くも
僕は母の声で目を覚ました。今日は目覚めが悪い。心なしか、胸がむず痒く感じる。目を擦りながらリビングに行くと、壁に透き通るような羽を抱えたトンボがいた。僕は昨晩と同じように固まってしまった。そのトンボは急に壁を登り始めたかと思えば、勢いよく飛び出し、光にも負けないような速さで窓から外へ出た。
、、気づいたときには僕は、裸足のまま、外にある小さな庭に駆け出ていた。
トンボはどこにいったのだろう。
僕はあちこちに立って見回した。そしてふと、足元に目を向けた。僕の目に留まったのは、土で汚れた足ではなく、雑草の中でうずくまるトンボの姿だった。僕でさえ、羽の数が足りないことに気づくのは容易だった。僕はその場にしゃがみこんで、じっとトンボを見つめた。その直後、栓が取れたかのように涙が溢れた。
どれくらい泣いていたのだろう。気づけば、トンボを囲うように、真っ黒なアリたちがぞろぞろと集まってきていた。それを見ていたかのように、今度は日の光が辺りに強く差しこみ、トンボは白く輝いた。僕の視界は、涙と光で再びぼやけた。大勢に担がれて運ばれるその生き物を、僕は見えなくなるまで眺めていた。僕は上を向いた。首筋から力が抜けたようだ。しっかりと上を向いたのは久しぶりかもしれない。僕は薄目で三秒眺めた後、窓の方へと引き返した。
口の中に風が入ってきて、風の味がした。
ベランダのコンクリートが、砂浜のように熱く感じた。
そして、、遠くでは蝉が鳴いていた。
物干し竿をくぐって、中に入った。
日が昇りきっているのにも気づかずに、僕は庭の方を眺めていた。
茂みの奥でゆらめくその光は、確かに、大海原を仰いでいた。
ヤゴ アルゴン @argonets0357
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