悪役令嬢は王太子の婚約者に返り咲く

「で、盗品はどこに隠したんだい?」

 王太子が私に尋ねる。学園での断罪からしばらく経っており、私は公爵領にある自宅で、世間の目線から隠れるように過ごしていた。

「あら、わたくしを処刑する前に、宝物の在り処だけ聞き出しておこうという算段なのかしら?きっとこれからわたくしは殿下の手によって恐ろしい拷問にかけられるのでしょうね」

 私がそう言うと、王太子は笑った。

「僕はそんなことしないよ。兄上と違ってね」

「あら、アレクシス王子も実際には拷問にかけたりしてきませんでしたわ、ウィリアム殿下」

 そういうと王太子――ウィリアム第二王子殿下は肩をすくめた。

「あの男ならやりかねないさ」

 あの後、アレクシス王子は自らの手下に公爵家の馬車を捕まえさせ、王家の名において強引に中を改めさせた。馬車の中身は私が父のために買い集めた誕生日の贈り物だけだった。

 悪役令嬢の親というのは二種類に分別できる。「そりゃ、娘も性格歪むわ」と納得の冷酷漢か、「そりゃ、娘も我儘になるわ」と納得の甘やかし親だ。私の父は後者だった。

 私が送ったものなら丸めたチリ紙でもありがたがりそうな父に対する誕生日の贈り物は、アレクシス王子一派によって私からの贈り物を損壊されたという御者の訴えと、ことの顛末を綴った私からの手紙だった。

 父は激怒した。父は邪悪や正義に関しては分からない人間であったが、政治に関してはとびきり敏感だった。そもそも父が「御しやすそう」と王太子の地位を保ってやっていたアレクシスは、あっという間に貴族たちの後ろ盾を失い、おまけに盗まれた宝物を集めるために行った悪事の数々を暴かれ(父の手にかかれば火のある所に煙を立たせるなんて簡単なことだった)、あっさり廃嫡されてしまった。

「兄上は自分の欲望のために権力を使い、その非道は増すばかりだった。……僕が止めるべきだったんだ」

「ウィリアム殿下は弟のレックス殿下や妹のエメラルド姫殿下をアレクシス王子から守っていたのでしょう?表立って動いては、アレクシス王子はレックス殿下やエメラルド姫殿下にまで謀反の兆しありとして手を出す……そう脅されていたのでは?」

「……ああ」

「実際にやりかねませんわね」

「……だが、僕が身内可愛さに昼行燈を演じ、民をアレクシスの魔手に掛かるに任せていたのは事実だ」

 私はクスリと笑う。

「あら、殿下がプレイボーイを演じつつ、アレクシス王子の毒牙にかかった娘さんたちの人生を立て直すために奮闘し、またその毒牙にかかりそうな娘さんたちを逃がしていたのは知っておりますわよ」

 私の指摘に色男の第二王子は驚きとともに顔を赤らめた。

 ウィリアム第二王子殿下こそ、乙女ゲーム『心は煌めく宝石のように』のメイン攻略対象だ。一見軽薄なプレイボーイに見えて、自分の弟と妹の身を案じ、国の未来を憂いる人格者である。

 じゃあ、アレクシス第一王子はなにかというと、こいつは『心は煌めく宝石のように』における悪漢だ。自らの下賤な欲望のために権力を使い、悪事を働き、人々を苦しめる。一時の快楽のために主人公を手に入れようとし、実の妹であるエメラルド姫に望まぬ結婚を強い、多くの攻略対象の人生を狂わせた元凶であり、ゲームでは彼自身を愛していたナタリアをも用済みとなれば冷酷に切り捨てる。

「……一応、最初はキミは兄上側の人間だと思って警戒していたのだけれど……コスタメリア公爵家の人間には隠し事ができないな。キミの前では少なくともボロを出すようなことはしなかったはずだったんだが」

 ウィリアム殿下の本音はゲームでもだいぶ好感度を稼がないと明かされないもんね。

「まぁ、わたくしにはちょっと特殊な情報源がありますから。……それで、殿下、わたくし、盗まれた品々がどこにあるかはまったく存じあげないのですけれど?本当は何の用で来られたのです?」

「うーん、キミが兄上の罪を暴くために今回のことを企んだのかと思ったんだが、声の調子からして本当に知らないようだね」

「当たり前です。わたくし、正直を美徳としておりますので。……それが本題なら無駄足でしたわね」

「ん、いや、本題は別」

 そう言うとウィリアム殿下は私の前に跪く。

「麗しのナタリア=コスタメリア嬢。僕の妻になってほしい」

 プロポーズだった。

「え?いや、その……はいぃ?」

「受けてくれてありがとう!今日はなんて素晴らしい日なんだ!」

「え、いや、今のは承諾のはいではなくて!その、父に王太子への擁立の件でなにか言われたのなら無視してくださって大丈夫です!わたくしが父を説得しますので!」

「ああ、コスタメリア公爵からはキミとの婚約を許してもらう条件として王太子になるよう求められたね。キミと結婚できるなら馬の代わりに馬車を牽けと言われても受け入れたよ」

 たぶん父はウィリアム殿下に、王太子になりたければ私を娶れと言ったのだと思う。私を娶りたければ王太子になれではなく。

「あの、殿下は他に思い人はいないのですか?例えばリリアとか」

「リリア?」

「声かけてましたよね?」

「ああ、兄上が目をつけていたから、何とか守ろうとしてね。結局、彼女は兄上の部屋に連れ込まれてしまったけど、キミが助けたんだったね、部屋に乗り込んで。部屋からつまみ出すと見せかけて逃がした。そうだろう?」

「おられたんですか!恥ずかしいところをお見せしました」

「いやいや、僕は確かに学生寮にいたけれど、行動を起こすことはできなかった。キミがいなかったら彼女は兄上に遊ばれて捨てられていただろうね」

 本来、あのタイミングでウィリアム王子の誘いを蹴って、アレクシスの部屋に連れ込まれると、バッドエンド直行だった。弟と妹のことがあるウィリアム殿下はアレクシスに表立って逆らえないため、部屋に乗り込んで守ってやることができない。

 だが、私なら「浮気に激怒した婚約者」としてリリアを部屋から連れ出すことができた。あれは危ないところだった。

「リリア嬢はあの後も兄上の部屋に出入りしていたようだけどね。ただ、彼女はなかなかしたたかだ。僕が保護者ぶる必要もないさ」

 その後は私の醜聞を晴らし、新たな婚約を祝うパーティーなんかを開く予定だと告げられた。例の窃盗事件はアレクシス王子が起こした自作自演ということで決着をつけるらしい。

 ウィリアム殿下が帰ったその夜のこと。公爵領の邸宅にある貴族令嬢の私室――私の部屋にあっさり侵入してきた人物がいた。

「来たのね、怪盗ルビーアイ」

「お姉さまにそう呼ばれるのはなんだか恥ずかしいですね」

 怪盗ルビーアイ――リリアはそう言った。

 乙女ゲーム『心は煌めく宝石のように』。大悪党アレクシスによって泣かされた人たちのために、奴から宝物を奪還するために貴族令嬢に成りすまして学園に潜入した義賊が、同じくアレクシスの非道によって苦難の人生を歩まされている攻略対象たちと心を通じ合わせ、協力して宝を盗み出す――というのがそのストーリーであり、その主人公リリア(デフォルトネーム)のまたの名が怪盗ルビーアイなのである。

「見事な手際だったわよ、リリア」

「お姉さまが盗むべき宝物を調べ上げてくれたおかげです♪それに偽の犯人役まで引き受けていただいて……」

「わたくしだけではあの男の悪を裁くことはできなかったもの。上手くアレクシスにわたくしを犯人だと思い込ませた……違うわね、アレクシスがわたくしを邪魔に思い、わたくしをなんとかコスタメリア公爵の怒りを買わずに排除できないかと、そしてこの窃盗事件こそがそのチャンスだと思わせた、あなたの手腕のおかげよ」

「今回の作戦立案はほとんど全部お姉さまによるものです。わたしはそれを実行しただけにすぎません」

 リリアが不満げに口をとがらせる。いや、私の作戦、ゲームで主人公と攻略対象が立てた作戦の丸パクリなんだけどね。ゲームではもっと時間をかけて、アレクシスが所有している宝物について調べたり、警備状況を探ったりしていたけど。

 それに実行しただけというけど、リリアの窃盗テク・脱出術・身体能力、どれも超一流で、私がリリアの中に入ったとしてもマネできるとは思えない。

「おまけに分け前も受け取ってくださらないし……」

「アレクシスがため込んだ宝物は全て、彼が虐げた民のために使われるべきものよ。わたくしには受け取る権利はないわ」

 アレクシスのコレクションは公爵家であるコスタメリアから見ても一財産と呼べるものであったけど、彼に虐げられた人々が人生を建て直すのに使った方が有用な使い道と言えるだろう。そのための被害者リストの方も、ウィリアム殿下の協力が得られれば完璧なものが作れるだろう。

「リリアはどうするのこれから?」

「元の盗賊家業に戻るつもりだったんですけどね。アレクシスとその仲間たちが追放された以上、ウィリアム殿下のお手並みを拝見する間は休業です。学園にも卒業まで残りますよ」

「ウィリアム殿下はたぶん大丈夫」

「お姉さまが妻として見張ってくださるから?」

「……ええ、まぁ、そうね」

 ウィリアムはエンディングの一文を見る限りではかなりいい王様になるらしいが、それを言うわけにはいかないので笑ってごまかす。

「じゃあ、もしそうならなかったら、お姉さま、怪盗を再開したときに手伝ってくださいませんか?」

 リリアが冗談めかして言う。

 とんでもない!私は悪役令嬢かもしれないけれど窃盗犯ではないのだ。単に計画を立てただけで!

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