第34話 小梅のお家
「ねぇ、パネルはどうしたの?」
小梅の家に迎え入れられた私は、とりあえず荷物を、と言うことで小梅の部屋に入れてもらったけれど、部屋の雰囲気は一変していた。まあ私を招く為に私であふれた部屋のままだったら引くけど、でもその後に先日通された居間の方にもなにもなかった。
写真やポスターならまだしも、あの大きなパネルがどこに? とさすがに不思議がすぎたので私はソファに座って小梅が持ってきてくれたお茶を飲みながらそう素直に小梅に尋ねた。
「え? ぱ、パネルってなんですか?」
隣に座った小梅はあからさまに動揺して目をそらしながら誤魔化そうとしている。色々と小細工をするのが好きなようだけど、直球でせめられると途端に嘘が下手だよね。そう言うところが憎めないし、可愛いと思うけど。
「私の等身大パネルだよ。この間来た時、トイレと間違って部屋開けちゃったから。あ、一瞬しか見てないよ? ごめんね。でもまあ、一瞬でも私の等身大パネルくらいは覚えちゃったよね」
「……な、なにも言わないんですね。引いたりとかしませんでした?」
「ドン引きだよ? 普通に引くよね? まあ、でもそれが小梅なんだししょうがないでしょ」
「先輩……あ、ありがとうございます」
「ん? うん」
不安そうだった小梅は私の言葉にホッとしたようにお礼を言ってきたけど、別にお礼を言うところではなくない? 普通に引いてはいるんだし。
「それで小梅、パネルどうしたの? 折角だし見たいんだけど」
「えっと……クローゼットに片づけたので、その、あ、あとででいいですか?」
「あー、そうなんだ、出すの面倒だったらいいよ。ちょっと思っただけだし。今日の目的は、まあ、あれだし」
「あ、は、はい……」
私の言葉に小梅はかーっと赤くなってこくりと頷いていて、なんだかとても可愛らしくて、照れくさくなってしまう。
目的、とかって言ってしまうと、こう、やりにきたって言うとなんかすごい、駄目人間な気がしてきた。言ってまだお昼過ぎだ。泊まるんだからゆっくり過ごして、夜でいいでしょ。うん、さすがに今はね。話を変えよう。
「えっと、そう言えば寝間着は借してくれるってことだけど、今思ったらサイズあうかな?」
陽子に比べたら大きいとは言っても、小梅自身は小柄な女の子だ。私は大女と言う訳じゃないけど、平均よりは高いし、普通に一回りくらい違う。まあ一日のことだし、最悪シャツだけでもいいか。下着は自前があるんだし、そういうことするならズボンなしでもいいかもだし。
「あ、大丈夫ですよ、ちゃんと買っておきました」
「ん、え? か、買ったの? わざわざ?」
「はい。一回ならともかく、頻繁に泊まっていただくならちゃんとしたのが必要ですし」
頻繁に泊まる前提? いや、まあ、すぐ別れる予定はないし、月に一回とかでもまあ、いるか。なんか悪いなぁ。まああんなしっかりした録音機を用意しちゃうくらいだし、お金余ってそうだけど、私が着る服を買ってもらうのは申し訳ないと言うか。
「そっか。ありがと。ちなみにどんなの?」
お金を払うよ、とストレートに言っても小梅も気を遣うだろうし、そのくらいの値段の物を返すってことにした方がいいかな? と思って尋ねると、小梅は楽しそうに笑う。
「はいっ、先輩に絶対お似合いのパジャマを用意しました! 今持ってきますね」
え、やだなぁ。何かその言い方、急に不安になってきた。
小梅はすっと立ち上がって部屋に向かう。まあ、ほがらかに見せてくれようとしてくれてるんだから、えっちなやつではないだろうけど。私に似合うパジャマってなに? パジャマに似合う似合わないってある?
「これです! えへへ、実は私とお揃いなんです」
笑顔で戻ってきて、じゃーんとばかりに顔の前で肩口をつかんでみせてくれたパジャマは、上下セットになっている一体型の、アニマルふわふわ着ぐるみパジャマだった。腰あたりに肉球マークがついていて、尻尾もついていて、まあ可愛いは可愛い。
えぇ。これ子供とかが着るやつじゃないの? いやサイズかなり大きいし、私でも余裕だろうけど。
「先輩は猫ちゃんで、私は犬にしました」
私だけ猫ちゃん呼びするのだいぶ恥ずかしいのだけど。とりあえず、小梅が私に着せたい趣味百パーセントだったみたいなので、お金は払わなくてもいいかな?
