第11話 ホラー

 ミステリーとホラーは密接な関係にある。ミステリーの醍醐味は『謎』であるし、恐怖は『分からない』という感情から生まれる。記憶が確かなら、ミステリー小説はホラー小説の派生らしい。確かにそうだ。次々と人々が死んでいく町があったとして、最終的に理由を突き止められるならミステリー、理由が分からないならホラーのように感じる。結末がちょっぴり変わるだけでジャンルが変わるというのは不思議だね。


 さて、今回のメモはそんなホラーに関するものだ。


 ■□■□


 男、帰り道、前を歩く老人は未来の自分なのではないかと何故か思う。

 老いぼれに嫌悪を示し、自分はああはなりたくないと思う。

 なぜか自分の帰り道と同じ道を老人は行く。このまま老人について行ってしまったら、自分の未来があの老人になることが決定されてしまうような気がする。

 男の不安は高まり、老人とは別の道筋で帰ることにする。

 男は解放感と共に車に轢かれ死亡。


 ■□■□


 ショートショートに使えそうなメモだ。ミステリーというよりはホラーに近しい。このメモを書いたきっかけは、今でも鮮明に思い出せる。これは実体験を脚色したものなのだ。


 ある日、所用で帰りが遅くなったオイラは、街灯のない道を歩いていた。かなり暗かった。確か冬だったのだ。肌を刺すような寒さ。オイラは帰路を急いだ。その時、オイラの前を歩く老人が目に入ったのだ。その後ろ姿がなんだか不気味で、結局オイラはその老人とは別の道から帰ることにした。このメモはそのことがあった日に書いたものだ。


 しかしこのメモには『何故か』とか『気がする』といった曖昧な表現が多い。つまるところ、なんかよくわかんないけど怖かったというだけだ。この老人が怪物だったわけでもないし、実際に老人の顔を見て未来の自分だと確かめたわけでもない。ただ夜の闇が不安を煽り、妄想を掻き立てたというだけだ。ホラーには不適格かもしれない。


 と、以前までのオイラなら思ったに違いない。ふふ、舐めてもらっては困る。オイラは日々成長しているのだ。最近オイラはクトゥルフ神話TRPGというものにハマっており、そのTRPGのシナリオをいくつか書いている。そこでホラーに関する知見をいくつか得たのだ。元々クトゥルフ神話を生み出したのはH.P.ラヴクラフト。ホラー作家だ。そんな彼の生み出した世界に浸っているのだからホラーに強くなって当然というわけである。


 さて、話を戻そう。オイラはこのメモの曖昧さがホラーに不適格だとは思わない。何故なら、ホラーとは元々曖昧なものだからである。子供が暗闇を怖がるのに確かな理由がいるだろうか? 絵本のおばけを怖がるのに明確な根拠が必要だろうか? ホラーは分からないから怖いのであり、タネが割れればそれはホラーではなくパニックアクションだ。


 いや、パニックアクションホラーを否定したいわけではない。S.キングの『IT』はホラー作品として名高いし、オイラも肯定的な意見を持っている。しかしホラーとは何もパニックアクションだけではないという話である。


 目の前を歩く老人。それが何故か未来の自分だと思ってしまう。いつか自分もあのように老いぼれ、未来を失っていくのか。そう思ってしまうと負のスパイラルが発生し、そのままパラノイアのような状態に陥る。オイラはその手の精神異常に詳しくないが、人というのは一度思い込むと想像以上に沈み込んでしまうということは知っている。その感情の沈みこそ、ホラーと言えるのではないか?


 つまりこのメモは、主人公の心情が目まぐるしく変化していく様を主題としたホラーを提示しているのだ。発狂といえば分かりやすいか。ふとしたきっかけで人の精神は容易く瓦解し、狂気に走るのだということを表しているのだ。このタイプのホラーの適切な名前をオイラは知らない。サイコホラーに近いのだろうが、あれはまた別だろう。


 結局、ホラーとは一言で言っても様々な種類があり、その可能性は無限大なのだ。そうだろう? 百年後の人類が何に恐怖するか、正確に想像できる人物などいないはずだ。彼らはもしかしたら、我々が恐怖するものを軽々しく扱い、意外なものを怖がるかもしれない。恐怖の対象というのは時代によって変化し、文化や環境によっても異なる。だからこそホラーというジャンルは奥が深く、また永久に廃れることのない人類の共通認識なのだ。


 ではこのメモを実際に小説にすることは可能だろうか? もちろん可能だ。主人公の心理描写に重きを置き、文字数を膨らませればショートショートにはなるだろう。不気味で陰険としたショートショートになるに違いない。オチはありきたりだが、主人公は未来の自分を拒否してしまったために死んだという隠喩にもなっているし悪くないだろう。だが、惜しむらくはこのメモをここに公開してしまったことだ。当たり前だが、ここに公開されるメモは話を膨らませそうなメモだけであり、その時点で大体はショートショートやらに変えられるアイデアなのだ。つまり、原石リサイクルマートなどと謳ってはいるが実際は宝石投げ売りバーゲンセールなのだ。


 しかしこうして時たまメモを公開する作業は悪くない。昔の自分と対話し、思考に一歩深く踏み込んで考えることができる。何より昔の自分より今の自分の方が優れていると再確認できる。これほど素晴らしいことはないだろう。そのためならば、メモの一枚や二枚、安いものである。


 よし、そろそろ話にオチをつけよう。そうだな。読者の君達はこんな言葉を聞いたことはあるだろうか?

『人が恐怖を感じるのは、大切にしているものがあるからだ。』

 創作のネタというのは案外身近に転がっている。もし読者の君達がホラー小説を書きたいと思っているのなら、自分の大切なものを思い返してみるのもいいかもしれない。

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