第6話
星野の進路なんか俺は知らない。興味もない。あいつが卒業してからは、完全に記憶から抹殺していた。それは歩美達も同じだったが、調べるのに苦労はしなかった。
その場で歩美が友達にラインを回し、数分で近くの大学に進学した事が分かった。
分かった所で、高校生の俺達が大学に凸するのは抵抗がある。
「別によくない? やましい事してるわけじゃないんだし」
歩美の行動力に押されて、俺達はその足で星野の通う大学に向かった。
「すみませ~ん。星野慶って学生さん知りませんか? イケメンで、留年してなかったら二年生だと思うんですけど」
ここでは歩美が活躍した。
大学の入口に張り込んで、出てきた学生に片っ端から聞きまくる。
可愛くて社交的な歩美だから、みんな愛想よく相手をしてくれる。
一方の歩佳ちゃんは人見知りを発揮して、俺の背中に隠れるようにして居心地悪そうに俯いている。
大学に入っても星野は相変わらずのようで、学生の反応は芳しくなかった。
名前を聞いた瞬間顔をしかめて、悪い事は言わないからあんな男を追いかけるのはやめておけと助言する奴すらいた。
一応モテてはいるようだが、大抵の人間は否定的な態度だった。
「歩美? こんな所でなにしてんだ?」
同じ飲みサーに入っているというチャラそうな男に話を聞いていると、入口から出てきた星野が馴れ馴れしく声をかけた。
まるで恋人に接するような態度でだ。
†
「嘘だろ……。そんな話、信じらんねぇよ……」
一通り事情を説明すると、星野は予想通りの反応を示した。
立ち話もなんなので、近くのファミレスに移動している。
「でも事実なんです。それであたしも浮気を疑われちゃって。先輩に話を聞いたらなにかわかるかと思ったんですけど」
歩美ちゃんは人見知りだし、俺は顔に出る程星野を嫌っている。
会話役は歩美に任せた。
「話って言われても、告られたから付き合ってるだけだぜ」
やはりあの女は歩美を騙って星野と付き合っていたらしい。
「その辺詳しくお願いします。何時どこでどんな感じとか」
星野の話によると、大学に入って半年程経った頃、偶然街で歩美と再会して口説いたらしい。それで軽くデートして脈ありだと思ったら、別れ際に向こうから告白してきたのだそうだ。
「だから付き合って一年って所か。なぁ歩美、本当に冗談じゃないんだよな?」
「違いますし、先輩の知ってる歩美さんはあたしじゃないので、呼び捨てはやめて貰えますか。あたしは誠と付き合ってるので」
俺の視線を感じたのだろう。
バスガイドみたいな手付きで歩美が紹介する。
「……ども」
「……こんな男のどこがいいんだ?」
「あぁ?」
「全部ですけど」
一触即発の空気を歩美が一蹴した。
気配を消してジュースを飲んでいた歩佳ちゃんが胃痛を堪えるようにお腹を押さえてオロオロしている。
気まずい沈黙を物ともせず、歩美が尋ねる。
「その女の人って本当にあたしだったんですか?」
「……俺はそのつもりで付き合ってたが」
不貞腐れた顔で答えると、星野は歩美の顔をじっと見つめた。
「……そうだな。こうして見比べると、微妙に違う気がする。どこがとは言えないけど。あと、声は結構違う。別人と言ってもいい」
それを聞いて、俺達は顔を見合わせた。
「じゃあ、やっぱりよく似た別人って事か?」
「よかったぁ……。ドッペルゲンガーとか二重人格じゃなくて……」
ホッとしたように歩美が背もたれに身を預ける。
歩佳ちゃんはちょっと残念そうだった。
「ていうか先輩、変だと思わなかったんですか?」
呆れた顔で歩美が聞く。
「思うわけないだろ。顔を見るのは半年ぶりだし、まともに話したのは一年以上ぶりだ。本人が歩美だって名乗ったらそういうもんだと思うだろうが」
まぁ、星野は歩美と付き合っていたわけじゃないし、気付けというのも無茶な話か。
「てか、なんでその女は歩美ちゃんの振りなんかしてんだよ」
「そんなのあたしが聞きたいですよ」
「……先輩、そいつの家とか知らないんすか?」
「知るわけねぇだろ」
苛立たし気に言うと、星野が携帯を取り出した。
止める間もなく耳に当てる。
「もしもし、歩美か? 今本物の歩美と喋ってんだけど。お前、誰だよ」
「おい!?」
ぎょっとする俺達に、星野が肩をすくめた。
「くそ。あの女、切りやがった」
「当たり前でしょ!?」
歩美が叫び、歩佳ちゃんが呆れた顔でため息をついた。
†
直後に偽歩美はラインをブロックしたらしい。
こうなったら、星野の前に顔を見せる事はもうないだろう。
万が一という事もあるので、一応星野とは連絡先を交換しておいた。
俺の携帯だから、星野が連絡を寄こす事はなさそうだが。
それで解散になり、今は三人で帰り道を歩いている。
「もう! 本当最悪! 唯一の手掛かりが途切れちゃったじゃん!」
「黙って呼び出してくれたら解決したのにね。あんなバカに告られて少しでも迷っちゃった昔の自分が恥ずかしいよ」
二人ともすっかりご立腹の様子だ。
俺もムカついてはいたが、二人ほどじゃない。
むしろ、星野の株が下がっていい気分だ。
「とりあえず、よく似た別人だったって事がわかっただけでもよかったんじゃないか?」
俺としては、あの日見た女が歩美ではないという確証を得られただけで十分だ。
「よくないよ!? 知らない女があたしの振りしてたんだよ! 気持ち悪いじゃん!?」
「そうだよ誠君! ここまで来て中途半端じゃ気持ち悪いよ!」
歩美はともかく、歩佳ちゃんはただの好奇心という感じらしい。
「そうだけど。この街に住んでる実在してる誰かなら、また会う事もあるんじゃないか? 向こうから星野に告ったって話だし。歩美の振りをしてるって事は結構身近な人間なのかも」
矛先を変える為に適当に言ったのだが、二人は考え込んだ。
「それも不思議なんだよね。それって同じ学校だったって事じゃん?」
「そうとは限らないけど、それくらい近い人間なのは間違いないよね。そんな人が周りにいたら絶対気づくし、噂くらいにはなりそうだけど」
「まぁそうだけど。それこそ星野みたいに、知らない奴はそういうもんだと思うんじゃないか?」
正直、この話はもうお腹いっぱいだ。
平凡な高校生として、可愛い彼女のいる平和な日常に戻りたい。
生憎、その願いは叶わなかった。
翌日の放課後、歩美から偽歩美を見たという連絡が入ったのだ。
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