第4話 ガラスの靴(2/3)

「なにしてるのよリエラ! 今夜のオーデションに間に合わないわ! 」

「すみません、すみません」

 ロイテル家の屋敷に戻ったリエラは、性悪令嬢の着付けを手伝っている。

 作業が終わると、自分の住んでいる屋敷の端にある馬小屋に向かった。

 性悪令嬢に虐げられる娘。絵にかいたような、お決まりのシンデレラパターンだ。


 様子を見ていたラルクが、後を追って馬小屋をのぞくと、リエラが馬小屋の隅で泣いている。


(なんてひどい住み家だ、家畜と一緒とは……)

 リエラにひどい仕打をする性悪令嬢に憤るラルクは、馬小屋の外から声をかけた。

「リエラさん」


 突然声をかけられたリエラは、驚いて一瞬周りをみわたしたあと、扉からのぞく顔に気づいて

「ラルクさん! 」


「あのう、入っていいですか」

 リエラは、うつむいて

「こんな、ところですが」


 小屋に入ったラルクが見たのは、汚く悪臭のある小屋の奥のわずかな仕切りの中に、破れたシーツだけ敷かれた傾いたベッド。というか固い台の上に座るリエラだった。


 ここで、寝ているのだろう。横には欠けた茶碗とコップ、ただし屋敷の中で作業するので、メイド服だけは汚れないように天井に吊るし、人間より待遇がいい。


 ラルクは改めて、リエラを虐げている性悪令嬢に虫唾がはしる。ラルクは

 涙をふくリエラに

「箒をお忘れなので」


「わざわざ……ありがとうございます」

 顔を拭いたリエラにラルクが箒を渡すと


「差し出がましいようですが。こんなところ辞めたらどうですか」

「でも、借金があるので」

 やはりそんなことかと思い、強い口調で。

「リエラさん、オーデションに参加しましょう! 」


 弥生姫の提案に乗ったラルクに、リエラは

「こんなみすぼらしい私が参加しても。それに、お嬢様たちの目が」


「大丈夫です、やよい姫がなんとかしてくれます。それに、絶対優勝させてくれます」

「でも……」

 躊躇するリエラだったが、ラルクは無理やり連れ出した。


 骨董店に戻ったラルクに事情を聞いたやよい姫は、拳に力をこめ


「やってやりましょう! あの公爵令嬢をぎゃふんと言わせるのです」

 ラルクもふんふんとうなずくと、弥生姫はさらに


「私は異世界骨董店、この世界にはない技術を持っています。生前の記憶を持って転生し、その進んだ技術で異世界人を翻弄ほんろうする鉄板パターンです。ぜったい楽勝よ」


 訳がわからず怯えるリエラだか、弥生姫に執拗に迫られ小さくうなずくと

「お嬢様たちに、私がわからないように、できませんか」

 弥生姫はフムフムとうなずいて

「まかしといて! 」

 調子のよい弥生姫にリエラは心配だが、気の弱いリエラは断ることはできかった。


 様子を見ていたラルクは弥生姫に

「どうせ、リエラさんが王子と結婚したら、この異世界骨董店を贔屓ひいきにしてもらうつもりでしょ」

 抜け目ない弥生姫は、しらじらしく笑う。


◇オーデション準備


 やよい姫は現代の化粧品を使ってメイクをした。この世界では、ある意味反則技だ。さらに、ドレスも近代ファッションを取り入れている。


「まずは下地にファンデーションをつけて、アイシャドーをぬるの。口紅は、まだ若いから、潤いのある薄い色がいいかしら」

 やよい姫は、リエラにメイクを施すと、見違えるようになる


「うう、さすが現代化粧品、この世界では魔法みたいなものね。髪もウェーブをつけて少しカラーリングしましょう」

 着飾ったリエラは見違える。鏡の前に立つリエラは唖然として


「これが私……」

「うふふ、化粧品もだけど。リエラさんはシンデレラの直系、土台がちがうわよ。性悪令嬢も、メイドのリエラさんとはわからないでしょう」


 こうして、リエラは弥生姫とラルクの強引な勧めで、オーデションに参加することになった。

 王宮の主催なので相応の身分が必要だが、弥生姫はつてをたどって(買収して)オーデションにねじ込んだ。


「さあ、これでリエラが王宮のガラスの靴を履いて、性悪令嬢をぎゃふんと言わせるわよ」

 さらに、ラルクがボーイ姿、弥生姫がメイド姿の従者として追従することにした。


◇オーデション

 王宮で、王子の妃候補を決めるオーデションが始まった。


 これまで、何度か靴をはける女性をさがしたが、貴族たちの中からは出てこない。シンデレラのように下働きの娘の可能性もあり、街角でも履ける女性を探したが、該当する女性はいなかった。


