第3話 龍神の笛(2/2)
値段を聞いたエルフの兄は、真っ青な表情で震えて泣き出しそうだ。
「そういうこと、悪いけど。私達も、商売だし」
弥生姫はそっけない。
猫娘はさすがに、エルフの兄妹が可哀そうになり
「なんとかならないですか。売るのが難しいなら、一時的にも貸し出すとか」
弥生姫は少しきつい調子で
「別に貸すこともあるけど、それでも最低一割程はもらってるわ。この前の、真実の口を貸した王女様が、金貨二千枚を即金でくださったわ」
「王女様と比べるのは、酷ですニャ」
「私達も商売、なんとかしたいのは山々だけど、この子たちだけ、というわけにいかないでしょ」
「そこをなんとか」
猫娘が懇願すると。さすがに弥生姫は肩を落として
「わかったわ。猫娘ちゃん、アマテラスからあずかってきた、ガラクタの箱を持ってきて。何かあるのじゃない」
それは猫娘も考えていたが
「ひもろぎの骨董市で売られている物は、基本的に品物自体に不思議な力が宿っているような物はない。関係ない人にとっては、本当にガラクタだニャ」
無駄だという猫娘に、弥生姫は
「まあ、いいから持ってきて」
しかたなく、猫娘が箱を持ってくると。弥生姫は箱の中から何か見つけ出した
「これなんかどう。これなら銀貨一枚で売るわよ」
適当に取り出したようにしか見えない、それは
「リコーダー」
よく見ると「…小学校 一年四組」と書かれている。
猫娘は(なんて、いい加減な)と思ったが、念の為に大福帳を見ると
『小学生の少女が使っていたリコーダー』と書かれているだけ。
「やはり、ただのリコーダーです。人によっては、思い出の品かもしれませんが、エルフの兄妹が思っている霊力などは全くないですニャ」
やる気のない弥生姫に、落胆した表情をする猫娘
エルフの兄もがっくりした表情で
「こんな物じゃあ、竜神様は納得しないよ……」
猫娘も、同じように思い、
「弥生姫、確かにこんな物じゃなく。今回だけでも、貸してあげるのはだめですかニャ」
「こんな物………」
弥生姫は、猫娘にあきれた表情で
「なつかしの骨董市の店員ともあろう者から出る言葉とは思えないわね」
その言葉に、なぜか圧倒され猫娘は固まって、言葉が出ない。
弥生姫は、次にエルフの兄に向かって
「どうして、これではだめなの」
「だって、とてもすごい霊力が必要なんだよ」
「すごい霊力ねぇー。それって、古い物、いわれのある物、高価な材料で優秀な職人が作った物、偉大な演奏家が使っていたもの、だれかが魔法をかけた笛」
エルフの兄が首肯すると
「言っては悪いけど、小さなエルフの村に、竜を抑え込むほどの笛なんて、そうそう、あるはずはない。それから、先程から黙っている妹エルフちゃん……あなたはどうして、笛吹きになったの」
睨むように言われた妹エルフは、少し怯えながらも
「それは……笛が好きだから」
弥生姫は何か確信したように、うなずくと
「だったら、妹エルフちゃん、この笛を吹いてみて」
すぐに妹は、吹き始めた。
そぼくで、どこか懐かしい音色が奏でられる。
しかし、特段変わらないリコーダーの音。
エルフの兄や、猫娘も特に変哲のない音色だと思ったが、吹き終わった妹エルフは顔を紅潮させて
「………これは」
「どうしたんだ」兄エルフが聞くと
「お兄ちゃん! これなら、いける、私これがいい! 」
「ええ! どうして」
驚く兄エルフに弥生姫が笑みを浮かべ
「リコーダーだって、中世からある列記とした楽器。上手く吹きこなすのは決して簡単じゃない。そして、今の妹エルフちゃんのレベルに最適な品だと思うわ」
妹エルフも、笑顔で大きくうなずいた。
