第35話 幸せの形
晩御飯は二人でシチューとオムライス、サラダを作った。一緒に食べておいしいね、と言いながら晩御飯を終える。アーンとかあつあつでやったら危ないので、小梅がしたそうにしていたけどそれは遠慮した。
片付けをしようとしたら、それよりお風呂をとすすめられたのでいただいた。着ぐるみパジャマ、なんか、思ったより肌触りもいいし着心地いいな。意外とはまりそう。すべすべ。
今は小梅がお風呂に行っているので、当然今は小梅の部屋に一人だ。
「……よし」
せっかくなので色々物色することにした。普通は人の部屋にきてそんな勝手なことはできないけど、他ならぬ小梅は私のプライバシーをガンガン監視したいタイプなのだし、自分が見られるのもそんな気にしないでしょ。
言ってもそんな、今よりひどい何かが見つかるとは思えないし。
「……おー」
とりあえずでウォークインクローゼットをひらけたところ、目の前に私の等身大パネルがあった。なんだ、めっちゃわかりやすいところにあるじゃん。なんで隠そうとしたんだろ?
パネルをだして背くらべする。等身大、と思ってたけどちょっとだけ小さい。小梅くらいかな? 軽いけど思った以上にしっかりしたスタンドが付いている。本格的だな。
パネルを出して中を見る。奥には備え付けのハンガーポールがあっていっぱい服がかかっているけど、それは置いておいて、一番手前に大きい段ボール箱があったので開いて覗きこむ。
写真たてにはいった私の写真がいっぱい入っている。その奥にはクッションやぬいぐるみがケースにはいっている。これはこうちゃんの練習作? 練習してからだったのか。こうちゃん以外にもデザイン違いもあるし、くずれてるのもある。そう言うところマメで努力家って言うか、褒められるべきなんだろうけど、冷静に考えて盗聴器の為にこれだけ頑張れちゃうのえぐいな。
クッションはなんだろう。と思って手に取ると、なにやら怪しい切れ目がある。もしかしてこれも盗聴器入れとして試作したもの? お尻に引くものは無理があるでしょ。
「ふーん」
奥の衣類は普通に小梅の物だろう。あとしっかりテープで封がされている段ボールとその上にたくさんのっているアルバムがあった。アルバムの中は全部私の隠し撮りだった。
それによると、私が中学の時からストーカーしていたらしい。高校で出会ってストーカーされてたんじゃないのか。ちゃんと時系列になっているのを見るに中二くらいかな?
小梅とどこで出会ってたんだろ? 出会ってなくて一方的に一目惚れ、とするには、さすがに特徴的なビジュアルしてないよね? 圧倒的な美少女ではないぞ私は。
しかしそんなに前から私に一途でこれだけ執拗にストーカー用品にもこだわっていたとは。改めて引くし、一途が全然いい意味ではないけど、小梅にはすでに相当引いているので今更あれ感もある。これで気持ち悪いから別れようとはならない。
ただ、何しても小梅が私を飽きたり諦めたりすることなさそうってまじで後戻りできなさそうとは思うしちょっと怖くはなったけど。でもまあ、言っても一応覚悟して返事したわけだしね。
小梅はいったい私に何を隠そうとしていたのか。謎だ。
あんまりおもしろいものもないので、普通にもどしていく。
「お待たせし、あっ! な、なにをしてるんですか!?」
「ん? 普通に家探し」
途中で小梅が戻ってきたので段ボールを閉めながら返事する。テープとか使わずに、この、十字? に閉めて一時的に開かないようにするの、私苦手なんだよね。力加減難しくない?
「いえ、普通にって。あの、いくら恋人とは言え、そう言うのはちょっと」
小梅は私の隣に膝をついて座り、呆れたように言いながら私の手をはずして普通に段ボールを閉めた。前からわかってたけど、こういう些細なところでも器用な人って違うなぁ。
と感心しつつ、いやお前、他ならぬ小梅がそれ言っちゃう? 恋人でもしていいことと悪いことがあるって考えてる人間だったの? とめちゃくちゃ呆れてしまう。どういう思考でもの言ってんの?
