最終話:仕事は続く

「えぇ!? ウチ移転するんですかぁ!?」


 外務省への報告を上げてきたアンナが、戻って早々目を丸くする。

 嫌。と言うよりはラッキー。という不思議な声色で、彼女は驚いていた。


「そうなるわねぇ。催事課帰る?」


「うーん、えへへ……今回は楽しかったんですけどぉ」


 なんだこいつ。急にデレデレ笑って。

 ザフラと顔を見合わせると、彼女はその理由を語った。


エルフの人ミルカくんと仲良くなっちゃってぇ……彼地元で美容室やるって言ってたんで、むしろ都合がいいなぁってぇ」


「彼氏できたのか。ってかあいつかよ」


「セクハラですよぉ!」


「いいけど、別れた時後悔しないでね」


「それも酷いですよぉ! ってことでもうちょっと、居させて下さい」


 オッサンとオバサンからの余計なお節介に怒った若者は、改めてよろしくと頭を下げた。


「それに皇室庁と外務省から将来、”キネマ”っていうの作って欲しいって打診があってぇ」


 しかも自分で作ってきたコネについて話し出す。

 ほんと、よくやったなぁ。アンナ。おめでとう。


「まだまだ先だと思うんですけどぉ。あたし、それで動画作品作りたいんですぅ。そのために、今はウチで色んなところに行って、色んなものを見て、色んな人と知り合っておきたいなぁって」


「その頃には俺もザフラも年寄りだろうけど。完成したら観に行くよ」


 動画ねぇ。夢物語みたいだけど、面白そうだな。

 そう笑い返すと、彼女は拳を握って俺たちに突きつけた。


「老人役で出演してもらいますからねぇ!」


「勘弁してくれよ」


「いいじゃないアル。老後の楽しみに取っときましょ?」


「んーまぁ……」


「そういうことなんでぇ。しばらく、よろしくお願いしますぅ」


 いい顔になったなぁ。と、彼女の笑顔に夫婦で見とれていると。


「あ、ここか。失礼する」


「やあ! 聞いたよ結婚したって! もっと早く言いたまえ!」


 ふたり揃って耳に傷跡の残る、美男美女な父娘が訪ねてきた。


「タルヴォさんに、ロニア教授!」


「色々と感謝するよ。それに引っ越すと聞いてな」


「まさか君が僕たちの地元に引っ越すとはね! ようこそエルフの森へ!」


「どっから聞いたんだ……。半年も先なのに」


 エルノ族長から聞いたのかな。一応機密なのにもう。

 ザフラにも軽く挨拶をしたエルフのふたりは、俺に地図を渡してきた。


「兄さんとも相談したんだが……お前たちの門出を祝い、ささやかだが家を建てておく。ターミナルとやらの割と近くの一等地にな」


「おぅふ。そこまでしなくても」


 少し外れたところだけど、うるさくなくて良さそうだ。

 とは思いつつ、流石に申し訳ないなぁと困っていると、ロニア教授が俺の頭を小突いた。


「何を言うんだ! 僕たちの仲を取り持ってくれた訳だからね! 英雄への報酬には安すぎるほどだよ! もう発注しちゃってるんだから、大人しく受け取りたまえ!」


「……ありがとうございます」


「あと。君の妹さんの件だが……これは僕の教え子から話させよう」


 そしていつもの元気なトーンではなく真剣な声で、入ってくれ。と。

 すると扉の向こうから、スーツ姿の半獣人が顔を出す。


「どうも。アルバートさん」


「ヒルダさん? 教え子って……後輩だったの!?」


「はい。私の父も、貴方の妹さんと同じ病に苦しんでいました。私も貴方と全く同じ目的でロニア教授の下で学び、全く同じ研究をしました。先駆者の論文は、本当に頼りになりましたよ」


 そして、俺に向かって種明かしをしてきた。

 以前から知っているように話しかけてきたのは、情報部で俺のことを知ったからではなく。

 借りがあると言ったのは、俺の論文を読んだからで。


「俺には作れなかったのに……」


「はい。私も諦めました。ただ、貴方の研究で殆どの不可能な可能性は潰れていましたので。私が進めて、教授がつい最近完成させました。父が最初の被験者でしたが、快方へ向かっていますわ」


 ”大きな”借りだと言ったのは、ついに成果が得られたからだった。


「君の妹さんはまだ若いから、ヒルダくんのお父さんを第一被験者にさせてもらったよ。治験の結果は上々だから、安心してくれ」


 マジか。俺、失敗したんじゃなかったんだ!

