そして──

 取り囲んでいた火の勢いが弱まり、地面に跳梁する雨粒を空目した。袖口を顔の汗で濡らす二人が吐く息は、明確な温度差がある。程なくして、周囲を取り囲んでいた火の轍は、白線を跨ぐ程度の足上げで済み、二人は無事に再会を果たす。


「無事だな?」


 怪我の有無を点呼する為にわざわざ葛城の身体の案配を確かめた訳ではない。葛城もそれを承知で、一寸の迷いなく返答するのである。


「俺は、無事ですよ」


 炎の牢に閉じ込められる稀有な経験を通して、身体はすっかり縮んでしまっており、バネのように伸び縮みを繰り返して錆びを取る。そんな葛城を見て、トミノは感心しきりだった。


「本当に頼もしいよ」


 二人は互いに追及はしなかった。仕草や語り口、機微に至っては肉親でもないかぎり、その変化を看破する事は不可能だ。それでも、我慢ならんと目を向いて言葉を尽くしたとしよう。恐らく、長物なる時間を掛けて無理問答へ発展し、取り返しがつかない罵詈雑言や態度を取ってしまうかもしれない。そんな予感が二人の間に通底しており、わざわざ直裁に確かめようとはしなかった。もし仮に、それが影であったとしても、紛れもない本物である事に変わりないのだから。


 トミノと葛城は、炭になって転がる狐の尻尾を確認すれば、我が物顔で走るサイレンの軽快な走行音を聞く。


「帰ろう」


 大仕事と言っていいだろう。世界を裏返しかねない甚大なる力の源を断つ事に成功したのだ。祓い屋としての自覚をより強固にする機会となり、一生かけて人間の情念と付き合っていく事をトミノに決心させた。


 そして今日もまた、迷える子羊がトミノを訪ねる。酷く憔悴した頬のこけ方をする男は、地に足がつかない様子で目玉を転がしながら、ジュラルミンケースを大事そうに抱えている。


「その、曰く付きの物をお焚き上げして下さると聞いて、尋ねたんですけど」


「そうですね。詳しいお話の前に、お名前を伺ってもよろしいですか?」


「浦壁千里と申します」


 長い長い一日の始まりであった。

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祓い屋トミノの奇譚録 駄犬 @karuki

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