正解
黒白 黎
正解
ある日、妻がいなくなった。
キッカケは妻の愚痴(ぐち)に本音を漏らしてしまったからだ。
「え?」
「…冗談だよ」
笑ってごまかそうとした。
「っもう! そんなことを当然みたいに言わないでよ」
空気が凍った。妻がみるみる顔色が悪くなっていく。俺も顔色が悪くなっていく。
どうしてこうなってしまったんだろうか。愛し合っているのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。
俺は最悪なことを頭に浮かべた。
ここ何日か妻が帰ってこない。それどころか手紙ひとつ残さず失踪してしまった。警察に捜索届けを出したが、これといった情報は来ない。
妻が心配で、仕事どころじゃない。俺はずっと家の中で妻が無事で帰ってくることを祈っていた。
ピンポーン!
玄関のチャイムが鳴った。
もしかしたら、と思い玄関の扉を開け、「実里(みのり)!」と声を上げた。
そこにいたのは刈り上げた茶髪にあごひげを生やした男が立っていた。
「実里じゃなくて悪いな」
「…あなたは、誰なんですか?」
俺の問いに答えることなく、男は真剣そうな顔で「実里の…奥さんの件で話しがある。中に入れてくれるな」と、なにか事情があるだけでなく実里のこともよく知っていそうだった。失踪した原因がこの男になにか関係があるのかもしれないと不甲斐なく家に招いた。
男は非常に苛立ちを覚えていた。我慢の限界か拳を握りしめながら歯ぎしりでこちらを威嚇してくる。
「あのー」
俺はオドオドとしながら冷静に話しを聞こうとするが、男は鼻で笑った後、まるで強者のように見下してきた。
「やっぱりお前は不正解か。直で見てもよさがわからん」
まったくわからない。不正解? 良さ? なんの話をしているのか。俺はきょとんとしていると男はテーブルに拳で叩きつけながら怒鳴った。
「お前さぁ、妻が失踪して、妻の両親に連絡するとかなんもしてないだろ! 落ち込んでいるだけで」
「ひぃ、あ…すみません」
俺は謝ることしかできない。確かに、祈るばかりで何もしてこなかったのは事実だ。警察に捜索届けをしただけでそれ以降はなにもしていなかった。
「妻の両親を知らないんです。親のことは聞かないでと言われたもので、私も親がおらずお互い様というか…」
「生い立ちも知らない女と結婚したのか。調査通りの幸運なお人好しだな」
男はテーブルの上に一冊のノートを投げた。そのノートには『調査報告書』と書かれていた。書いたのはどこかの探偵事務所だった。男は探偵を雇い自ら調べてきたようだった。
「ほら、これが実里の両親の情報。両親は実里が子供の頃に稼いだ金と手切れ金で優雅に暮らしているよ」
「子供の頃? 手切れ金?」
「親のところに実里はいない。何年も連絡を取っていないらしい」
両親のところにいない。では、妻は…実里は…どこへ消えてしまったのだろうか。
俺がオドオドするだけで男はイライラを募らせていた。
「こんな情報は興信所に頼んだらすぐ手はいるんだよ。ちゃんとやることやれよ!」
俺はノートを盾にしながら「すみません。それで、実里のこと、何かわかったんですか?」と聞いて見ると、「分からない。今調べている」と素直に答えた。
「そうですか。調べていただきありがとうございます」
「別にお前のためじゃない。実里が見つかったら聞いてやるんだ。あんな男より俺と結婚したほうが良かったんじゃないのか、と」
「…あなたは、だれなんですか?」
「俺は実里が働いていた会社の社長だ。プロポーズしたが断れたよ。実里は必死に隠していたようだが彼女の勘が鋭いことは経営者である俺だけでなく周りも気づき始めていた。社員が仕事のことを相談するように俺もまた最終的に決断面で実里に判断を仰いだものだよ。それだけ、彼女が選ぶ決断は確実に正解を差していた」
「そんな能力が…」
「実里が同僚に一度だけあることを聞かれたそうだ”正解が見える”と。目の前に思いつく選択肢が無数に視界に出てきて、正解だけ線で丸く囲まれるのと、そのあと詳しく聞こうとしたが同僚はそれ以上、教えてもらえなかったそうだ。ただ、二人からプロポーズされて悩んでいると言っていたよ」
二人からのプロポーズ。おそらくそれは俺と社長である男のことなのだろう。
「一人は正解。でも愛せない。もう一人は愛せるけど正解じゃない」
多分だが、俺が愛せるけど正解じゃない。男は愛せないが正解であると。
結局のところ、どっちが実里を幸せにできるのだろうか。
それよりも驚愕だったのが、俺が不正解なのに、どうして俺を選んだということだ。
男の話によれば、実里は子供のころから両親に散々金儲けに利用されていたと。おそらく、”正解が見える”つまりギャンブルでどこを狙えば当たりなのか分かったからだと。親に利用される人生が、嫌になったのか、手切れ金を渡して絶縁したらしい。
「いくら掛かってもなんとしても実里は俺が見つけ出す! 俺が正解で実里を幸せにする! 実里に恩を返すんだ!」
視界に選択肢が現れる。
『俺にも同じ力があると教える』×を書くようにして塗りつぶされる。『このまま無能な振りをしてこいつも利用する』×を書くようにして塗りつぶされる。『こいつも殺す』〇と線で囲む。
実里は俺と同じ力を持っていた。だから、気づいたんだ。
キッカケは、妻の愚痴に本音を漏らしてしまったからだった。
「その人には、みんな本当に困ってて…」
「そんなに邪魔なら殺せばいい」
「え?」
「! あ…冗談だよ」
「っもう! そんなこと当然みたいに言わないでよ…。 !」
妻の顔色がみるみる青くなっていく。
『夫にとっては当然。人を殺すのは当然』
『今まで人を殺したことがある。殺したのは1人…2人…3人……9人』
『私も殺される!』
妻は涙ながら訴えていた。殺さないでほしいと、だけど俺の視界の選択肢には『殺して隠蔽』と線で丸く囲んでいた。妻は気づいていたんだ。俺の過去を、人を何人も殺したことがあると、そして実里を殺さなければならないと。
邪魔な奴は殺せばいい。正解の示す殺し方でやれば誰にもバレない。それが正解。
正解 黒白 黎 @KurosihiroRei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます