悪役令嬢は窃盗犯にあらず

悪役令嬢は王太子に断罪される

「わたくしは本当のことしか言っておりませんわ!」

 わたくし……というか私、公爵令嬢ナタリア=コスタメリアは必死で否定する。公衆の面前で嘘つき呼ばわりされて黙っているわけにはいかない。

「嘘をつけ!俺の部屋に入ることができるのはリリアを除けば貴様だけだ!」

 だが、アレクシス第一王子はずいぶんご立腹の様子で、仮にも婚約者である私の言葉も耳に入らないようだ。

 まぁ、無理はない。この世界は乙女ゲーム『心は煌めく宝石のように』の中であり、王太子であるアレクシスは、婚約者であるいわゆる悪役令嬢の私よりも主人公の方に心を惹かれる人物であるのだから。

 何を隠そう、今話題に上ったリリア、アレクシス王子の背後にかばわれてキツメの美人である私に怯えたように振舞っている少女こそがこのゲームの主人公である。『心は煌めく宝石のように』は一人称視点で進むので、リリア(名前はユーザーが変更可能だが、そういえば確かデフォルトネームがリリアだった気がする)がどんな容姿をしているのかはこの世界に転生して対面するまでは知らなかったのだが、どうも彼女は乙女ゲームの主人公(だいたい、正義感と優しい心を持っている)というには少しずる賢そうに見える。

 ことの発端はアレクシス王子がこの国の貴族たちが通う学園で、没落した男爵の血を引くというリリアと“偶然”出会ったことだ。少なくともリリアが貴種の血を引くという話自体、真実であると主張するよりも巧妙に作られた嘘だと言ったほうが百人中九十九人は賛成してくれるだろうが、アレクシス王子は百人に一人の方だった。

 リリアに興味を覚えた王子は、やがて学生寮の私室にリリアを連れ込むまでになった。……部屋には婚約者である私も出入りしていたので、王子とリリアがベッドの上にいるところに私が入って来るという、どう考えても起こるだろうそりゃという修羅場案件もあったのだが、まぁ、ともかく、アレクシス王子の学生寮の部屋には私とリリアという二人の令嬢が出入りしていた。

 さて、アレクシス王子は芸術品に目がなく、部屋には大量の絵画、彫刻、骨董や宝玉などがあった。ある日、その中でも価値の高いものだけがごっそり盗み出された。

 この犯行には室内外での入念な事前準備があった。絵画は偽物とすり替えられ、宝石や彫刻はテグスで寮の裏の林の中へ運び出された。盗人はドレスの骨組みの下に絵画を隠したほかは、ほぼ手ぶらで部屋を後にすることができただろう。

 もちろん王子の部屋には掃除係のメイドなんかも入るが、アレクシス王子も貴重品が保管された部屋で使用人が盗みを働くことは懸念したようで、複数の忠実な見張り係が室内で作業するメイド(と自分の同僚)に目を光らせていた。窓からテグスを垂らしたり、絵画を偽物とすり替えたりするようなことは不可能だ。

 だが、アレクシス王子も自分とその客人を見張り係に見張らせる趣味は無いらしく、つまり私かリリアならば王子の目を盗んでこれらの工作を行うのは可能だった。

「ならば、犯人はリリアですわ!だいたい、男爵家の出というのが嘘だというのは赤子でも分かること!きっと下賤な……」

「黙れ、ナタリア!貴様がリリアに嫌がらせをしているのはとうにお見通しだ!」

 アレクシス王子が窃盗に気付く少し前から、リリアはアレクシス王子に「ナタリアから嫌がらせを受けている」と相談していた。

 ゲームでは婚約者を取られたナタリアがリリアに嫌がらせをしていたのだが、私はもちろんそんなことしていない。していないのだが、アレクシス王子はリリアから聞いた嫌がらせの内容を次々述べる。単にリリアが言っているというものだけでなく、ものによっては切り裂かれた靴やら、破かれたノートやら、でっち上げられた証拠付きだ。

 周りで見守っていた貴族令息・令嬢たち、学園の生徒たちも徐々に私の形勢不利を悟ったのか、王子の側に立ち私を非難するような視線を向けてくる者が増えてくる。

「わ、わたくしが犯人だというのなら、証拠はありますの、証拠は⁉例えばわたくしが犯人なら盗品をどこに隠したと言いますの⁉」

「しらばっくれるな!公爵家の紋章をつけた馬車が荷物を満載して王都を出て行ったのを見た者がいる!おおかた盗品はその中だろう。こちらで追手を出してある。盗品を取り戻すのも時間の問題だ

 そもそもこの事件の犯人は貴様しかありえない!俺のコレクションのうち、どれに価値があってどれがそこまででもないか、俺が教えた貴様にはわかるだろうが、リリアはそれを知らんし、判別するのに必要な教養もない!そもそもコレクションの一部は金庫の中で、リリアは見たこともないが、それも盗まれている!」

 自分の惚れた女を教養がないと評価するのはどうかと思うが、それはともかく、高価なものだけを盗み出すにはそれを判別するだけの知識が必要だ。私はこれに反論する言葉を思いつけなかった。

 王子の背後にかばわれたリリアがこちらを見てニヤリと笑った。


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