1-4
「外勤ってどちらに?」
取引先の企業にでも行くのだろうか。
「取引先にちょっとね」
伊勢さんがそう言っていたずらっぽく微笑んだ。
「向井君、こっちに」
非常口を指差して伊勢さんが手招きをする。
手にはしっかりとビジネスバッグを携えて。
「え、非常口から出るんですか?」
俺もバッグを小脇に抱えて、伊勢さんに続く。
こういうドアって普段、開けちゃダメなんじゃない?
「行くよ」
俺の心配はよそに、なんのためらいもなく伊勢さんがドアを開いた。
「え?」
外に出ると思っていた俺は呆気にとられる。
そこは長く、白く明るい廊下が続いていて、等間隔にドアが並んでいる。
「何これ」
思わず声に出る。
明かりも無いのに、プリクラ機の中ぐらい明るい。
「向井君、こっち」
伊勢さんが迷いもなく、廊下を歩いて一つのドアの前で止まり、ドアノブに手を掛ける。
「さぁ、行こう」
伊勢さんに続いて、ドアを開けて外に? 出る。
「うわぁ、何ここ」
大草原。いや、
何なら風を感じる。
「やっぱり自然っていいね」
肩で風を切りながら歩く伊勢さんは、ビジネスマン一、草原が似合うのではないだろうか。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。どこなんですか」
俺は取り残されたくなくて、伊勢さんの後を追う。
社会人ってこんなんだっけ? と、若干の疑問を感じながら、草原の中を歩く。
ちなみにスマホは圏外で、なんなら時計も動いていない。
「伊勢さん、伊勢さんはここを知っているんですか? 来たことあります? 帰りはどうやって帰るんですか?」
俺たちが通ってきたドアはいつの間にか消えていた。
その事実が俺をパニックに陥らせる。
「大丈夫だよ、向井君。僕は何度もここに来たことがあるし、帰り方も知っているから」
おいおい、だったらこの会社はイカれてる。外勤と言ってしょっちゅうこんな場所に行かせるなんて。
「俺もう帰りたいんですけど」
「しっ!」
俺の言葉を制して、伊勢さんが人差し指を口に当てて、静かにするように言った。
そして、ゆっくりとしゃがみ込み、近くの草に身を隠す。
俺もわけがわからないまま、伊勢さんに続いた。
「ドラゴンだよ」
隣にしゃがんだ俺の耳元にそっと囁いた。
途端に、何とも形容しがたい音が耳を支配する。
耳どころか、その音圧は腹の中にまで響いてきて、近くで大太鼓でも叩いているかのような振動。
伊勢さんがしゃがみこんだ状態のまま、空を指差した。
そこには、まるでゲームにでも出てきそうな硬そうな赤い鱗に全身を覆った巨大なドラゴンが、その大きな翼を広げて自由に空を舞っていた。
就職支援会社アザー 零文 @0ven
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