第7話
『もしもし!? どいうことだよ!?』
『だから! 帰り道を歩いてたら偶然見つけたの! そんで声かけたら逃げ出したから追いかけてる所!』
息切れの合間に歩美が言う。
走りながら電話をしているらしい。
『無茶すんなよ! 危ないだろ!?』
『こんなチャンスもうないかもしれないじゃん! 心配なら誠も来てよ!』
『当たり前だろ! どのへんだよ!』
『例のオバケホテルの近く! しんどいからもう切るよ!』
『歩美!? おい!?』
切りやがった。
相手が女の子ならそこまで危険な事はないと思うが。
他人の振りをして星野と付き合ってるような女だ。
ヤバい奴なのは間違いない。
チャリの進路を変え、大急ぎで歩美の所に向かう。
暫く走ると携帯が鳴った。
ルール違反だが緊急事態だ。
片手で運転しながらポケットに手を突っ込む。
『もしもし! 歩美か!?』
『ううん。歩佳だけど。それより大変だよ! 今、例のオカルト部の友達と一緒にいるんだけど、警察のお父さんから連絡があって。星野さんが殺されたって!』
『はぁあああ!?』
ぎょっとして、思わずブレーキを踏む。
『殺されたってどういう事だよ!?』
『わかんないけど、包丁で滅多刺しだって。これ、例の偽お姉ちゃんの仕業かな?』
心臓がキュッとなる。
『誠君? もしも~し』
『歩佳ちゃん! それ、歩美にも伝えたのか!?』
そうであってくれと祈る。
普通に考えたら、俺より先に歩美だろう。
『何回かかけたけど出ないから誠君にかけたの。どうせ友達とカラオケでも行ってるんじゃない?』
眩暈がした。
『歩美の奴、偽物を追いかけてんだよ!』
『えぇえええ!? なんで!?』
『ごめん! 後にしてくれ!』
通話を切ると、俺は祈るような気持ちで歩美に電話をかけた。
†
「ちょっとおおお! 待ちなさいってば!?」
周りの通行人がぎょっとして振り向き、もう一度驚く。
同じ顏と格好をした人間が追いかけっこをしていたらそりゃ驚くだろう。
ご丁寧にも、偽歩美は歩美と同じ制服を着ていた。
以前なら、ドッペルナンタラだと思ってビビったかもしれないが、相手がよく似た他人だと分かった今なら平気だ。
むしろ、挑発するような真似をされて頭に来ていた。
こいつのせいで誠に浮気を疑われたのだ。
歩美は誠が大好きだからかなりショックだった。
妹とも喧嘩になり、しなくてもいい恐怖体験までするはめになった。
いや、どっちにしろ歩佳の幽霊騒ぎは解決する必要があったのかもしれないが。
とにかく、なにがなんでも捕まえて正体を問いただし、文句の一つも言ってやらないと気が済まない。
ところが、偽歩美は中々の健脚だった。
いい加減バテてきて気合で走っているような状態だ。
先程から携帯が鳴っている。
多分誠だろうが、走りながら電話をする余裕はもうなかった。
このままじゃ逃げられる。
そう思った矢先、偽歩美はオバケホテルに入っていった。
「げぇ!? なんでよ!?」
よりにもよってなぜそんな所に!
でも、ここまで来て諦められない。
それに、わざわざそんな所に入るなんて、やっぱり挑発されているような気がしてしまう。
「バカにすんなああああ!?」
大声を出して自分を奮い立たせると、歩美はオバケホテルに飛び込んだ。
真っ暗なので携帯のライトをつける。
いつの間にか誠からの着信は止んでいた。
今こそ誠と連絡を取りたいが、追いかけっこは継続中だ。
見失ったら一人になって怖いので余計に必死に追いかけている。
「ちょっと! 待ってってば! 怒ってないから! 話がしたいだけ! ねぇ! ねぇってば!?」
階段を駆け上がる背中に向かって叫ぶ。
偽歩美は止まらず、五階の廊下に逃げ込んだ。
「ちょっと!? そっちはヤバいって! 幽霊の部屋があるんだから!?」
黙っていると怖いので歩美は喋りまくった。
偽歩美は何も言わない。
よりにもよって、偽歩美はレイプ魔に殺された渡辺美香の死体が隠されていた部屋に逃げ込んだ。
まさか、本当は成仏してなくて幽霊の祟りなんじゃ……。
怖い事を考えてしまい、ぶわぁっと背中に汗が滲む。
そんなわけない!
頭を振って否定すると、歩美は誠との楽しい思い出を思い出して恐怖心を紛らわせた。
「追い詰めたよ!? いい加減観念して……」
部屋の中には誰もいなかった。
「……ひぃいいいいいい!?」
やっぱり幽霊だった!? 途端に恐ろしくなり、歩美はその場にしゃがみこんだ。
同時に、偽歩美が後ろから勢いよくぶつかってそのままごろんと前に転がった。
どうやら扉の影にでも隠れていたらしい。
「もう!? なんなのよあんた……」
立ち上がると、歩美は絶句した。
転んだ弾みでそうなったのか、偽歩美の腹には深々と包丁が突き刺さっていた。
「え……ちょ、大丈夫!?」
「殺してやる」
くちゃり。
偽歩美が平然と包丁を抜いた。
壮絶な表情を浮かべる偽歩美は、同じ顔の筈なのに全くの別人に見えた。
ぼたぼたと血を滴らせながらこちらに向かってくる。
ヤバい。
これはヤバい。
この女、マジでイカれてる。
歩美は恐怖で腰が抜けた。
「ま、まって……いや、うそ、なんで……」
意味が分からない。
なんであたしがこんな目に?
あんたに恨まれるような事なにもしてないじゃん!?