「あのさ、それ、恋人だからって盗聴器しこもうとした小梅が言うの?」
「あ、いえ、すみません。えっと、でもですね」
「まあ、言ってももう見たし、大したものなかったからいいんだけど」
「……あの、ちなみになにを見たか、教えてもらってもいいですか?」
目をそらしてわかりやすく動揺しながら言い訳しようとするので、別にもめたいわけじゃないから話を流そうとしたのに、何故か小梅はよほど気になっているのか追及された。
そんなに気になるならなかったことにした方がいいのでは? まあいいけど。
「ふつーに、パネルとかこの段ボールの写真でしょ? あと盗聴器の試作品? に、アルバムが、てか小梅って私が中学の時から私のこと好きだったんだね。どっかで会ったことあったっけ?」
「まあ、はい……いえ、朝日先輩が気にしてないならいいんですけど……大したこと、なかったですか?」
一瞬びっくりした顔になってから、そっと腫れ物にさわるかのように質問されてしまった。ちょっと引いてない? 自分の行いを知ったら小梅に対して罵倒するレベルだと思ってたってこと? 自覚しながらしてるの本当に私こそ引くし、私の心が広すぎることに引くのもやめろ。
「引いてるけど。今更でしょ? ここまでの流れで小梅のこと隠せてると思ってるの?」
「いえ、あの、うーん。はい。そう、なんですけど……」
小梅はどこか不可解そうな顔をしてから、じわじわ何故か顔を赤くしていった。なに、その反応。
「……あの、う、嬉しいです」
「? そう。ならよかった」
全く会話の流れが分からないけど、なんか、嬉しいならよかったね?
とりあえず片づけ終わったので床に座ってても仕方ないので、立ち上がって小梅のベッドに座る。小梅は恥ずかしそうにしながらついてくる。
「小梅、ちょっと立ってもらっていい?」
「え? はい」
「……うん。可愛いね。似合ってるよ」
小梅は自分で買ったんだし何とも思ってないのかもしれないけど、犬の着ぐるみパジャマがよく似合っている。可愛い。小梅が犬って言うのはこう、それっぽいよね。
不思議そうにしながらも従順にたちあがって見せた小梅に、膝に肘をついてじっくり見てからそう褒めると、小梅はぱっと口もとに両手を当ててぽっとまた頬を染めた。
「! あ、ありがとうございます。ふふ。朝日先輩も実にお似合いで、その。……自分で選んでおいてあれですけど、素敵です」
「ありがと」
かぶってるフードに手をやる。ぺらぺらの猫耳に指先があたる。くにくに揉むようにすると手触りは実にいいけど、やっぱりちょっと、格好を自覚すると恥ずかしい。
「ごめん、立たせて。座りなよ」
「は、はい」
事実上初めて来た部屋なのだけど、まるで自分の部屋かのように言ってしまったな。と思ったけど小梅は特に違和感を感じてないみたいで、文句を言うでもなく恥じらいながらそっと私の隣に座った。
「……」
一分の隙もなくて油断すると押されちゃうくらいの隣に座った小梅は、黙ったままぎゅっと私の腕をとって抱きしめた。その初々しい感じに微笑ましく思いつつ、可愛くて何だか私もテンションが上がってきてしまう。
「この間はすごい積極的だったのに、今日は緊張してるみたいだね?」
「か、からかわないでください。この間だって、その……あんなつもりじゃなくて、ただその、焦ってたと言いますか。だって……わ、私だって初めてだったんですから」
それにしたらずいぶん、まあ、とにかく。今日は私も心の準備してきたし、前みたいに一方的にしてもらうだけじゃなくて、小梅にも楽しんでもらわないとね。
恋人って言うお互いさまな関係になったんだから、してもらうだけじゃ駄目だよね。その方が小梅も私がちゃんと本気で小梅の事好きだってわかってくれるだろうし。
今日は私から積極的にいかなきゃ!
