第36話 小梅視点 ずっと一緒

 朝日先輩と正式に恋人になれた。飛び上がりそうなくらい嬉しい。陽子ちゃんもっていうのは、まあ、嬉しいことではないけれど、仕方ないかなって思う。

 最初に仮でも付き合ってもらえたのは私だったのに、朝日先輩はなんだかんだ陽子ちゃんを優先している感じだったし、これからも陽子ちゃんが邪魔して来たら、認めてもらえないままだったら、きっと朝日先輩はすごく困ってただろうから。


 それに朝日先輩は私には計り切れない器を持ってる人だ。私一人で独占できないのなら、相手はまだ陽子ちゃんの方がマシだ。だって陽子ちゃんは妹って言うほかに掛け替えのない特別な存在ではあるけど、結婚したり全うに結ばれることはない。出し抜かれることがない相手だから。

 なんて、こんな風に考えるのは失礼なことだろう。他でもない朝日先輩が平等にすると言ってくれたのだから。それでも、私は少しでも朝日先輩の一番がいい。


 それに陽子ちゃんは朝日先輩に見た目も中身も少し似ているところがある。だからまだ、一緒にいるだけで嫉妬してしまうと言うこともない。たとえ妹と言う条件でも、全然似てなかったら多分受け入れられなかったと思う。

 だからまだ、陽子ちゃんでよかった。


 となると、陽子ちゃんと表面的にだけでもいい関係を作りたいところだ。まさかとは思うけど、もし朝日先輩がもっと他の女の子を恋人にしたい、とか言い出したら……? さすがに許せるものではない。もちろん、私には朝日先輩の行動を制限したり命令することはできないけど。

 だから私と陽子ちゃんとで他の子を見れないように協力し合う必要性もある。


 とは言え急に距離をつめて警戒されても困るので、できるだけ穏便に連絡をとらないと。


 そんな風に、冷静に事態を考えている私がいる。だけど肝心の朝日先輩を目の前にしてしまうと、そんな計算は全部吹き飛んでしまう。


「おはよう、小梅」


 何度も見ているし、何度もしているただの朝の挨拶。なのに、軽く微笑んでくれたそれだけで、朝日先輩も私が好きで両思いだって意識してるだけで、ドキドキして死んじゃいそうだ。

 あー、先輩好き好き。もう一生帰ってほしくない。ずっとここに住んでくれたらいいのに。


「ねぇ、パネルはどうしたの?」


 何て浮かれて飛んでいきそうな気持ちは朝日先輩の何気ない言葉で引きずり戻される。

 そうだ、先輩はそう言うところがある。大らかで細かいことを気にしないのに、野生の勘のように鋭くて、じっと見ている私の視線に気づかれたことも何度もある。それでも雑な私の言い訳をいつも信じてくれたから、人を疑わない心清らかな人なのだと思っていた。

 だけど深く付き合うと思っていた以上に先輩は鋭くて、私が隠したいことにすぐ気づいてしまう。それでも、それ以上に先輩は器の大きい人で、そんな私の事を全部許してくれて、全部受け入れてくれる。


 先輩のことを知るたびに、私のことを知られてしまうたびに、私は朝日先輩を、もっともっと好きになっていく。

 先輩が大好きで、先輩のことをもっと知りたい。先輩の全部、今、何をしているのかも知りたい。さすがにリアルタイムにすべてを知れないのは物理的に仕方ないけど、過去、何をしていたのかも知りたい。先輩と居られない時も、先輩とおしゃべりできない時も、ずっと先輩の声を聞いて、先輩のことを考えていたい。

 そんなありふれた乙女心だけど、盗聴しようとするのは私の思いが重すぎるんだって、自分の感覚としてはそうではないけど、客観的にはそうなんだってわかってる。


 でも朝日先輩は、いつでもそんな普通を超えてくる。普通はそうしないってことを、簡単に選んで、そして当たり前みたいに優しくしてくれる。

 先輩のそう言うところが、たまらなく大好き。愛おしくて、ずっと一緒にいたい。私が勝手に傍にいるだけじゃなくて、先輩も望んでもらって。


 そしてそれが、かなえられる場所に今私はいるのだ。夢みたいに嬉しい。でも浮かれてるばかりじゃ駄目。先輩に嫌われないよう、もっともっと好いてもらえるよう頑張らないと。

