第4話 ガラスの靴 (1/3)
レンガと石畳の道、中世ヨーロッパを思わせる街並みの異世界、その路地に弥生姫が小さなアンティークショップを開いていた。
◇
出張販売に出かけていた弥生姫が、長い髪を振り乱しプンスカと怒って店に帰ってきた。
「あのロイテル公爵家の令嬢、絶対に悪役、悪徳、悪玉だわ! 」
「どうしたのです」
店番をしていたラルクが、頭から湯気を出しそうな弥生姫を仰ぎ見ると、弥生姫はおもむろに鞄から、片方だけのハイヒールのガラスの靴を取り出した。
「おおー! これは世に名高い、シンデレラのガラスの靴ではないのですか」
「そうだけど、この靴。ロイテル公爵家のクソ令嬢が(以降、性悪令嬢と称します)、偽物のレプリカだって言うのよ。わざわざ、出張して持って行ったのに」
ラルクは靴を眺めながら
「まあ、なぜかは想像つきます。履けなかったのでしょ」
弥生姫は、肩を落として頷く。
「ところで、なぜ公爵令嬢がこの靴を所望されたのです」
「あの性悪令嬢。今度王宮で開催される、お妃候補のオーデションに参加するので、私がシンデレラの靴の片方を持っていると、どこからか聞きつけて靴を買いたいらしいの」
「ほほーう、それで。あわよくば王子様と結婚したいと」
「そうみたい」
ラルクは、靴を食入るように眺めながら
「でも、本物なのですかぁー。そもそも、シンデレラのガラスの靴なんてあるのですか」
猜疑心丸出しで言うと、弥生姫は一瞬言葉に詰まったあと
「ラルクもこれが偽物と疑うの。シンデレラのガラスの靴に違いないわ、だって物語になっているし」
「物語だから、想像のアイテムではないですか。そもそも、どうやって入手したのです」
「シンデレは片方の靴を王宮の階段に落としたけれど、もう片方はそのまま履いて帰ったでしょ。だから、関係先を探したの」
「へえー、そこに目をつけましたか。でも、シンデレラに出し抜かれた継母の子孫のロイテル家には無いでしょうから、よく探しあてましたね」
「そう、苦労したのよ。というか、以前から気になっていたから、この世界に来るたびに、傍らで探していて偶然見つかったと言った方がいいかな。売ってくれた人も、倉庫の隅にある
弥生姫は、腰のあたりまである艶やかな髪を少したくし上げ、スレンダーな体をひねって、横の鏡を見ながら少しポーズをとる。
ラルクは、ため息をついて
「でも、このガラスの靴、確かにきれいですが、シンデレラが履いてこそ意味があるのでは。いまさら、だれが履いても、たとえ履けたとしても、王子様と結婚できるわけないし」
「それが、そうでもないのよね。今の王はこの国の大権現ともいえるシンデレラに可愛がられた曾孫で、王宮に残されている片方のガラスの靴を履ける女性がいたら、シンデレラの生まれ変わり、転生、転移、憑依、降臨だとして、王子の嫁にするとまで言っているのよ」
「でも、大勢集まれば、そのうち靴のサイズにあう女性が出てくるのではないですか」
ラルクの疑問に、弥生姫はもっともだと、うなずきながら
「そのとおり。あの物語でもシンデレラの靴のサイズに合う女性って、絶対、他にもいると思うの。シンデレラが、他の女性より巨漢だったり、小柄だったりしないでしょ。みたところサイズは24.5だし、わたしと同じよ。でもね……」
そう言って、靴を地面において履こうとしても、足が入らない
ためしに、足の小さいラルクが履こうとしても、何故か入らない。
「まるで、結界魔法がかかっているようだ」
「でしょー」
「確かに、サイズだけなら他にも合う女性がいるはずだ。それが履けないということは」
弥生姫はニタリと笑いながら
「クックック、やはりこの靴は本物なのですよ。シンデレラしか履けない靴。そうでないと、ラルクみたいなことを言って、シンデレラ物語のロジックは
「ところで、そのロイテル家の御令嬢は、履けないと知ってどうするつもりでしょう」
「それが不気味なのよ。あの性悪令嬢は、どうやらシンデレラをいじめていた継母の家系。かつてガラスの靴をシンデレラに履かれたときの屈辱をはらそうと、
「それで、もう片方の靴を探して、履けるか探ろうとしたのですね。履けないとなると、なんらかの手を打つかもしれませんね」
弥生姫はため息をついて頷いたあと
「まあ、ガラスの靴トライアルの茶番に付き合う気はないし、性悪令嬢が何しょうと、どうでいいけど」
ラルクはあきれて
「だとしたら、この靴どうするのですか。だれにも履けないなら。飾りにしかならないではないですか」
「………うっ、そうだった」
