厄日の来訪者

***

 私は宇宙空間に居た。空の彼方、暗黒の場所に私は居た。足下には青く輝く地球。見あげれば目映い太陽、そして星々が瞬いている。

 なぜこんなところに居るのか。

 なぜならば、私はつい数分前に宇宙船から切り離されたからである。

 私はしがない作業船の船員であり、その作業船が航行不能になり私を置いて大気圏に落下していったのである。それで船外でデブリの撤去を行っていた私は置き去りにされたのだ。

 船は恐らく無事だろう。一応緊急用の大気圏突入ポッドがある。乗組員はそれに乗って今頃海の真ん中に着水している。

 問題は私だ。とにもかくにも私だ。

 私は今、どうしようもないのである。

 どうすることも出来ずにこうして宇宙を漂っているのである。

 一人では母船に戻ることは出来ない。

 遠距離の通信機器は使えない。作業スーツのそれが壊れているためだ。バカ社長が経費削減で修理をケチったためである。

 なので、救難信号を発信することのみが今できることだった。

 この信号をどこかの船が拾って救助に来るのを待つしかなかった。

 幸い、同じような作業船がひっきりなしにやってくる宙域だ。助かる可能性はかなり高い。

 だが、どのみち待つことしか出来ない。

 なので私はこうして地球だの星だのを眺めながらなす術無く過ごしているのだった。

 今のところ通り過ぎる船はなかった。

 今は太平洋の上空あたりだった。青色が鮮やかだ。うねる雲や点在する緑は見る分には良いものだった。

 しかし、ずっとこんな感じでもうじき一時間が経過する。正直だんだん飽きてきている、ただでさえ、地球は毎日嫌と言うほど目にしているのだ。今さらゆっくり眺めたところでそれほどの新鮮味はない。

 かといって他にすることもない。早く誰かに見つけてもらいたいものだと思っているところだった。

 私は地球の丸い地平線を眺める。淡く光るそれをこれといった感情もなくぼーっと眺めた。

『そこでなにをしているんですか』

 そんな私の耳に突如聞こえたのは声だった。女の声。

 それは私のスーツの通信端末から聞こえたものだった。しかし、スーツの通信端末は作業船との通信にしか使えない、短距離用のごく簡素なものだ。

 誰もいないこの宙域で通信があるのは不自然だった。

『こっちです。後』

 声は言う。私は自分の軌道が変わらないように注意深く推進剤を吹かして体を半回転させた。

 私は後を見て固まるしかなかった。

 目の前にあるものに言葉を失うしかなかった。

 私はしばし、なにも言えずにそれを見ることしかできなかった。

『もしもし。言葉を間違えたましたか? この星の汎用言語なはずですが』

 そこにあったのは大きな衛星だった。恐らく全長100mは下らないだろう。ただの衛星にしては巨大過ぎる。居住区画のあるステーションかと疑う大きさだろう。しかし、その可能性は無さそうだ。どうも人が住んでいそうな気配はないのだ。

 そもそも私にはそれが衛星と呼んで良いものなのか定かではなかった。

 それは全体が一切の継ぎ目のない黒いボディだったのだ。

 中心に円形リング状のメインボディらしきものがあり、その周りを長い翼のようなものが8つ取り囲んでいる。それら全てが恐ろしく滑らかな造りをしていた。

 こんな衛星は見たことがなかった。聞いたことがなかった。

 一体全体どこの国が作ったものなのか。

 しかし、こうして通信している以上乗組員ないし、遠隔操作している誰かがいるはずずだ。

『もしもし』

「あ、ああ。聞こえている。私はスパロウ・シップ社所属のアレン・カーターだ。そっちはどこ所属の衛星だ? 見たことも聞いたこともない外観だ」

『ああ、私はこの星の所属ではありません。あなたがたの呼び方からすればさそり座の方角からやってきた調査船団の探査端末です』

「なにを言ってるんだ?」

 私にはこの声の言っていることがいまいち飲み込めなかった。

『あなた方の言い方で言えば、異星からの来訪者です。知的生命体ではありませんが。私は完全な機械ですから』

「はぁ」

 やはりいまいち飲み込めなかった。

 どうやら目の前の衛星は自分が宇宙人の造ったもので、そして自律する機械だと言っているらしい。

 しかし、そんなもん信じられるわけがない。

 なんでそんなものが突然宇宙空間を漂うしかなく漂っている私の前に現れるのだ。

 意味が分からん。

 某国の新兵器だと言う方がよほどしっくり来るというものだ。

「全然理解出来ない。なんでそんなものがここに居るんだ。私の目の前に居るんだ」

『本来、この星の住人と直接接触を図るまで探索段階は進んでいませんが、どうもあなたが困っている様子だったので』

 つまり、困っている私を見かねて助けようと現れたらしい。

「困っているは困ってるけども。今私はいつ来るとも知れない助けを待つしかない身だ」

『ああ、乗っていた船となんらかの理由ではぐれたのですね。53分と27秒前に落下していった作業船がありましたが、あれですか』

「あ、ああ」

『しかし、通信端末を使えばすぐにでも助けが来るのでは?』

「社長が経費をケチって壊れてるんだ」

『ああー。世知辛いですねぇ』

 自分が異星人の造った機械でしかないと名乗った目の前の衛星は俺の境遇を重い世知辛いなどと抜かしたのだった。あんまり人間味があり過ぎてますますこの衛星が名乗った通りのものだとは思えなかった。