 そこで、最近は靴を履くイベントはなくなっている。ご令嬢に下手に靴を履かせて恥をかかせるわけにいかないからだ。今では、王子と謁見する女性をオーデションする場とともに、お嬢様のお披露目会の様相にもなっている。



 オーディションが始まると、各貴族たちが、着飾った娘をつれてくる。そこに突如、飛び入り参加の女性が入ってきた。


 アイシャドーのきりりとした瞳、淡紅色の唇。白い肌にほんのりと赤い頬。程よくカラーリングされた艶やかな髪。まるで、人形のような女性がしずしずと、歩いてくる。

 まるで、そこにだけ光が輝いているような、他の女性とは桁違いの美しさ。


 審査員の貴族達は、目が釘付けになっている。だけでなく、女性達からも感嘆の声があがっている。


 弥生姫は周りの様子をみながら、横のラルクに

「楽勝ね。でも、靴を履くイベントがなくなったのか。それは、困ったわね」


「そのようですね。なんとか靴を履くよう仕向けなくてはいけませんね」

「まあ、余興にガラスの靴を履きます! と言えばいいのよ。なんとかなるでしょ」

 楽観的な弥生姫にラルクはため息をついた。


 同じころ、性悪令嬢も弥生姫に気が付いた。


「あれは弥生姫、なんでここに。それに、あの娘どこかで見たような……」


 性悪令嬢はオーディション会場に美しい令嬢を連れている弥生姫を、苦々しく睨みながら

「何か企んでいるのかしら。もしかして、あの本物のガラスの靴を持ってきたのでは」呟くと、後ろの従者に振り向き

「カーズ! 準備は大丈夫」


声をかけた先には、黒の執事服に狐目の鋭い瞳、青白い顔色の不気味な男が立っている。この世界に来た魔導師のカーズだつた。


「大丈夫ですよ、お嬢様。私が王宮の侍従長を懐柔し、本物のガラスの靴はすり替えておきました。まずは、お嬢様が履いていただくのです」


「わかったわ。ところで、すり替えたガラスの靴を、他の者に履かれたら偽物とバレてしまうのでは」

すると、カーズはニタリと笑い

「大丈夫です。シンデレラの靴はガラスですよ」


「ガラスの靴………。そうかガラスですよね」

性悪令嬢も気がついたようで、ニタリと笑うと魔導師のカーズも


「すでに、ガラスの靴を履く余興がなくなったので、すり替えても、先に他の者に履かれません。予定通りお嬢様が履いてみせます、と言えばよいのです。さらに、忌々いまいましい弥生姫を落とし込むこともできるかもしれませんよ」

 性悪令嬢もそれに気づいて


「確かに。これで弥生姫をおとしいれ、さらに、王子と結婚して王宮は私のもの………カーズ、そなた、なかなかの悪よのーー」

「いえいえ、お嬢様ほどでは」

 性悪令嬢とカーズは顔を見合わせて、ほくそ笑むと弥生姫に向かった。


 性悪令嬢が弥生姫の前に来ると

「これは、美しいお嬢様ですわね。見ない顔ですが、王宮にゆかりのある方かしら」

 皮肉を込めて尋ねる性悪令嬢に、弥生姫は微笑んで

「もしかしたら、シンデレラの血筋かもしれませんよ」


 余裕の表情の弥生姫に、性悪令嬢は、慎重に弥生姫を見つめ

「あら、どうやって証明なさるの」


 弥生姫は(その質問を待っていた! )とばかりに、にやりと笑い

「ガラスの靴を履けるか試してみてはいかがですか。シンデレラ直系しか履けない靴でしょ」


 性悪令嬢は少し焦った表情で

「シンデレラ王妃のガラスの靴! だれも履ける訳ないわ」

「そうでしょうか。試してみないとわかりません。もしや、ご令嬢は履ける自信がないのですか」


「それは……」


 沈黙する性悪令嬢を見て弥生姫は(まんまと、罠にかかったな)と、ほくそ笑みながら。

「どうされますか。よければ、私のお連れしたお嬢様に履いてもらいますよ」

 そう言われると性悪令嬢も引き下がれない様子で


「わかりました。履きます! 」


 しぶしぶとした表情で承諾する。

一方、余裕の弥生姫は後ろのラルクに小声で

「これで、あの性悪をぎゃふんと言わせられる」

 小躍りしそうな表情で言うが、ラルクは腑に落ちない。


(どうして、あっさり承諾したのだ。性悪令嬢はシンデレラの靴を履けないことを知っている。ならば、履かない方向に話を持っていくべきなのに、それをしない)

 ラルクは嫌な予感がする。


 しばらくして、シンデレラの靴が持ちこまれた。

すると、性悪令嬢は余裕の表情になり

「弥生姫、この前、私が履いてダメだったのでは、といった様子ですわね。実は私、王宮にあるガラスの靴を履くのは初めての挑戦なの。いままで、履いたことがなくて、どうなるかしら」