今になって気づいた弥生姫は頭をかかえ
「まあ、きれいな靴だし置いておきましょう」
うなだれた弥生姫は、ガラスの靴は忘れることにした。
その時、扉があき、今日のお客様
◇リエラ
入ってきたのは、くたびれたメイド服を着た若い女性。
「あのー。そこに置いている
弱々しい声で、部屋の隅に置いている箒を指さして聞くと、ラルクはその使い古された箒に手をかけ
「箒……ああ、これですか」
「はい、それです。おいくらですか」
するとラルクは、すまなそうな声で
「これ、実は魔法の箒なのです。普通の箒とは違って、値段も金貨十枚は必要です」
女性は驚いて
「魔法の箒、金貨十枚! すみません、古道具屋さんだと思って」
ラルクは微笑んで
「見た目はそうですから。気にしないでください」
「いえ、私が勘違いをして」
女性が頭をさげて帰ろうとすると、後ろから弥生姫が
「ちょっとあなた、その服、ロイテル公爵家のメイドさんね」
「えっ……はい、そうです」
女性は意外な表情で答えると、弥生姫は急にするどい目を向けて
「ほんとうに、メイドさん」
「今はメイドをしていますが……」
それ以上は答えなかったが
「お名前は」
「リエラです」
「リ……エラ」
弥生姫は、何か確信したように、にたりと笑うと
「ねえ、少しお茶でも飲んでいかない。箒なら店の掃除用を一本譲ってもいいわ」
「ええ! 」
いつもはケチな弥生姫が気前のよいときは何か裏がある。
ラルクが訝って
「また、何を企んでいるのですか。アンヌ王女の国のようなことを考えているのですか」
「なにも、企んでいないわよ」
とぼけるような、弥生姫だった
話を聞くとリエラはロイテル公爵家に住込みで働いているそうだ。
以前は、公爵の妾の母と街に住んでいたが。母が病で亡くなり、行き場のないところを、公爵にひきとられ使用人として働き始めたが、正妻からのあたりが厳しく、いじめられているらしい。
正妻としては、公爵の妾の隠し子が気に入らなかったのだろう。
「ふむふむ。それで、性悪正妻の娘の公爵令嬢も、やはり性悪なわけね」
弥生姫は一人納得する。
そこで、今日は箒を壊され、なけなしの給料から安い中古品を求めていた、ということだった。
「その箒も、性悪令嬢の意地悪で、こわされたのでは」
リエラは、うつむいて涙ぐんでいる
「そう、それはかわいそうにね」と、心底心配しているようだが、それが逆にわざとらしい弥生姫だった。
「ところで、リエラさん。少しいいかしら」
そう言って、席を立ちガラスの靴を持ってくると床に置き
「履いてみて」
「これをですか……はい」
突然のことに、リエラは不可解な表情をしたものの、とりあえず履くと……
「ええ! 」
ラルクが驚く、まるであつらえたように足に収まった。
「やよい姫……これはどういうことです。まさか、この人がシンデレラとか」
リエラは、まさかといった表情で
「私は関係ありません」
というものの、何か確信を得た弥生姫は
「今の公爵家はシンデレラをいじめていた継母の末裔だけど、シンデレラの実の父親は普通の市民の家系(諸説あります)。その父方の子孫がいると聞いたことがあるのだけど、それがリエラのお母さんのようね」弥生姫は、さらに想像を膨らませ
「市民に紛れていたリエラのお母さんを、公爵はシンデレラの父の子孫と知ってか知らずか妾にしたのかも」
そう説明したあと、弥生姫は拳をにぎり
「つまり、リエラはシンデレラの実の父の子孫、ある意味直系なのよ。あの公爵令嬢、シンデレラとは直接関係ないくせに威張りやがって! 」
ふつふつと怒りがこみ上げてきた弥生姫は
「こうなったら、シンデレラ物語の再来ですよ! 」
力を込めて言う。
リエラは訳がわからないのか、沈黙していると、弥生姫は顔を近づけて
「ねえ、リエラさんもオーデションに参加しませんか」
唐突な提案に驚いたリエラは
「ええ! 私なんか無理です。それに、そんな恐れ多いことをしたら、奥さまや、お嬢様から」
「大丈夫です」
弥生姫に迫られるリエラは怯えた表情で
「あ……あのー。もういいです、すみません私帰ります! 」
キャッチセールスの悪徳業者から逃げるように、リエラは店を出て行った。
弥生姫は慌てて
「ラルク! 追いなさい」
「ええ、そこまでしなくても。嫌がっているみたいだし」
「金づる……いえ、箒、忘れているでしょ」
「わかりましたよー」
ラルクはしぶしぶ箒を持って出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます