エピローグ 『カーテンコールのない幕切れ』


 ……、その後。


 オレはたまたま墓参りに来ていた老夫婦に助けられ、救急車を呼ばれ、病院で目覚めた。ただの貧血、ということだった。貧血になぞなったことのないオレは「はあ」と医者の説明に生返事を繰り返すばかりだった。


 ちなみに病室では何故か親ではなく東雲がおり、「お前マジでなにしとんのや!! 泣いてる子ほっぽって墓行って倒れるとかどんなたわけじゃ!」と怒鳴りつけられ、看護師に(何故かオレも一緒に)怒られた。散々である。

 東雲にはその後も小声で説教されたが、「旅行、行ってやってもいいわ」という一言で急に大人しくなり、その後ルンルンで帰っていった。


「ああちなみに、これお前のスマホな。水没してもうたぶん使いモンにならんと思うけど」

「は?」


 という爆弾発言を置き去りに、である。……まあ、そらそうなるわな、と真っ黒な画面のスマホを見つめた。溜め息を吐く気にもなれなかった。


 その後即日退院し、翌日昼から愛知に戻ることにした。両親はもう少しこちらに残ると言ったので、オレは一人で帰ることになった。

 昼から帰るので、午前中は町の中をぶらつく。十年間のギャップは思ったよりも大きくて、想像してたよりも小さかった。知らない喫茶店もあったし、十年前から変わらない駄菓子屋もあった。


「――――」


 涼風が吹く。夏の匂いがする。


 オレの中で、夏は永遠だった。十年前からちっとも進んでいなかったオレは、夏からずっと抜け出せないでいた。十年続いた夏が、ようやく終わりに向かおうとしていた。



 変わらなかったもの。

 七五三翠の死。うだる夏の暑さ。川の水の冷えた温度。賑やかな祭りと人の営み。高らかな下駄の音。ひぐらしの鳴く声に、夜半に輝く月の明るさ。落陽に燃える山の稜線の色。音もなく落ちる線香花火。



 変わっていったもの。

 耐えられなかったオレの柔い心。帰り際に食べる氷菓アイスの味。夏めいた子供の笑顔。滔々と流れる清流のはやさと、人に触れる体温。雲の峰の向こう側にあると思っていた世界。



 目を閉じる。


 きみの笑顔を覚えている。




「――夏やなあ」




 驟雨しゅうう、夏風、よもすがら。


 夏が終わり、秋がくる。冬が訪れ、春が過ぎる。来年も、再来年も、同じことを繰り返す。



 十年越しの初恋が、ようやく終わりを迎えた。


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驟雨、夏風、よもすがら ミヅハノメ @miduhanome

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