 わざとらしく、オホホといった表情だ。

 余裕の性悪令嬢に弥生姫は、少し圧倒された。

(なんだ、その余裕は)

 嫌な予感がする。


 出された靴を前に、性悪令嬢が進みでると、靴に足先を滑り込ませる。

 そして……


 靴は見事に性悪公爵令嬢の足に収まった。


「ええ! 」

 弥生姫は固まった。と同時に周りから歓声があがる


「あら! 靴が履けましたわ」

 わざとらしく、恥じらう仕草をする性悪令嬢に、弥生姫は焦りながら。


「そんな、バカな! 私が持っていたもう片方のガラスの靴は、履けなかった。」

 弥生姫が今にも飛び出そうとするが、ラルクが手を掴んで止めた。


 そこに、主催者のカーズに懐柔されている王宮の侍従長が進み出て

「おお! お嬢様にぴったりの靴、あなたこそシンデレラの生まれ変わりです! 」

 高らかに宣言すると、性悪令嬢は

「そうみたいですわね。どうしましょう」

 わざとらしく、恥じらう性悪令嬢は弥生姫をさげすむように見つめ、何とか言ってみろといった表情だ。


 弥生姫は眉間にシワを寄せて、進み出る 

「私の靴は、履けなかったではないか」

「あら、あなたのは、普通のガラスの靴だったのでしょう」

「バカな! 私のは本物だ」


 こうなっては、このガラスの靴を他の女性にも履かせて、誰にでも履ける偽物だと証明しるしかない。


「ならば、その靴を他の人に履かせてみてください」

 弥生姫は食い下がる。

「あら、これが偽物だと言いたいの」


 そう言って王宮侍従長をみると、侍従長は心外だといった表情で

「何を! これが偽物だと! 言いがかりをつける気か」

 怒り心頭の侍従長に


(これは、側近たちもグルだ)

 弥生姫は、こぶしを握っている。

 ここで苦虫を噛み潰したような表情をするのは、性悪令嬢のはずだった。


 一方、勝ち誇った表情の性悪令嬢は

「偽物とおっしゃる弥生姫様、それではそこのご令嬢が履いてみてはいかがですか。わたしとほぼ同じ体格ですから履けますでしょ」


 弥生姫の後ろのラルクが小声で

「あおりに乗ってはいけません! なにか企んでいます」

 弥生姫も感じているが

「でも。ここで引き下がることはできない」

 

 躊躇する弥生姫に、性悪令嬢は

「あら、自信ないのですか。私には履けと言っておいて」

 煽る性悪公爵令嬢に、弥生姫は眉間をよせて考え込む


(何を考えている。偽物なのは間違いない。ここは、あの靴が偽物だと証明しなくてはいけない。それには、ほかの女性が履ければ、だれでも履ける単なる靴ということになる。でも、そんな簡単なことを見逃すだろうか)

 弥生姫は念の為


「ならば、このお嬢様が履けない場合もあります、そのときは他の娘に試してもよいですか」


「ええ、いいですわよ」

 意外にあっさり承諾する性悪令嬢に、弥生姫はそこまで許すのか。その余裕が不気味だ。


 後ろのラルクも訝りながら

「なにかあるに違いありません」小声で言う。

 しかし、これ以上グズグズできない、このままだと性悪令嬢がシンデレラということで押し切られてしまう。


 一方、リエラ本人は

「もう、いいです。私が本物のガラスの靴を履けるはず、ありませんので」

 怖気付いて帰りたいようだが、侍従長にもにらまれ、弥生姫は引き下がるわけにいかない。

「すみませんが、とりあえず履いてください。だめなら、他の女性に試してもらいます」


 弥生姫になだめられ、リエラは前にでて、ガラスの靴を前にする。偽物に間違いないが、とりあえずは履けるか試してみなくてはいけない。

 

 リエラが恐る恐る足を靴に入れようとすると、靴に鈍い光が……

気づいた、ラルクが

「履いてはいけません! 」


ラルクが飛び出したが間に合わず。リエラが靴に足を入れた瞬間、かかとのヒールが折れ、靴の側面が四散する。


「ガラスの靴が割れた! 」

 場内が凍り付く。


「なんで! そんな、簡単に割れるはずはない! 」

 弥生姫が真っ青な表情で叫ぶ


 そこに、侍従長が飛び出して真っ青の表情で

「なんたること、国宝ともいうべき、シンデレラ王妃の靴を壊すとは! 」

 こうなっては、偽物かの証明もできない。さらに、国宝の靴を壊したとなれば


「こやつらを、ひっ捕えよ!」

「ええ!」

 弥生姫と、リエラが捉えられた。高みの見物の性悪令嬢は


「ガラスの靴ですから、割れることもありますわよね。ちゃんと丁寧に掃かないと」

 白々しく弥生姫たちに追い打ちをかけ、笑顔で見下している。

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やよい姫の異世界骨董店 @UMI_DAICH_KAZE

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