DAY 0

 遠のいた意識の中で女は思い出す。いつの日だったかゴミ出しに行った際、ゴミを荒らしていたカラスを箒で追い払った時があった。わざとではなかったのだが、振り回した箒がカラスに当たってしまい嫌な鳴き方をして飛び上がったカラスは、留まった先で片脚を不自然に曲げていた。


 恨めし気にこちらを見ていたカラスの視線は、女が最近感じていた妙な視線そのものだった。


 病院で目を覚ますと日は暮れていた。顔の傷も手当されており、歩けることからそのままアパートに帰ることになったが、病院の入口で空を見上げる。


 ――もうカラスはいないだろうか?


 日が暮れたからか外にカラス含め鳥の姿は見当たらず、ゆっくりと慎重に病院を出る。姿が見えないとはいっても、相手は人間ではないのだ。いつどこからあの尖った嘴で突かれるか、あのかぎ爪のついた大きな足で襲われるか気が気じゃなかった。


 あのカラスに襲われた日以来、青空の下で安らげる日は一日たりともない。帽子を被ろうが傘をさしていようが、変装など直ぐに見破られカラスの襲撃は治まることなく生傷も絶えることが無かった。


 女の精神が黒い闇に落ちるのが先か、カラスが逝くのが先か逃げ切れるかどうかは誰も知らない。

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眼光 直弥 @ginbotan

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