 だから今日も、頑張って先輩に気持ちよくなってもらうんだ。そう思ってお風呂に入る前から気合を入れて、だけどどうしても、恋人としてだと思うと前回より気持ちに余裕があるからか、前よりずっと緊張してきてしまう。


 お風呂を上がって部屋に向かう。自分の部屋だけど、先輩が待っていると思うと足が震えそうだ。


「お待たせし、あっ! な、なにをしてるんですか!?」


 そっと部屋にはいり、まさかの先輩が慌てた様子もなく私の部屋を家探ししていて慌ててしまう。

 なんで私の方が慌てているのか。勝手に部屋の中を触るどころか、クローゼットを開けて段ボール箱まで開けているのに朝日先輩は悪びれた様子もない。


「あのさ、それ、恋人だからって盗聴器しこもうとした小梅が言うの?」

「あ、いえ、すみません。えっと、でもですね」


 いや確かに、恋人だから堂々と家探しするのと、恋人だから黙って盗聴するの、どっちがより駄目かと言ったら盗聴なのだけど。でも私、一応罪悪感抱いた上で、でも自分の欲求が抑えられなかったのだ。

 朝日先輩は堂々としてるしあんまり興味もなさそうにしてるので、いや、えー? ってなってしまう。悪気なく当たり前に人に家にきたら家探しすると言うなら、辞めた方がいいですよって言いたくなる気持ちもわかってほしい。

 普通に私がいる時に私の事知りたいって言ってくれたら、いえ、まあ、全部見られたらさすがに引くわって言われたくないから隠したかったのだけど。


 とは言え、大したことないと言っているので、このパネルと写真だけなのかな? と思って質問したらもうほぼ全部見られていた。大したことない……?

 年単位でストーカーしていたことが? もちろん純粋な気持ちでしていたけど、もし私が知らない人から同じことされていたらとても嫌な気持ちになりそうだけど。


「引いてるけど。今更でしょ? ここまでの流れで小梅のこと隠せてると思ってるの?」

「いえ、あの、うーん。はい。そう、なんですけど……」


 なのに朝日先輩は引いてると言いながらも全然平気そうで、当たり前みたいに大したことないと私の全部を受け入れてくれたんだ。


 それは、よく考えなくてもつまり、朝日先輩が、私のことを大好きということだ。その事実がじわじわ体に染み込むように入ってきて、嬉しすぎて体が熱くなってしまう。


 一方的に私が好きなだけでも、朝日先輩が素敵すぎて好きだったのに、朝日先輩も私を好きだなんて。もちろん昨日の告白でも伝わってきていたけど、二人一緒だった。今は二人きりで、その事実も改めて襲ってきてドキドキが加速してしまう。


「……あの、う、嬉しいです」


 うまくそれを伝えたいのに、私の口からはそんな説明にもなってない感情しか出てこなくて、恥ずかしい。


 そんな私をリードするように先輩は私をベッドに誘導して、パジャマを褒めてくれた。私が着るとちょっとあざといかなと思ったのだけど、朝日先輩は気に入ってくれたみたいでよかった。

 それに、朝日先輩、すごく似合ってる。自分で自分の猫耳をいじってるところも、いかにも様になっているし、お尻の横にはみ出ている尻尾も本物じゃないけどなんだかセクシーだし、ぎゅっと抱き着きたくなる魅力でいっぱいだ。


「座りなよ」

「は、はい」


 これから、朝日先輩とえっちなことをする。そう思うと緊張してしまって、自分の部屋なのに朝日先輩に仕切られてしまう。でもそんなところも頼りがいがあってきゅんとしてしまう。

 前回は朝日先輩に私を見てほしくて、引き留めたくて夢中で、緊張よりも何より朝日先輩しか見えてなかった。


 でも今は恋人として、一応朝日先輩から言い出してなので、こう、すごく、緊張してきた。昨日からドキドキしてわくわくして楽しみにしていたけど、いざ今となると、ドキドキしすぎて逆に心臓がとまってしまいそうだ。


