴ第三王子、シュナイダー侯の8人のプレイヤーによって行われた。


 学園祭で発表された『宝石姫の憂鬱』は、学園内で大流行。

 さらには王子経由で王城にまで流行が伝播し、市中にまで広まった。


 実話を元にした『宝石姫の憂鬱』のおかげで、そのモデルとなった四人の公爵令嬢は、長くこの国の民に愛されることになったのだとか。


 めでたしめでたし。






―――――

最後までお読みいただきありがとうございました。

他にもいろいろ書いてますのでよろしければぜひ。

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