エピローグ
「青い鳥は確かに何かを運ぶんでしょう。それはSNSという物の性質からも明らかです」
三年が経って、大学生になった僕は、当時より多少小難しく説明ができるようになっていた。きちんとした説明をするなら、理論立てて話をしなければならない。
「でも、その運んだものが幸せかどうか、判断するのは受け取り手次第です」
極端な話、幸せというのは人それぞれなのだ。三年前の話を美談だと考える多くの人、当時の現状に幸せを感じていた先輩、それに、どうにもならない状況でも、頼られたという事に幸せを感じてしまった自分のように。
「であるからして、青い鳥が真に幸せを運ぶ青い鳥であるかは、その受け取り手の判断によるのだと思います」
幸せの形は人それぞれだ。それを認めてやるかやらないかも、与えられた幸せが幸せの形に合致するのかも、全部その人次第。
「つまり君は、私にそれを決める権利があると、そう言うのか」
僕が短く頷くのを見ると、先輩は腕を組んで画面から視線を少しだけ外した。それが考え事をしているときの先輩の癖だというのは、昔からよく知っていた。
この言葉だって完全ではない。青い鳥は確かに、三年前の先輩から幸せの一つを奪ったのだろう。でも、今の先輩が何かしらの幸福を手にしている可能性はある。手紙やビデオ通話からわかる断片では、少なくとも何一つ良いことが無いわけではないようだった。どのタイミングの自分の幸せで判断するのか。それで話はいくらでも変わる。
「なので、最終的に『私は幸せである』という自認識を持てたのなら、あのSNSは青い鳥と呼んで差し支えないのだと思います」
少し驚いたように先輩が顔があげた。当然だ。僕がこの格好を取った先輩を邪魔したことなんてほとんどない。きちんと考えがまとまるまで待って、それから議論する。そういう形をとっていた。
「その最終的に、というのはいつのことを指すのかね?」
これも当然の疑問だ。きっとこのことを考えていたんだろうし、わかりきった質問に対してこちらがどう答えるつもりなのかも一緒に考えていたのだろう。でも、こんなもの議論でもなければ論理的な話でもないのだ。論理では初めから欠陥のあるこの話は、限りなく感情的な話だ。
「きっと青い鳥のことがどうでもよくなった時のことだと思います」
青い鳥のことで思い悩んでいるうちは、きっとまだ僕らは幸せではないのだろう。少なくとも自身のその形に納得できないのだろう。でも、自分が幸せを確信して、それをきちんと認められた時に、僕らはようやく、青い鳥のことをちゃんと幸せの象徴として扱えるのだ。
「あんなこともあったねって、そうやって三年前のことを話せるようになった時が、あのSNSが青い鳥になる時なんだと思います」
先輩は顎に手をやっている。普段の考え込んでいる仕草にも似ているけれど、視線は外していない。それが何を意味するのか細かい所は知らない。でも、今はまだ、この先がある。
「実は次の長期休暇でカナダに行く予定なんです」
あんまりに急だったからか、あるいは遠い先の話であったからか、先輩が目を大きく見開く。驚かれていること以上はどう思われているかわからないけれど、出来れば喜んでくれていると嬉しい。
三年前は何も知らないままにすべてが終わってしまった。何一つ知らされないまま、ただ結果だけが転がり込んできた。これからはそうしたくない。ただそれだけのことなのだ。
「先輩に会いに行ってもいいですか? そちらの話、色々聞きたいです」
きっとこうやって話す以上にもっと色々な事がわかるはずだ。それが青い鳥を認められるものになるかはわからないけれど、何かを進ませるものにはなるはずだ。
先輩は一度見開いた目を閉じて、それから笑いかけてきた。それはいつもの綺麗な笑みではなくて、少し不器用さを感じさせる笑みだった。
「こちらの冬はそちらとは比べ物にならないから、覚悟しておけよ」
幸せのカタチ 大臣 @Ministar
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