File.R: Return of the Viper
Report.31: 天使の隣で尋問される
<Volume://ab.introitus.ad.graduale/file.r/report.31>
その日、基地は騒然となった。
問題を乗せた一機の固定翼ヘリが帰還する。
屋上で待つのは数名の守衛部隊員と、防衛部隊隊長カール・DF.ハロルド司令官。
屋内へ続く出口には衛生班主任エドワードDr.ノーマンの姿もある。
降り立ったヘリから最初に姿を現したのは整備部主任テキーラ・ラグナ嬢。彼女はハロルドに頷くと、その場で機内にいる人物たちを先に促した。
武装した緋と黒の青年が二人、まず屋上に降り立ちハロルド司令官に敬礼する。ハロルドは二人に頷き、続いて現れた人物に彼は目を見張った。
それは一見、小柄な少女だった。
輝くような金色の髪が、彼女の動きに合わせてふわりと揺れる。
着用しているのは絹光沢を湛える
スラリとした脚には若緑の編み込み模様が筋となり、服を飾る装飾はすべて
ハロルドの眼前に少女が立つ。
微笑む少女に彼の喉がゴクリと鳴る。
揺るぎない瞳に漢は怯みかけた。
見る者を魅了するハニーゴールド。
人類が恒星間航行技術を確立して40年。
地球外知的生命体『天使』の存在が、ここに確認された。
* * *
「ようこそ。エデン調査隊司令室へ———アズリィル殿」
司令室の中央に鎮座する装置の手前。
居並ぶ探査隊の重役たち。
会談はヴィルヘルム・C.ガスパール総隊長の歓迎の言葉で始まった。
しかし歓迎の台詞も束の間、司令室はピリリとした空気を纏う。
無理も無い。『ようこそ』とは言うものの、歓迎された当の少女は正体を隠して初日から、実に19日間もの間 潜伏している———もし彼女に悪意があったならゾッとしない状況だ。
誰かがごくりと固唾を飲んだ音がした所で、ふっとガスパールの口元が緩む。
「と、言っても先日すでに来ていたか。いやぁ何だか娘が大きくなったみたいでお父さんより好い漢じゃないと認めないぞ」
そんな彼の台詞で司令室の緊張が一気に抜けてしまう。八の字に下がったガスパールの眉に対して、探査隊副隊長ルネ・VC.クローディアの眼鏡がカチャリと光った。
「総隊長」
「冗談くらい言わせてくれ。私もかなり混乱しているんだ」
気不味げに眉を寄せるガスパール。そこにノーマンからも小言が飛んでいく。
「だとしても今じゃないと思うよガスパー」
「君こそ部下の前だけど良いのかい」
「ソウダッタ」
———うん。総隊長たちも混乱してるのは伝わったかな。
目の前で繰り広げられた漫才じみた遣り取りで現実逃避がしたくなる。司令室の奥には斜めに取り付けられた大きな窓が嵌っていた筈だけど、今はマーブル模様が揺らめく銀幕———『シークレット・カーテン』が下りて見えなくなっていた。これじゃあ現実逃避すらできない。初日にここへ訪れた時は、あの窓から第四惑星特有の少し紫がかった空が見えていたのになぁ……。
「この会談は一旦『クローズド』で行われます」
進行役のクローディアのキリッと冷えた声が現実に引き戻す。彼女の目は司令室中央に置かれた臨時被告席に座る者に向けられた。
「情報を開示するかどうかは終わった後で判断されます———よろしいですね」
「問題無い」
隣のアズリィルが頷いた。
そう———『隣』。
アズリィルの座る臨時被告席には、僕の分も用意されていたのである。
奥に広い造りの司令室だけど、立体投影機のせいで僕とアズリィルが今座っているこの場所が実質この部屋の中央だ。
居並ぶ隊長たちや今回大樹遺跡に一緒に入った面々からの視線が痛い。いやプラシオたちは投影機のある辺り両サイド壁際に並んで座っているから総隊長たちよりは遠い所に居るんだけれども。凄く居心地が悪いよコレ。居た堪れないよコレ。
しかもどう言う訳か———
チラッ
僕はアズリィルを挟んだ位置にいる人物を盗み見た。
「・・・・・・」
その位置には、遺跡の天窓を破って降って来た張本人———探査隊第二陣の考古学者、カニーニャ・ミルクが無表情で座っていた。
遺跡で顔を合わせてから、ヘリでの移動、更にこの司令室に至るまで。彼女の表情は全く変わらなかった。全然感情が読めない。こんな状況でこの落ち着き様である。彼女ほんとに僕と同い歳?