困惑する歩美に向けて、偽歩美が包丁を振りかぶる。
「歩美、歩美、歩美、歩美……。あんたが悪いのよ……。全部あんたが……。あんたさえいなければこんな事にはならなかったのに!?」
「いやああああああああ!?」
「うおぉぉぉおおおおお!!!」
雄叫びをあげながら誠が部屋に飛び込み、鞄を盾にしながら偽歩美に体当たりを食らわせた。
「誠ぉ!? 来てくれたの!?」
「電話に出ろよ!?」
怒った様子で叫ぶと、誠は包丁を握る偽歩美の手を思いきり踏みまくった。
手から包丁が離れるとつま先で蹴り飛ばし、今度は顔や腹をメチャクチャに蹴りまくる。
「ちょ、誠!? やりすぎだって!?」
「こいつは人殺しだ! 星野を殺して歩美もやるつもりだったんだぞ!?」
「……うそでしょ……」
途端に肝が冷えた。
あたし、めちゃくちゃ危なかったじゃん!?
遅れて心臓が猛烈に鼓動した。
「警察呼んだ。あと、救急車も。多分もう大丈夫だ。歩美は怪我してないか?」
誠の言葉に我に返り、念の為身体を確認する。
多分大丈夫なはずだが……。
と思ったら、かなりヤバい事になっていた。
「あぁ!?」
「どうした!? 怪我してんのか!?」
「どうしよう……怖くておしっこ漏らしちゃった……」
半泣きの歩美に、誠はガクッと肩でコケた。
†
救急車で運ばれた偽歩美は一命を取り留め、警察の調べによってついにその正体が明らかになった。
本名、
同じ高校の一つ上の先輩で、二年の途中で中退して今はニートらしい。
警察の人からその話を聞いた時、俺は自分の耳を疑った。
だって、歩美と同じ顔をした先輩が学校にいたら、気付かないわけがない。
でも、それにはちゃんと理由があった。
幽霊が裸足で逃げ出すような恐ろしい理由が。
そもそも、本来杉山は歩美とは似ても似つかな顏だった。
当然だ。だって別人なんだから。
杉山は星野に惚れていたが、まったく相手にされなかった。それで歩美や歩佳ちゃんに言い寄る星野を見て、同じ顔になれば付き合えると思ったらしい。
つまり杉山は、整形で自分の顔を歩美そっくりに作り変えていたのだ。
学校を辞めたのも、その事が周りにバレるのを防ぐ為だったらしい。
杉山の家は金持で、過保護な両親は娘の言いなりだったそうだ。
それで手術の跡が落ち着くのを待ち、星野が大学に入ったタイミングで接触し、歩美を装って付き合っていたらしい。
ご丁寧に探偵まで雇って、歩美の服や趣味を調べるという徹底っぷりだ。
星野が殺された理由は、有体に言えば痴情のもつれと言った所か。
偽物だとバレた後、杉山は星野と会い、事の経緯を正直に伝えたらしい。それくらい好きで、星野の為なら何でもする、だから嫌わないで、別れないでと懇願したそうだ。
そんな杉山を星野は口汚く罵って……。
あとは知っての通りだ。
星野を殺した後、杉山は歩美を逆恨みし、オバケホテルに誘い込んで殺すつもりだったらしい。隠す気なんかはなからない。ただ、誰にも邪魔されずに惨たらしく殺したかっただけだという。
なぜあの時、歩美があの場所にいる事がわかったのか。
その理由は、歩佳ちゃんにしか言っていない。
歩美と連絡がつかずに途方にくれていたら、知らないお姉さんがやってきて、無言でオバケホテルを指さすのだ。
で、視線を戻したらお姉さんはもういない。
多分あれは、殺された渡辺美香さんの霊が助けてくれたんじゃないだろうか。
余談だが、渡辺さんを殺したレイプ魔はそれから暫くして捕まっている。
歩美に言ったら怖がらせるので、愛のパワーという事にしておいた。
万事解決、めでたしめでたしだ。
「――でさ! 歩佳の奴、性懲りもなく心霊スポット巡りしてて、チェキで心霊写真が撮れたとか言ってウキウキで見せてくるんだよ? どうかしてるでしょ!」
「まぁ、歩佳ちゃんだしな。俺なんか、オカルト部の友達と心霊キャンプしたいから、歩美を説得して一緒に付き合ってとか言われたぜ」
平和な日曜日。
俺は歩美とデートに繰り出していた。
退屈な恋愛映画を一緒に見て、雑誌に載ってた割りにイマイチな飯屋で食事をして、ショッピングモールを冷やかして、カラオケでも行こうかと雨降りの街を歩いている。
そんなデートが楽しいかと聞かれたら、勿論だと俺は答える。
大好きな可愛い彼女と一緒なら、ボランティアの草むしりだって楽しく思えるだろう。
と、向こうから傘を差した美少女がやってきて、思わず俺はガン見してしまった。
「……ちょっと誠!」
「いってぇ!?」
二の腕を抓られて我に返る。
「今の人、そんなに可愛かったわけ?」
歩美がジト目を向けてくる。
相合傘をしているせいか、歩美からは相手の顔が見えなかったらしい。
「あぁ、歩美そっくりで可愛かったぜ」
お道化て言うと、歩美は子供みたいに頬を膨らませた。
「その冗談、全っ然笑えないから」
「悪かったって! ものすごい巨乳の持ち主でびっくりしただけだから」
「サイテー!」
臍を曲げた歩美がプイっとそっぽを向く。
平気なフリをしていたが、俺の背中は嫌な汗でぐっしょり濡れていた。
だってその女は、今隣を歩いている歩美と全く同じ顔と恰好をしていたのだ。
彼女が寝取られたと思ったらホラー展開だった件 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。