「お前が異星人の造った衛星だとはとても信じられない」

『まぁ、信じて頂かなくても結構ですよ。それが私の目的ではありませんから。それで、助けなくても大丈夫ですか?』

「救難信号を送っているから半日以内には助けが来ると思う」

『ええ!? 半日も漂ってる気ですか? 良くないですよ。そんな故障してるスーツじゃ生命維持装置の機能も万全か疑わしいもんです』

「それはそうなんだが..... 」

 実際この正体不明の衛星の言うとおりではある。あの社長が指示している体制の元管理されているんのだ。ずさんに決まっている。通信端末以外にもどこが故障しているか分かったもんじゃない。

 生命維持装置だの放射線フィルターだのにも欠陥があったら今後どんな影響が出ることか。

 そう言われると結構怖くなってきた。

『ほらほら。怖くなってきたでしょう。黙って私に頼ってくれれば良いんですよ』

 しかし、こんな結局なんなのか分からん巨大な謎衛星に頼るのも怖い。大体がでかすぎるのだ。なんでこんな巨大構造物が私みたいな身ひとつで漂う宇宙の漂流者にフランクに話しかけてくるのだ。状況が訳分からん。

 そんなこんなで私は言葉が続かなかった。

 するとだった。目の前の妙ちきりんな巨大構造物から光線が放たれたのだ。レーザー光のような光。それが二筋私を捉えた。

 一瞬恐怖したが当たっただけではなんの害もなかった。

『さぁ、行きましょう』

 衛星が言うと同時に私の体はぐんぐん衛星に引き寄せられたのだった。巨大な衛星のボディがどんどん眼前に近づいてくる。

「わぁああ! なんのマネだ!」

『なにって、私のボディに固定するんですよ』

 衛星の言うとおりなのか、どんどん引き寄せられる私の体は衛星の巨大な翼のようなものひとつに導かれそこにはりつけのようになった。驚いたことにこれといった拘束具もないのに私の体はその翼にはりついたように固定されたのだ。

『フィールドにしっかり入りましたね。じゃあ、行きますよー』

 私は突然の状況に半ば恐慌状態に陥っていたが衛星は陽気な声で私に言った。

 次の瞬間だった。いきなり景色がぶっ飛んだのだ。

 いや、相変わらず地球の衛星軌道上だったが目の前に瞬きする間に現れたのは国際宇宙港だった。全長5km。宇宙発展の要たる要衝だ。それが突然私の目の前に出現していた。

だが、宇宙港の方がいきなり現れたのではない。それを行ったのは私達の方だ。実際、さっきまで眼下にあったのは太平洋だったはずなのに、気付けば大西洋上空だ。いくらなんでも速すぎる。いや、速すぎるとかいうレベルではない。本当に一瞬で私達はここに移動したのだ。

『ワープですよ、ワープ。地球にはまだ無い技術ですから驚いたでしょう』

 衛星は自慢げに言った。

 驚いたも何もあったものではない。

 私は唖然としてまた言葉が出なくなった。さっきから頭の中が全然整理されない。状況に全然理解が追いつかない。

 しかし、ようやく言葉をつないだ。

「ほ、本当に宇宙人の衛星なのか.....?」

『そうですよ。本当の本当なんですよ』

 また衛星は自慢げだった。

 目の前で行われたのはおよそ現代の科学力では実現不可能な芸当だった。

 どこの国でもこんな技術を開発したなんて噂にさえなっていない。

 映画や小説の中だけのはずの夢の技術が今まさに俺の身に働いたのだ。

 人間には出来ないことを行った。

 それはつまり人間でないものにしか出来ないというのは、当然自然な思考の流れだった。

 私はこの衛星の言葉を信じるしかないように思われた。

 と、

『おーい、そこの人。大丈夫か? どうしてそこで一人で浮いてる』

 通信端末から今度は男の声が響く。それは目の前の宇宙港からの通信だった。あちらの観測室からも私が見えているらしい。しかし、驚いている様子はあまりなかった。

 俺が浮いていることには驚いているらしい。

 しかし、この正体不明の巨大構造物にはなんのコメントもなかった。

「お前が見えてないのか?」

『それはもちろん。地球の観測機器に捕まるようでは探査端末失格ですからね』

 衛星は得意げだった。自分の能力に誇りでもあるらしい。どこまでも人間くさい機械である。

『なんでも良いが、どうやら船か何かから投げ出されたらしいな。今救助するからちょっと待て』

 そう言って観測員は通信を切った。間もなくして宇宙港のドックのひとつから小型の船が飛んでくるのが見えた。

 どうやら私はもう助かるらしい。

「なんだか分からないが助かったよ。ありが......」

 しかし、私が振りかえるとそこにもう巨大構造物の姿は影も形もなかった。ただ、広大な宇宙空間が広がっているだけだった。

 もう、立ち去ったらしい。

 後腐れの無い機械だった。

 私は相変わらず状況の理解が全然追いつかなかったが、どうやら本当に特殊で不思議で恐らく後から思い返すと面白い事に巻き込まれたらしいことだけはなんとなく分かった。

 今日は厄日だったが、妙な厄日だった。

 随分人間くさい機械だった。多分悪い奴ではないのだろう。

 あの機械を造った宇宙人とも友好的に関われたらななどと思うのだった。

 やがて小型船が私の目の前までやってくる。

 私の耳にコックピットから通信が届く。

『待たせたな。しかし、なんだってこんなところに? 事故の報告は聞いてないが』

「ああ、宇宙人に会ったんだよ」

 私は応えた。通信機の向こうの男はジョークだと思って笑っていた。

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厄日の来訪者 @kamome008

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