「朝日先輩って優しいですけど、ちょっと気まぐれで、連れないところもありますし、そういうところ、ちょっと猫ちゃんっぽいなって思ってました。それに、その……これ、前のチャックを上げ下げするだけで脱げますので、その、いいかなって」
そう言う用途でもあるんかい。いやもう、いいけど。可愛すぎるし私に似合うと思わないけど、どうせ小梅しか見ないんだ。買ってきたものを返してもらう訳にもいかないし、いいか。季節的にもちょうど温かそうだし。
「可愛いね。いいと思うよ」
「! 気に入ってもらえて嬉しいです!」
可愛いとは思うし、まあ小梅には似合うんじゃないかな。犬バージョン見てないけど。
「じゃあ、夜はそれを着させてもらうね。ありがとう」
「はい!」
私の言葉に小梅は満面の笑みでくるくるとその場で回って喜んでから、着ぐるみパジャマを部屋に置きに行った。まあ、小梅が喜んでくれるならいいだろう。
「……はぁ」
疲れた。人の家だと気を遣うし、昨日ばたばたしたし、疲れた。
私はソファに寝転んで力を抜く。小梅いわくこれからも頻繁に来るんなら、いちいち緊張していられない。そもそもお泊りして夜はするとして、昼間は特に何も決めていない。これから何しよう。
「お待たせしま、あ、膝枕します!」
「え? ああ、ありがと」
戻ってきた小梅は何とも元気にそう提案してくれた。陽子と言い、小梅と言い、二人とも昨日の今日で元気だよね。
……ていうか、二人は私しかいないけど、私は二人を相手するんだから二人分疲れるのか。それを考えると、安易に二人とも選んだのってちょっと失敗なのでは。うーん、でもなぁ。
一回上体をおこして小梅を座らせ、膝枕をしてもらい、ご機嫌な小梅に頭を撫でられながらその顔を見上げる。
「んふふ」
「……ありがと」
この何とも言えず、幸せそうな小梅の顔。これを他の誰かにあげるのは、やっぱちょっと嫌なんだよね。陽子も結局そうだし、二人とも了承してくれた以上、私が嫌な思いをしないためには二人分頑張るのは仕方ない、よね。
「膝枕、気持ちいいよ」
「ふふ。お疲れですか? だったらお昼寝してくださってもいいですよ」
「え、でも一応お詫び? って言うか、そう言う感じでお泊りにきてるのに」
「お気持ちは嬉しいですけど、私はとしては朝日先輩と一緒にいられるだけで幸せですから。そう言う愛情表現も、もちろん、その、したいですけど」
照れたようにはにかみながらも小梅はそう優しい声音で、なんとも嬉しいことを言ってくれる。
「でも、朝日先輩のお気持ちが一番ですから。二人いるから義務とかではなく、朝日先輩がしたいって思ってもらえて、ですね。その。えっと……つまり、先輩が恋人として、先輩の意志で一緒にいてくださるのが、一番嬉しいです」
「……」
寝てる場合じゃない。小梅が可愛すぎて、どきっとしたし、眠気とか吹き飛んだ。こんなに健気で可愛いことを言ってくれる小梅を放置していられない。
いや、そのうちするのかもしれないけど、昨日恋人になったばかりなのだ。私だってまだ、小梅を前にしてちょっと浮かれるきもちだってあるのだ。
私はさっと起き上がって座りなおし、小梅の頭を撫でる。
「先輩……? えっと、どうかしました?」
「ん」
寝ていい、と言ったのに起き上がった私に不思議そうな顔をする小梅に、そのまま撫でた手を下して肩を組んで引き寄せ、ちゅっと軽くキスをする。
「可愛いね、好きだよ」
「ん……先輩。嬉しいです。もう一回、してくれますか?」
「うん」
ちゅ、ちゅ、と二回キスをする。小梅となら急に激しくなる心配をすることなくキスができる。
て、あんまり比較しちゃ駄目かな。まあ陽子のああ言う過激にぐいぐいくるのも、呆れるけど嫌いじゃないけどさ。そんだけ私が好きなわけだし。
でも小梅のこれはこれで、可愛らしくて、恋人になりたてっぽいって言うか、じんわり嬉しくて、いいよね。
「お泊りって言いだしたのはちょっと、義務感あるけど、小梅のこと好きなのは本当だよ。だから平等にしたいって思ってる。それに、今キスしたのは、したかったからだよ。ありがと、恋人になってくれて」
「朝日先輩……私こそ、嬉しいです」
可愛い小梅とちょっといちゃいちゃした。こういうのんびりしたいちゃいちゃはいいね。そんな疲れないし。
そうしてしばらくして、合間合間に口をつけていた私のコップが空になったのを見て小梅はおかわりと一緒に持ってきてくれた。三時のおやつだ。美味しい。
「そう言えばこうちゃんだけどさ」
「えっ、は、はい。なんでしょう」
「中身を入れかえてデータ回収すると思うんだけど、いつするの? 電源結構持つんだよね?」
「はい。一週間くらい持ちますけど、あ、昨日消したって言うのはどのくらい消したんでしょう?」
「あ、うん。その、よくわからないからとりあえずその時点である分全部消しちゃったんだ。だから寝る時から今までしかないんだ。操作方法教えてもらってもいい?」
「そうなんですね、わかりました。説明がないから難しいですよね。念のため説明書も持ってきます」
お菓子食べながら操作説明を教えてもらった。
それからトイレに行ってる間に小梅がパネルを出してくれたと言うので自分の等身大パネルと自撮りしたり、晩御飯について話し合って一緒に作ることにしたり、小梅の家だからこそのデートと言うか、小梅の家らしい楽しみを満喫した。
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