第12話 繁忙期、ワンピースがち。コーディネートを考える必要ないから

 週明けから、仕事は少し忙しくなってきた。新規プロジェクトに関わることになったのもあり、最近は残業も増えてきているのだ。さようなら、私のフレックス定時四時半上がり生活……。

 確かこれは企画部の上原さんの関わっている案件だった気がするな、なんて思いながらひたすらPCのキーボードを叩いていたある日、背後から声をかけられた。


「お疲れ、清水ちゃん」

「上原さん! ……に、長岡さん」


 企画部若手女性二人組が立っていた。なんというか、とても華やかでまぶしい。最近の企画部のビジュアルが良い意味でヤバい、という話は同期の間でこっそりと話題になっている。


「あ、ちょうどこの案件やってたのね。一応紹介だけど、今度からうちの長岡さんもこのプロジェクトに関わることになったので、ちょいちょいお世話になると思います」

「承知しました。……お仕事の方でも、よろしくね、長岡さん」

「よろしくお願いいたします!」


 微妙に白々しいやりとりも、社会人となれば当然のこと。


「まあ、基本的には私が立ち会うけれどね。勉強も兼ねて、長岡さんにもちょっとした事務手続きを手伝ってもらうって感じ」


 一、二年目の若手社員は、自分の指導係が担当している案件に関わるのが普通である。そして、本来の樹利亜の指導係は私の同期の榎本くんであったのだけれど、その役目を外された、という話はこの間の同期飲み会があったときに聞いた。あの子もプライドがとても高いので、「自分が仕事を奪われた」という事に苛立っていたのだろう、あの日はひたすら樹利亜への悪口を言っていたと記憶している。


「まあ別に? 後輩指導なんて、将来のキャリアパスになんの役にも立たない経験だから俺は良いんだけどな。そんなことより、一個でも多く提案書を通す方がよっぽど俺自身のためにはなる。ただ、長岡の件は絶対に俺は悪くない。上原さんに担当が代わったところでアイツは伸びない!」


 二次会でカクテルをあおりながらひたすら呪詛を吐く榎本くんを、他の同期たちは一生懸命なだめていた。私はなんだかいたたまれない気分になって黙って下を向いていた。口を開けば「うちの樹利亜がごめん」みたいなことを言いそうだったけれど、よく考えてみるとぜんぜん「うちの樹利亜」なんかではないし(そもそも長年疎遠だった)、おそらくそんなことを言おうもんなら、矛先がこっちに向く。私は昔から八つ当たりを受けやすい質なのだから、荒れている人間には近寄らない方が良い。それに、榎本くんのセリフがどうしても引っかかったのだ。――なんだか、私が一年目だった頃の商品開発部の先輩方の厚意が全部否定されているような気がして。





 私が一年目の頃の教育係は、当時まだ二年目だった飯田さんだったけれど、彼だけではなく、同じ部に所属する諸先輩方は何かと私のことを気にかけてくれた。決して出来の良い一年目とは言えなかった私を、なんとかまともに開発部で働くことができるように仕上げてくれたのである。仕事の相談に乗ってくれたり、新人のための技術研修を紹介してくれたり、自分のキャリアパスについて話してくれたり……。正直、頭がからっぽだった新卒の私には理解しきれない話をされたこともあったけれど、少しずつかみ砕いて、ようやく今、ちょっとはチームのための働くことができるようになってきたって感じ。大鳥課長は「清水さんみたいに地頭がいい後輩に教育するのは面白いだろうね」なんて言う。しかし、諸先輩方にあれだけ時間をかけて懇切丁寧に仕事を教えてもらえれば、地頭なんて良くなくても大体はそれっぽく成長できるものだと思っている。


「いつもいつも、お時間割いていただいて……ご自身のお仕事もあるのに、本当に恐縮です」


 それまでの人生、「恐縮」なんて言葉、この人生で心の底から使うことなんてあるのだろうか、と思っていたのに、一年目の頃の私はしょっちゅう心底「恐縮」したのをよく覚えている。


「いや、恐縮も何も」


 しかし、飯田さんはあっけからんと言うのだった。


「俺は清水さんの指導係なので、後輩への指導は他の作業と同じかそれ以上に大事な仕事なわけよ」


 これと同じね、と言いながら彼はデスクの上においてあった難しげな仕様書をポンポンと叩いた。


「でも、なんだかとても悪い気がします。私に親切にしたところで、飯田さんとか、他のチームメンバーの得にはならないでしょう」

「なるが? 後輩指導も仕事のうちだから、清水さんが優秀な社員に成長してくれれば、俺らは『良い指導をした』っていうことで良い評価を受けるってわけ。――うまくできてるだろう?」

「なるほど?」

「全部教えてもらってばっかりで情けないな、なんて一年目が思うのは無駄だよ。もしどうしてもそう思ってしまうなら、今はぐっと我慢して、一年後、清水さんに後輩ができたときに同じようなことをやってあげればいいってだけの話。会社って、そんな感じで回ってる」





 同期の様子を伺ったところ、どうやら一年目の私は極端に恵まれていたようだったけれど、実際、私はある程度まともに仕事はできるようになったし、飯田さんの教え(?)は結構胸に響いている。――とはいえ、実は私は後輩指導がめちゃくちゃ苦手なのだけれど。

 そんな恵まれた一年目を送った私にとって、樹利亜を真っ向から否定する榎本くんの言葉は刃のようだな、と感じてしまったのだった。

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明日の女子会のドレスコード まんごーぷりん(旧:まご) @kyokaku

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