エピローグ

第38話 がらんどう

 サーウィア設立から五十年、フロンティアは過去に類を見ない壊滅的な被害を受けた。第一から第六までの全てのキャンプの全てが破壊されたのだ。がれきの除去だけでも数か月の作業が要る。再び以前のキャンプを取り出そうと思ったら、間違いなく数年以上の時間がかかるだろう。


 この事件の最も奇異な点として、犯人が未だに捕まっていない。そしてなぜか、協会は犯人捜索に人員を裂くつもりはなかった。


 事件に謎を感じて調べる者もいたが、しかし、いずれもすぐに壁にぶち当たる。主犯であるエックスと言う人間。彼を覚えている人間が、いない。僅かに覚えていたとしても、常に仮面をかぶっていたということだけ。彼が所属していた〝アタラクシア〟というギルド。それも名前が僅かな人間の記憶に残っているだけで、書類上にそんなギルドがあったとの記述はない。


「いやー全く覚えてないですねえ! その、なんですっけ、アタなんとか? そんなギルドありましたっけ? え? それが最強のギルドだった? なーに言ってるんですか! 最強は昔からウチでしたよお!?」


 ランは異常なテンションで質問に答えている。


「どうしたのこの、ランは。随分と楽しそうね」

「はい。もうこの一週間、ずっとこんな感じです。ナンバーワンギルドになれたことが嬉しくて嬉しくて仕方ないみたいですね」

「〝ナンバーワン〟に一番固執してたのが私たちじゃなくてランだったとは、思いもよらなかったな……」


 クレースとネクスィ、そしてベルカの三人は、出店で買ったレモネードをすすりながら、調子のいいランを遠巻きに眺めていた。





「本当なんですって! お願いですカスカルさん! 俺たちゃあギルドハウスに鍵までかけてかけて外に出たんですよ!」


「ふっふふふふふ。でも実際グロリアはあのとき外に出てたんすよねえ。甘いんすよお! グロリアのやんちゃさも計算に入れて動くようにしろお!」


「そ、そんな理不尽な!」

「うるせえ! グロリア担当班は市中引き回しだ! 覚悟しろ!」

「そんな、ご無体なああああ」


 カスカルが強権を振りかざしている。当のグロリアはブレイズの膝の上でキャッキャと嬉しそう。ジェンウォはグロリアが何を面白がっているのか分からなくてドン引き。


「この親にして、この子ありだな……」

「ええ。間違いなくグロリアちゃんは暴君になりますよ」

「ブレイズ? 私も火の玉、使いたい。どうやるの?」

「私のは厳密には炎じゃなくて雷なので、難しいですかね~」


「おいそこ! グロリアに変な事吹き込もうとしてないっすか!?」


「し、してな……あ! してます、してます! 吹き込んでますう! ……ジェンウォと一緒に」


 ぼそりと付け足した。


「は? 殺すぞテメエ」


 ジェンウォの声は字面に似つかわしくないほどに震えている。


「お、なら二人ともお仕置きっすねえ」

「……俺は逃げる」

「ウォっち、逃がさないっすよ!」

「逃がしませんよ、ジェンウォさん」

「ジェンウォ。逃がさないぞ!」


 グロリアも杖を振る。


「いや逃げるんだが!? 俺、何もしてねえから!!?」





 ゲヘナがシャクヤの事務室を訪ねる。


「シャクヤさん、〝跳ねる死体運び〟がギリギリまでこの事件に関わらなかったのは、アタラクシアと契約を結んでいたからだったんですね」


「そうね。その後の話はレオランと済ませていたから。まあアタラクシアが勝つとはハナから思っていなかったけれどね! ともかく、事前に建材を買い占めることができて、ウチは大儲けだ。うっひっひっひ」