いや僕の他にも落ち着きが無いように見えるヒトが見える。デュモンだ。さっきからチラチラとこっちを見てるのに視線が全く合わない。よく見たらエピードまで同じ感じなのどう言う事なんだ。
今この司令室にはガスパール総隊長を始め、この前のVR会議の時に見た探査隊の偉いヒトたちが集まっていた。ただ調査部と護衛部からはそれぞれの主任ではなく副主任の二人———バーボン・デンドリックとピルスナー・アイリスの二人が出席している。本来はバルネス・RL.ジョゼフとクロス・GL.ウィリアムの二人がいるべきなのだが、現在その二人は外部調査に出払っている為の代理だった。ちなみにそのチームにはマリオンもいる筈である。
そういやこのミルクってヒトの身長、さっき並んだ感じだと、マリオンと大体同じくらいだったかなぁ。総隊長たちに向かって右から僕、アズリィル、ミルクの並び順で座ってて、大きくなったとは言えアズリィルはまだ子供に見える体格をしていた。座高も相応に低くなっている訳で———
「つまりコレが噂に聞く『オトウサン娘さんを僕にください状態』」
———聞こえてるぞコラ覚えてろっ。
プラシオの一言で数名吹き出し、彼の対角に座るサルドの眼鏡が白くなった。今にもドス黒いオーラが見えそうな雰囲気だ。プラシオが背筋を伸ばしてジラソルやデュモンの影になり見えなくなる。クローディアから「静粛に」との注意が飛んだ。ラグナに至ってはアレ、ツボってるんじゃないだろうか。肩震えてるじゃんか。全くプラシオの奴、こんな状況でよくあんな冗談が言えるなぁ。そもそも女の子二人もいるんだからそれは無いだろっ。
クローディアの溜息がやけに大きく響いた。
「シュトゥルム隊員」
そこでハッと副隊長のいる左手側の司会進行者台へ顔を上げた。そこから彼女の視線を追いかけて、立体投影機の向こうに小柄な人影を見つける。決意を固めた日以来久しぶりに見る、医療班主任ノーマンの助手———シュトゥルム・ラドンの姿だった。
僕と目が合って照れ臭そうに笑ったラドンがモニターを操作する。すると中央の装置から複数枚のエア・スクリーンが飛び出した。
映像はさっき僕らが体験した出来事そのものだった。遺跡を発見した辺りから始まっている。先頭を行く二人分の視点。ジラソルの背中を追いつつヴァージニアを気にかける視点———護衛班のヒトたちの視点のようだった。任務中に装着してるゴーグルの映像、こんな風に記録してたのか。聞いてはいたけど実際の記録映像を観るのは初めてだ。
そんな護衛班の視点を映す筈のスクリーンなのに、二枚だけ誰の視点でも無い物があった。
片方はアズリィルを追いかける低い視点———シリカノイド・ドローンの視点らしかった。
そしてもう片方。こっちは外側から遺跡を歩く僕らが映ってる。位置的に大樹の幹同士の隙間から遺跡の中を覗いてる、のか? 一瞬こっちを向く僕の姿がバッチリ映った。
その後も石の冠や装飾品の隙間から僕らを映す映像。
水中に落ちた僕らを追いかけて潜る映像。
水が引いて
あ。何か随分速いと思ったら、画面の右下に『1.75x』って書かれてるや。
戦闘が始まってスクリーンが増える。
ついに僕とアズリィルがクローズアップされた。
背負子に立ち上がって手を伸ばす小さな人影。
樹懶の背中に噛みついて引きちぎろうとする
映像の幼女が腕を振る。
そこで僕は『あれっ?』と息を呑んだ。
あの時確かに『供物』を仕留めた筈の光の羽が映ってない。
僕が抱える幼女の背中はもちろん。
その後大きくなったアズリィルの背中にも。
映っているのは怪物になった樹雷の巨体と、浮遊する瓦礫、何処からともなく巨体を貫いた稲光———光の羽や光輪、瓦礫と重なるように出ていたハニカム模様も、魔法陣さえも映っていない。
さらには最後、上から降って来たミルクの背にも当然、何も無い。
———本当に映らないんだな……。
遺跡でサルドが言ってたけど、本当に魔法関連は映像に残らないみたいだ。これじゃあ映像記録から検証するなんてお手上げだ。ひょっとしたらVFXで作れるのかもしれないけど、それじゃあ映像作品だ。記録とは呼べなくなってしまう。
記録に残らない『ドローンの幻覚』。
まさに———まぼろし。