「可愛いね、小梅」
「朝日先輩……」
「目、閉じてくれる?」
「は、はい」
素直に目を閉じた小梅はちょっとぷるぷるしていて、実に可愛らしい。私は小梅の頬に手をあててそっとキスをする。
唇をあわせたまま小梅がかぶっていたフードを撫で、犬耳を揉みながらそっとフードを外させる。
キスを一度やめて顔をはなすと、小梅は真っ赤になりながら期待した顔で私を見ている。流れから今日は私がするとわかっているのだろう。こう何も言わずに察して待っていてくれている感じ、可愛くてきゅんとしてきた。
そっとその目が潤んでいるのから目をそらせないまま、首元のチャックに手をかけた。
○
なんというか、やっぱり相手が違うと全然違うよね。どっちがより気持ちいいかとかそう言うんじゃなくて、種類が違うって言うか。陽子は息つく間もない激しいロックで、小梅はじっくり楽しむバラードって言うか。何言ってるんだ私は。これが賢者タイムか。
昨日と違って声や物音を抑える必要もないので、誰に遠慮することなくのびのび楽しんだし、よかった。よかったけど、疲れた……。
「はぁ……」
よく考えなくても、昨日と今日で連戦は疲れた。まあこれで一応平等だし、二人とも落ち着くだろう。
「うふふ、疲れましたか?」
「ん、まあ。小梅はどうだった?」
「えっと、その……その、すごく、よかったです」
反応でわかってはいたけど、ちゃんと言葉で確認してみたかったのでそう尋ねると、小梅は掛布団を鼻先まで引き上げながらそう恥ずかしそうに言った。可愛い。頑張った甲斐があると言うものだ。
「よかった。喜んでもらえて嬉しいよ。私もすごく気持ちよかったよ」
「はい……」
うんうん。満足してくれたみたいでよかったよかった。よーし。この土日は頑張ったし、明日からゆっくりするぞ。しばらくは付き合いたてらしい清い関係でいよう。
ぶぶぶぶ。とスマホが振動している。明日の朝起きる為に事前に出してベッドサイドに出していたので手をのばし、通話だったのですぐに出る。
「はいもしもし」
『あ、おねえ、今大丈夫?』
陽子だった。うん? あ、そうか。小梅は隣にいるのか。もうすっかり小梅から夜に電話がかかってくると思って確認せずに出てしまったけど、そんな訳なかった。
「大丈夫っていうか、どうしたの?」
『……だって、昨日おねえ、このくらいの時間に小梅さんと電話してたし』
「そうだけど」
『駄目なら、いいけど』
「いや、駄目……ってことはないけど。陽子、もう寝る時間じゃない?」
ちらっと小梅を見て、ちょっと眉を寄せてたけど口を挟む感じではないので頭を一撫でしてから視線をはずし、そのまま陽子に質問する。
『ちょっとくらい大丈夫。それよりさ……今日、小梅さんのとこに泊まったわけじゃん?』
「お、おお。そうだな」
それ、確認する必要ある? さすがにこの状態で気まずいんだけど。
『あ、明日は……私だよね? って、あの、一応確認って言うか』
「え?」
え? いや、え? そんな毎日の話なの?
「えっと」
「あ、朝日先輩っ。だったら明後日はまた、泊まりに来てほしいです!」
……え?
通話音量は大きいままにしていたし、真横にいたのだから小梅に聞こえてると思っていたけど、まさか入ってくるとは。多分陽子にも聞こえただろう。これは、この場で結論を出すのはまずい。
「とりあえず明日のことはまた明日ね。ほら、もしかして明日凄い疲れてるかもだし。じゃ、明日も学校だし寝ようか」
『えー!? なにそれ、まだ五分も話してないじゃん。ずるい! ちゃんと恋人みたいな電話してよ!』
「わかったわかった。陽子、可愛いね、好きだよ。おやすみ」
『……ん。うー。おやすみ』
ふぅ。
……いや、いやってわけじゃないんだ。世の中には、限度ってあるよね?
「……すみません。私、その、なんていうか……無理してほしいわけじゃないんですけど、つい。陽子ちゃんが素直にお願いしてるのをみると、対抗しちゃうと言いますか」
めちゃくちゃ強引に話を切ったからか、私があんまりその気がないとさすがにわかったみたいで小梅はかけ布団から手を出してそっと私の手に手を重ねつつ、遠慮がちにしながら謝ってきた。
そう言う風に言われると、さすがに隣に寝転がったままと言うのは私が無精で無神経すぎたって言うか、昨日は普通にちょっと距離とって背中向けたりしてたのに。
うーん、とは言え、じゃあ泊まりにくるよとは。だって、泊まるのって結構疲れるし。自分の家じゃないんだから、そりゃあ、気をつかうでしょ。例えば家だったら鼻かんだティッシュを投げ捨てることもあるけど、小梅の家ではそうもいかないし。
「……」
「あの……泊まりに来て貰えたらもちろん嬉しいですけど、その、全然、しなくてゆっくりとかでもいいですし」
めんどうくさい。それは間違いないわけで、でもこんな風に、健気に微笑みかけられて何にも思わないなら恋人にはならないわけで。ていうか今、腕を出して掛布団がさがったし、ちょっとチャックあがり切ってないから胸元も見えるわけで。
「……目、閉じて」
私はスマホをベッドサイドに滑らせて、小梅にそっとキスをした。
疲れてるしめんどくさいけど、きっと明日もこうして、陽子にも応えてしまうんだろうな。そんな予感があって、すごいめんどくさい選択をしてしまったと思う。多分一番面倒くさい選択だったかもしれない。それでも、きっと、この選択を後悔することはないんだろう。そんな確信があった。
こうして、私はめちゃくちゃ面倒くさいけど、きっと世界一幸せな日々を送るのだった。
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