「まったく……。私にも言ってくれればよかったのに」


「はあ? あなたね。私が気を利かせてレーノと一緒に戦う機会を与えてやったのよ! そういえばそうよ。多少の進展はあったんでしょうね、あなたたち」


 ゲヘナはボッと耳まで赤くなる。


「い、いや、いやその、進展…………あれ。進展? しん、てん……」


「まさか、あなた何も無かったなんて言うんじゃないでしょうね。好意くらいは伝えたんでしょう。え、まさかそれすらも? う、うそでしょう……」





 第二エリア奥地、冒険者たちの前にクリシチタがいる。レーノは感謝を述べる。


「この辺までしか送れないな。街のみんなの記憶の改竄に協力してくれてありがとう」

「ねえー、本当に逃がしちゃうの? 私たちが命懸けで捕まえたモンスターなのに~」


「こんな短期間で徹底的な情報の操作が出来たのはクリシチタの異能あってこそですのよ。事前に提示した協力条件が『解放』なのですから、それを裏切るのは失礼ですわ」


「ただでさえ〝支配〟が不安定な存在だからな。怒らせたら何をされるか分かったものじゃない」


 エックスのその言葉を受けて、クリシチタはなにやら腕を振ってジェスチャーをする。


「モルガナ、エーテルで記憶を読んで、クリシチタが何を言ってるのか分かったりする?」

「うーん、『お前が言うな』かしら」

「ウソを言うなモルガナ。『拷問はもうこりごり』だ」

「エックス、それは同じ意味だ」


 クリシチタは特に危害を加えることなどはなく、西奥へ去って行った。


「一応、初めは襲ってきた……のですわよね?」

「第六エリアまで行けば、また相手するという事だろう」

「うわあ。それが叶うのは何年後かなあ! 誰かさんがキャンプを壊しまくっちゃったからさあ!」

「メルフィス、お前の面の皮どうなってんだよ……」




**




「私たちを、見逃すというのか!?」


 決着の翌日。捕らえられた〝アタラクシア〟は、レーノとモルガナから、大規模な記憶の操作が昨日のうちに行われたことを知らされた。


「それは、私たちにとってはとても都合がいいけれど~……、〝がらんどう〟の仇を討ちたいとは、思わないの?」


「もしそうだとしても法に照らして裁くよ。そして俺も、それにモッカも。それには乗り気じゃない」


「ああ、元をたどれば、私の姉が原因だ。上に立つ者としては誤っているのかもしれないが……私がこの手で君らを裁くことは……できない。行政局ともこの件についてはもう話し合ってきた」


「ねえなんで?」


 メルフィスが尋ねる。


「レーノが私たちを殺したくならない、訳がない、でしょ?」


「クルルは最期に言葉を遺してったんだ。俺たち二人に、長く生きてほしい、そうだ」

「それは…………そう、なんだ……。クルルが——って、どうやって?」


 レーノは経緯を伝える。


「はああ? それが本当ならクルル、渦巻く妖精ドラゴンフェアリーが私の支配下にないことにすら気付いてたってことじゃないの!? ありえねー」


「ええ。振り返ってみれば、クルルは全ての事情を察した上で私たちを誘導した様にすら思えますわね。自分の理想の破滅のために。困った人ですわ」


「つーかもう不気味の域だっつーの」


 不気味呼ばわりか(苦笑)。僕は〝運命〟と〝時間〟を応用して未来を見てるだけなんだけどな。


「だが、私たちには過激な思想がある。放免されても諦めるとは限らないぞ」

「それについては諦めてもらうほかないかな」

「本気で言っているの~?」


「ええ。事後報告で悪いですが気を失っている間にみなさんの記憶を拝見いたしました。あくまでみなさん、初めの動機は東端を取り返すことではないですわよね。その土地に居られない事情があったり、なんらかの変化を求めたりであったり、本気でエックスの思想に付いてきた方はいなかったはずです」