「じゃあさっきの出来事がおさらい出来た所で———えー・・・調査部第四班スコッチ・レッド隊員」
ハロルド防衛部隊長に名前を呼ばれ、反射的に背筋が伸びた。
初日に会った時の気さくな感じが消えた防衛部隊隊長。椅子に座り、エア・モニターに目を落としたままでも圧倒される彼の体格は、まるで大型の猛獣を相手にしているようだ。光の加減によって
「隣の天使殿について、未報告の情報を報告しろ」
「はいッ」
僕は話した。
電空で正体を明かされた事。
手違いで僕の所に現れたらしい事。
助けて欲しいと言われた事。
そして『正義の天秤』と『供物』の事も。
「やはり例の怪物の話に繋がる、か・・・」
後ろからルーク守衛部長の溜息が聞こえてくる。聞こえてしまった嘆息に、僕は落ち着かなくなって思わず
「その『正義の天秤』とやらを安定させると言ったが、具体的にどうするんだ」
「それは———」
「カール防衛隊長殿」
次の質問に答えるべく口を開きかけた所で、ノーマンの何時に無く厳しい声が落ちた。
「それ以上スコッチ君を詰めるのは感心しないね。天使との遣り取りに関してはもう充分だろう。その先の『天秤』やら『供物』やら———怪物に関する事柄については、彼の隣の自称天使殿に喋らせるべきだ」
「あんだと?」
さっき僕がチラと考えた猛獣のような緋い目がノーマンを睨む。あまりの迫力に僕は息が止まった。直接向けられた訳じゃない筈なのに、だ。向けられた方のノーマンも怯む所か逆に睨み返す。何時もの胡散臭さも抜けた感じも何処にも無い。
「こいつは探査隊全体の防衛に関する事項だ。いくら衛生班の長でも外野の出る幕じゃねぇ。引っ込んでて貰おうか」
「個体調整用ポッド所有の有無を除いて、シリカノイドとヒューマノイドを区別する唯一にして絶対の違いは『嘘が言えない事』だ」
「何だ急に」
ノーマンの話の切り出し方に、ハロルドが麺を食らったように若干身を引いた。その眉間に皺が寄る。
「今さらそんな当たり前な———だからこいつに聞いてんだろ。何せ絶対に虚偽証言が出ない」
「確かに彼から聞けば見聞きした全てを正直に話してくれるだろうさ。けれどそれには抜け道がある。天使がそう話すよう誘導していたら、どんな事でも
ハロルド隊長がぐぬと押し黙った。
「カール。この状況ではエドワード殿の言い分が正しい。人権侵害スレスレだぞ今の発言は」
成り行きを静観していたガスパールが口を開き、諭す。キッと睨んだハロルドだったが、ガスパール総隊長の困ったような微笑みを見た途端に眉間から皺が消えていった。そして開いた口を閉じ、がっくりと肩を落とす。大きな体が小さくなって見えた。
「・・・悪かった。俺も冷静さを失っているようだ」
僕に向かって頭を下げたハロルドはその後「ああぁぁぁもう!」と頭を掻き毟った。極め付けに己の両頬をパンパンと叩く。その様子にガスパールの微笑みが深くなった。
笑う気配は後ろからもあった。
「先走ったなカール司令」
「そうは言うがな、タレットさん。一歩違ってたら俺は今回、この天使を炙り出したそこの二人を処分にしなきゃならん所だったんだぞ。部下の命が懸かってるっつーのによォ———焦るなっつー方が無理あらぁ」
両膝に肘を付いて手を揉むハロルド。目線が僕より後ろへ流れていた。
「アンタ、ちょっと情に厚すぎやしないかね。時に無情にもなれなきゃならん
「そこがカール殿の好い所だ」
ウンウンと頷くガスパール。
「総隊長殿も他人事ではないでしょう」
後ろからの声が今度は呆れの色を帯びた。
「エドワード殿のような一介の医者の言葉を信用しすぎだ———いくら既知とはいえ贔屓が過ぎるようなら口出ししますよ」
タレットの一声で、押し上げられたクローディアの眼鏡がカチャリと光る。ガスパールの表情が困り気味に変化した。
「贔屓か……。そんな心算は無かったが、そう見えたかね」
「ええ。今回の件だって、エドワード殿の助言による物が発端だったでしょう?普通はこんな与太話、バッサリ切り捨ててしまいます。なにゆえ彼の話を信ずるに至ったのですか」
視界の奥でデュモンが俯くのが見えた。
「何、簡単だ。事シリカノイドに関する事ならエドワード殿の発言は誰よりも信ずるに値するのさ———何たって彼らの生みの親なんだからね」