 喜びのあまり力が抜けて、立てなくなった俺をロニア教授が支えてくれて。


「ってことは妹は治るんだな! すぐ呼ばないと!」


 我に返って思わず叫んだ俺を、ヒルダさんが止めた。


「既に。手配でしたら終えております。帝国大学病院から、お迎えの馬車と医者を向かわせておりますわ。これが以前言っていた、ご祝儀です」


「ありがとう、ヒルダさん、教授……」


 思わず涙がボロボロとこみ上げてきて、前も見えなくなって。

 教授がそっと座らせてくれて、皆が俺の背中を撫でて励ましてくれた。


「泣かないでくれ! 涙は退院祝いにとっておくべきだよ!」


「アル、良かったわねぇ……ほら、ハンカチ……」


「ぐすっ……おめでとうございますぅ……」


 それはもう子供のように泣いていたと思う。

 子供の頃の夢、なんだよ本当に叶うじゃねぇか。


「じゃあね! 僕たちの研究室に、また遊びにきなよ! 奥さんも連れてね!」


「テント村はもう無いが、俺も客員教授として大学にいる。また、酒を飲もうな」


「では。私もこれで。また、移転後にご挨拶に伺いますので」


 なんとか泣き止んだ頃、三人は揃って帰っていった。

 タルヴォさん、テント村解散したんだ。今度、神官にも好評だった林檎酒シードルを持っていこう。

 ロニア教授もヒルダさんも。出会えて本当に良かったなぁ。

 夢みたいだと、ぼーっとしていた俺のところに。

 今度は幼馴染が声を掛けに来た。


「お前を祝いに来たってのに。随分順番待ちが長いな」


「ジェフ! 珍しいな出てくるなんて」


 特にここ最近は、殆ど寝ていなかったのだろう。

 すっかりけた頬と伸びた無精ヒゲが、オッサンの哀愁を誘う。

 でも、身支度もせずに来てくれたのはちょっと嬉しい。


「そりゃお陰様で、俺のキャリアに箔付きまくったからな。エルフと帝国がついに和解した舞台を作り上げた……なんて言われてなぁ」


「当然だと思うけど」


 俺は殆ど覚えていないが、エルノ族長が面白いと言っていたのが全てだろう。

 あの人が喜んだのなら、大体の人は喜ぶよと言うと、ジェフは俺の顔を指さした。


「いいや、これはお前の成果だよ。アンナだって舞台原案にお前の名前入れようとしてたしな」


「バラさないでくださいよぉ! 断られたのにぃ」


「まぁそこは外務省のメンツってやつだが、俺は忘れない」


「いいよ。恥ずかしいし」


 彼は俺の手を取って、全力で握手した手を何度も振って。

 やがて満足した風に離すと、小さく会釈した。


「じゃあな。アンナから話は聞いたが、俺も生きてたらキネマ撮りに行くからよ」


「ジェフさんったらぁ、死んでたら掘り起こしますよぉ」


「そん時は寝かせといてくれ。まぁそういうことで、本物の結婚式やるなら呼べよ。仕事断ってでも出るからな」


「ありがとう。それより子供産まれたら教えろよ。もうすぐだろ」


 そう返すと、照れ隠しのようにザフラの方を向く。


「ザフラも、色々ありがとな。自慢の幼馴染と、自慢の弟子をよろしく頼む」


「ええ、ジェフ課長。もちろんです」


 彼女とも握手して、くるっと背を向け。

 のしのしと歩いていった。


――


 もう俺のアパートは引き払って、ザフラと同居している。

 あの後も後始末をこなし、過ぎ去った嵐のような三ヶ月の思い出を話し合い。

 疲れた顔の結婚写真を飾ったベッドでふたり、マタタビ酒を飲んでいた。


「あんた、ほんと周りにいい人しか居ないわね」


「一番はザフラ。それは変わんないよ。今までも、これからもずっと」


 俺への挨拶が多くて、彼女には少し申し訳ないけど。

 俺が一番感謝したいのがザフラだよと言うと、彼女はてれてれと俺を撫でる。

 肉球の柔らかさが心地よくて、彼女に抱きついてすんすんと。


「あ~なんかどっと疲れ出た。ちょっと動きたくない。半年くらい」


「ホントねぇ……でも、まだまだやることあるわよ。これからのが忙しいかも」


 頑張ろうという妻の顔を見て、改めて。


「だな。これからも一緒に……」


「よろしくね。アル」


「よろしくな。ザフラ」


 嬉しいことに、この仕事はまだまだ続く。


(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界公務員は皇女殿下からの無茶振りで今日も残業確定です~モフらせてくれる獣人上司と部下のゴスロリギャル鬼娘に挟まれながら頑張ってます~ 雪原てんこ @Yukihara-Tenko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