「もし本気の人間がいたらどうしていたんだ」


「それはそうですわね。記憶を奪うなり操作するなりしてその気を失わせるつもりでしたわ。そんなことをする必要が無くて何よりです」


 モルガナはさらりと恐ろしいことを口にする。それは本当にそんなことが可能だったか、そのつもりだったのかを置いておいても、〝アタラクシア〟に対して強力な釘となった。




**




「終わりましたわね」

「そうだね」


 噴水の広場。ベンチに二人で腰掛ける。子どもたちが追いかけっ子をして遊んでいる。


「どうかしら。レーノは今回の結果に満足してます?」

「俺は満足してるよ」

「あら、それはなんでかしら」

「そりゃあ、モルガナが生きてるからね」

「まあ……歯が浮くようなことを言いますわね」

「君は?」

「そりゃあ当然、大満足ですわ。だってレーノが生きているんですもの」

「全くこれだよ」


 二人で笑う。


「思い返してみれば、おかしな話でした。私たち二人とも、自分の兄妹を殺した後にその責任を取って自殺しようとしていましたのね」


「そうだね。まあ俺がその考えになったのは途中からだったけど」


 モルガナがレーノを覗き込んでふふんと笑う。


「ありがとうございました、レーノ様」

「こちらこそ。ありがとうね、モルガナさん」

「いつから呼び捨てになったんでしたっけ」

「忘れちゃったね」

「〝記憶〟ギャグ?」

「違うけど……え、いや、マジで忘れてるかもしれない……」


「そんなっ、最後に私の記憶を共有して差し上げたって言うのにっ!」

「いや、あれも結構抜けがあったでしょ。二日目の夜とか」

「ま、破廉恥! そんなもん覚えてなくてよろしいですわ!」





 レーノに誘われてモルガナは丘の街を行く。ギルドハウスが並ぶ一角。そのうちの大きな建物の一つの前で立ち止まる。


「おおー、これはまた、豪邸ですわね」

「せっかくなので大きく出ました」


 内見。ほとんど家具もなく、がらんとした空間。個室は十一個。


「はえー、なんにもないですわねー。……あら、これは?」


 モルガナは一枚の大きな紙に目を止める。それは居間のかなり目立つ位置にかけられていた。横に伸びたグラフと数字が書かれている。


「ああ、それは、借金表」

「借金表!?」

「うん。完済まで残りいくらかが分かるようになっています」

「借金、うやむやにしてもらえませんでしたのね……」

「結構免除してくれたんだけどね……」


 表にはいくら返せば何割達成か、と段階的に記されている。左から数字に印をつけて行って、右端まで行くとついに十割達成。


「これで、説明責任は果たしたかな?」

「デメリットしか無かったですわよ。大丈夫かしら?」

「大丈夫かなあ」

「え、ほら、自信もって!」

「よ、よーし!」


 レーノは気合を入れる。コホンと咳を一つ。モルガナも佇まいを直す。


「モルガナ、〝がらんどう〟に入ってくれないかな?」


 モルガナは微塵も思案することなくにししと笑う。トテテとかけると、借金表を左からなぞっていく。グラフの右端、借金完済を越えて、さらに右の位置で指を止める。


「劇場を開くには、これくらいはいるかしら?」


 レーノは歯を見せて笑う。


「ええ~? それじゃあ流石に足りないでしょ」

「じゃあもっと右まで。あら、もう紙が足りませんわよ?」

「理解した。じゃあ創っちゃおっかな」


「一緒に書き込んでいきましょう。借金返済だけじゃなくて、いろんな目標を。まずはでっかいソファーを買うべきですわ」


「そんなに書くなら、もっと大きな紙が必要だな。これくらい?」


 床一杯の紙を創る。モルガナは紙を床に伸ばすと、振り返ってくしゃりと笑う。


「上出来ですわ」


 二人でこれからの目標を、書き込んでいく。




**




「そのギルド結成、ちょっと待ったー!」


 二人が床に寝そべってやんやと書き込んでいたところ、何者かがギルドハウスの扉を勢いよく開いた。


「あらゲヘナさん」

「どうしたの?」

「私も! 〝がらんどう〟に入る!」

「え、〝跳ねる死体運び〟は」

「やめてきた!」

「まあ。どうしてかしら」


「どうしたも、こうしたもない! 男女で、二人で、ひ、ひとつ屋根の下って! そんなことがゆ、ゆゆゆ、許されるとでも!?」


「許されるっつったって、私とレーノはもう体の関係ですけれど」


「「えっ」」


 束の間の静寂。


「ねえレーノ。あんなに私のことを泣かしてくれましたわよね」

「い、いやちょっと待てモルガナ、あれはどう考えても事情が」

「レーノ?」


 ゲヘナがレーノに詰め寄る。


「モルガナさんは、依頼人で護衛対象だったんだよね? そんな相手と? まさか?」

「い、いや! それはその、覚えてなくて……」


「お、おぼ、お、覚えてない!? どういうことレーノ! そんな、誰を抱いたかも覚えてないって言うの!? いつからそんな人になったの!」


「いや違うんだって! ちょ、モルガナ!? 弁解してくれよ!」

「いやですわ~」


 モルガナはケラケラと笑いながら、床に広げた目標の一つ、「三人目」に丸を付けた。





 はてさて。


 レーノはモルガナの命を守り切れるだろうか。モルガナはレーノの命を繋ぎとめることが出来るだろうか。


 そんな物語——これにて落着。二人の冒険はこれからも続いていく。


 めでたし、めでたし!





 え? 「モッカが立派に育ってて良かった」って? まったくあなたは、妹に対して親みたいな感情を持ってるんだから。「それはクルルもみたいね」……はは、確かに。似た者同士だね、僕ら。


 さて、じゃあ次の仕事の話をしようか。ずっと「用」はあったんだよね。そして遂に今日、それを言う決心がついた。あなたはこれから僕に、東の果てを目指せと言うんだ。


 どうする? この物語を聞いてもまだ、その仕事を僕に課すのかな。





 ——ねえ、クルル?


 ん?


 ——指輪、楽しみにしてるからね。


 …………もう行くから!! それじゃあ次に会うのは二年後だから! ばいばい!!


 ——ええ、さようなら。

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モルガナは自分のことを騙りたい うつみ乱世 @ut_rns

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