総隊長のドヤ顔発言に目を丸めたハロルド司令官が、がばっと音を立ててノーマンを凝視した。背中からも同じ音が聞こえたのでルーク守衛隊長も同じように動いたのだろう。いや二人だけじゃない。僕も、いや、この部屋にいるほぼ全ての視線がノーマンに集まった———ガスパールが明かした事は、それ程の衝撃があった。
シリカノイド製造技術に携わった開発者の名前は、全てのシリカノイドが一度は目を通すものだ。僕ももちろん見た。『血縁』という概念が無い僕らにとって、『シリカノイドの開発者』は自分の
けれどそんな名簿の中に、ノーマンの名前を見た覚えは無かった。データは顔写真付きだ。同姓同名の別人だろうと間違えるとは考えられない。いやもしかすると撮影するのに身なりを整えた姿だったのかも———あー駄目だ。目の前のノーマンが胡散臭くて想像できない。
そんな僕らの畏敬の念を集めた当の本人は、まるで嫌そうに「あのなあ」と深く息を吐いた。
「そりゃ語弊だ。俺は元の理論を補完して実用段階に持ってっただけだっつってるだろ。発明者は別の人物だと何度言ったら理解するんだ」
「君がいなかったら実用に至らなかったんだから同じ事じゃないか。最近なんて電空の———」
「おい!」
ノーマンが声を荒げて遮った。クローディアの氷のような鋭い注意も続く。
「総隊長。そのような雑談は会談が終わった後に願います」
「口が滑ったか・・・」
ガスパールは気不味そうに目を逸らし、ノーマンがやれやれと頭を掻いた。あちこち跳ねたアホ毛がさらに乱れる。
「まあ……そう言う訳だ。我々は君の口から直に話が聞きたいんだ。君には此方のつまらない事情に巻き込んでしまうようで済まないが、彼にした話をここで、君の口から話してくれないだろうか———より詳しく、ね」
『より詳しく』———その部分を強調してノーマンは促した。
そこでようやく僕は話の触りの部分しか聞かされていなかった事に気付く。
なんて鈍いんだろう。ひょっとして嫌だ嫌だと否定しながら、実は内心嬉しくて浮き足立っていたんだろうか。
膝の上に置いていた拳をぎゅっと握る。自分がとんだ間抜けに感じた。
「・・・・・・」
アズリィルは沈黙を保っていた。黙ったままの彼女をそっと伺う。その双眸は今は閉じられ、金色は隠されていた。背筋を伸ばして椅子に座り、身動ぎ一つしない様は、整った顔も相俟ってまるでよく出来た等身大の人形のようだ。
沈黙を続ける彼女に目を細めたノーマンが、身を乗り出してさらに言葉を重ねる。
「君に話して貰わなけりゃ、隣の彼の身柄にも関わるんだよ」
「誠に狸よの。その尾はいつ出してくれるのかのう?」
ふ、と幽かな息遣い。緩く弧を描く口元。
「まあ良い。妾の正体が知れた今、ここで時間を浪費するのも悪影響になりかねん」
さらに見つめて、ようやく金色が瞼の下から顕れた。
ゆっくりと立ち上がり———ハロルドの腰が浮きかけるのをガスパールが掌を伸ばして制する———アズリィルはくるりと刎ねるように人差し指を振った。
「あ、わわわわ!?」
途端に聞こえてくるラドンの悲鳴。全員の視線が立体投影機の向こうにいる彼に集まろうとして、失敗した———投影機が映像を映していたスクリーンを消失させてしまったのだ。ラドンが必死にモニターを叩くも、命令を受け付けていないようだ。
何時もの失敗———には見えない。
バチバチと小さなモニターが出ては消える。
———あれ……遺跡で見たモニターと同じだ。
気付いた僕は、今は立ち上がって少し高くなったアズリィルを見上げた。まるで指揮者のように指を振っている。「使える物は使わねばの」との呑気な声に頬が引きつった。このトンデモ天使め。
やがて投影機は、ころころと渦巻く粒子を残して沈黙。
変化を目の当たりにした司令室の面々の反応は、大体これらが組み合わさった物だった。
1:投影機に目を釘付けにして慄く者。
2:唖然とアズリィルと投影機を見比べる者。
3:驚きのあまり椅子から立ち上がった者。
丁度目が合ったプラシオの表情を見て、僕は2だろうかと苦笑いを返す。
アズリィルが腕を下ろした。
「『
エデンの惑星 龍羽 @tatsuba
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