「目、閉じてくれる?」

「は、はい」


 優しくリードしてくれる先輩は前回と全然違って、私が望んで無理やりじゃなくて、朝日先輩から私を望んでくれているのが目に見えていて、私はもうその時点で幸せで気持ちよく感じてしまう。


 先輩の唇が触れて、先輩の指先が動いていく。その全て、私を思ってくれている。それが伝わってきて、私もまた先輩に気持ちを伝えたくて、先輩にリードを任せながらもぎゅっと先輩に応えた。


 自分ではどのくらい時間がたったのかわからないくらい先輩と一つになっていたけど、どうしたって終わりの時は来る。頭も体もふわふわして心地よくて、このまま朝日先輩にぎゅっとくっついて眠りにつくのが気持ちいいだろう、と思いつつさすがに裸だと寒いので乱れたパジャマを着用しなおして掛布団をかぶりなおす。

 当然のように隣にいる先輩の左腕にぎゅっと抱き着くと、またほわっと胸が温かくなって、余韻がまた体をしびれさせる。ああ、幸せ。


 先輩といちゃいちゃしながら眠ろうとしていると、ふいに眠気を追い払うようにぶぶぶぶ、と振動する音が部屋に響いた。


「はいもしもし」

『あ、おねえ、今大丈夫?』


 あ、普通に出るんだ。と思いながら目を向けると朝日先輩と目が合い、先輩はどこか驚いた顔をしていた。

 通話の向こうからは陽子ちゃんの声がほぼそのまま漏れ聞こえてくる。


 私も毎日お話させてもらっているから、お邪魔するのは悪いとは思うけど、今日は私の日だったのに、何て風にも思ってしまう。ダメダメ。二人でって言うのを受けれいたのに、これは心が狭すぎる。ちゃんと朝日先輩に相応しい器を私も身につけないと。


「あ、朝日先輩っ。だったら明後日はまた、泊まりに来てほしいです!」


 と思って聞こえないようにしようと思ったのに、普通に聞こえるし、ついつい口を挟んでしまった。先輩は私も見て困ったように笑ってから返事は濁した。


「わかったわかった。陽子、可愛いね、好きだよ。おやすみ」


 ……理解していたし、覚悟もしていたつもりだったけど、こうして目の前で陽子ちゃんへの気持ちを口に出されると、やっぱりちょっと、複雑な気持ちになってしまう。


「……すみません。私、その、なんていうか……無理してほしいわけじゃないんですけど、つい。陽子ちゃんが素直にお願いしてるのをみると、対抗しちゃうと言いますか」


 申し訳ない気持ちは本当だ。この間も疲れてると言っていたし、無理をしてほしくない。でもどうしても、傍に居たくなる。私より近くにいる人がいるからなおさら。

 朝日先輩とずっと一緒にいたい。ずっと泊まっていてほしい。帰らないでほしい。陽子ちゃんより私を見てほしい。


「……」

「あの……泊まりに来て貰えたらもちろん嬉しいですけど、その、全然、しなくてゆっくりとかでもいいですし」


 困ったような顔で黙る先輩に、私はこれ以上我儘を言いたくなくて、だけどそれでも、この気持ちは我慢できない。

 えっちなことは、したくないわけじゃない。でもそうしなくても、ただ傍で触れ合うだけでも心地いい。手が触れ合うだけでも幸せな気持ちになれる。朝日先輩の傍にいたい。


「……目、閉じて」


 朝日先輩は私の言葉に答えなかった。だけど、朝日先輩を思う気持ちに応えてくれた。


 先輩といられるなら、えっちなことがなくてもいい。でも、先輩に求められるのも、肌をふれあわせるのも、先輩の気持ちを感じられて、すごく好き。今だけは朝日先輩の目に私しかうつっていないのだと思えるから、ほっと、安心すらできる。


 私はきっと、一生この複雑な気持ちから逃げられないだろう。朝日先輩が好きだから丸ごと、陽子ちゃんごと受け入れたい。それも本音だけど、頭でどれだけ理解して表面をつくろえるようになったって、きっと嫉妬の気持ちもなくなりはしないだろうから。


「先輩……大好きです」

「私も好きだよ」


 それでも、先輩の傍にいられるなら。私はずっと、幸せだ。






 完結。


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愛の形をあてはめて 川木 @kspan

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