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結騎 了

#365日ショートショート 249

 血が、行き詰まっていた。四肢が硬直し、次第にまともに動かせなくなっていく。もう何十時間、ここにこうして縛られているだろう。猿轡さるぐつわからは唾液が滲み、それもとうに乾いてしまった。椅子に座らされ後ろ手に縛られた状態で、ろくに食事も排泄も許されず、暗く狭い部屋でただひとり。漏らした尿や糞が悪臭を放つ。なぜ、こんなことに……。

 目の前には、ぽつんとテレビが置いてある。部屋の中に、ただテレビの音だけが響いていた。何十回も何百回も繰り返し再生される、テレビアニメ『魔法少年ゴリパ』の最終回。もちろん知っている。自分の好きな作品だ。しかし、どうして。縛られた状態でこれを観ることになろうとは。痛み、屈辱、空腹、恐怖。あらゆる要因が感情をずたぼろにしていくため、もう数えきれないほど『魔法少年ゴリパ』を観ているのに、ちっとも頭に入ってこない。当たり前だ。こんな状況で集中できるはずがない。

 どうしてこんなことになったのだろう。いきなり夜道で襲われ、車に押し込まれ、そのままわけも分からぬまま。誰かの恨みを買ったということか。でも、どうして。いったい誰に。思い当たることなんてない。自分はそれなりに普通に生きてきたはずだ。他人との揉め事なんて、上司と仕事の方針で対立するとか、SNSでフォロワーと険悪な雰囲気になるとか、親に結婚を急かされて喧嘩になるとか、そんな程度だ。真っ当に生きてきたつもりだ。それなのに、どうして……。

 数分か、数十時間か、数日か。濁った認識の中で時は過ぎ、ある時、後ろから誰かが近づく音が聞こえた。よく顔は見えないが、足音から察するに成人男性だろうか。動けない自分の肩に手を当て、囁く。

「ほら、SNSに投稿していたじゃあないですか。『魔法少年ゴリパ』は、なんにも考えずに楽しめばいい、難しいことを気にせずに頭を空っぽにすれば面白い、って。ほらどうぞ、ゆっくり楽しんでください。他のことなど気にせず。さあ、できるんでしょう?」

 一瞬にして。なにか、もう、自分はこのまま永遠に許されないのだろう、という確信だけがあった。

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