「どういうことなのですニャ! 」
猫娘が聞くと 弥生姫は妹エルフの頭をなでながら
「ファーメルンの笛とか、レア商品を見せた時、妹エルフちゃんは全く気にも止めなかった。それどころか、怯えていたようにも見えた。妹エルフちゃんは、自分の実力ではこれらの笛は吹きこなせないと思ったのでしょ。でも、竜神は妹エルフちゃんの笛の音に魅了されている」
猫娘は、はっと思いついたようで
「だとしたら……笛の力ではないのでは」
弥生姫は笑顔でうなずくと
「要は高くても安くても、使い方が下手でも、道具は大切に使うことが大事。使い続けることで、道具はその能力を発揮し、使う人の価値も高めてくれる。人と道具はこうしてお互いを高めあってきた」
さらに弥生姫はこれまでと違い、やさしい笑顔で
「妹エルフちゃんは、笛を大切に扱ったけど、その笛も寿命だったのじゃないのかな。すぐに帰って、その笛を吹いてみて。きっと大丈夫! 」
最後は力強く言うと、妹エルフは笑顔で大きくうなずいた。
ただ、猫娘が神妙な表情で
「すぐにって、ここは雪山の中、どうして帰るニャ……」
すると弥生姫が、窓を見ると
「さて、そろそろいい頃かな」
「いい頃って」
「さっきも言ったでしょ、この店は動くのよ」
「動くって、ひょっとして! 」
猫娘が玄関に向かって扉をあけると………
緑の草原が広がり、その先に遠く小さな村が見えている。
「僕たちの村だ! 」
兄エルフが叫ぶように言うと。
「さあ、行きなさい」
弥生姫が笑顔で送り出した。
「はい! ありがとうございます」
兄妹エルフは、一緒に頭を下げて村に向かっていった。
◇弥生姫
見送った弥生姫は、横で手を振る猫娘に
「さあ、もう今日は店じまいにしましょうか」
「はいですニャ」猫娘は答えると、弥生姫を羨望の眼差しで見つめ
「弥生姫! 見直しましたニャ」
(むふふ、これは脈ありだな。もう一息で引き抜ける)と弥生姫は、ほくそ笑んだ。
ふと、猫娘は思い出したように
「そういえば伏線の回収ですが、弥生姫様は何者なのですか」
思わぬ言葉に、弥生姫は慌てて
「……まだ、覚えていたの」
このまま、うやむやにしようと思っていたのだが。
「まぁー、弥生時代に生まれたから弥生と名乗っているのだけど……そういえば、弥生時代後期には、卑弥呼様に使えていたことがあるの。そのあとしばらく、眠りについたのだけど、いろいろあって最近目覚めたの……」
どことなく、大事なところを
「あの、卑弥呼に使えていた! 」
猫娘が、再び羨望の眼差しで弥生姫をみつめると。弥生姫は少し面映い様子で
「まっ……まあ、私ほどの者になると、卑弥呼のそばにいるのも当然かな」
なぜか、ぎこちない弥生姫
「そうですか、さすがです。また、来てもいいですかニャ」
猫娘はさらに、心酔したようだ。
「もちろんよ! 是非来て、なんなら、借金も肩代わりしてあげるから」
弥生姫は満面の笑顔で、猫娘の手を握り
「よかったら、弥生の部屋にも来てね」
「弥生の部屋って……なんか、着替え中なんてことは」
「いいじゃない、可愛い猫娘ちゃんなら、大歓迎よ。実はラルクには無理言ってるから」
「わっ………わかりました。それでは……」
そして、猫娘が帰るというとき。
「そういえば、このまえ狐目でスーツ姿の男がやってきて、やたらヒモロギの骨董市のことを聞いていたわ。さらに、私とジョイントで起業しないか、なんて言ってきたの」
「それで」
「そんな怪しいやつに、応じるわけないでしょ。あなた達も気を付けた方がいいわよ」
猫娘はうなずくと。少し疲れた様子で高ケ天原に戻っていった。
◇高天ケ原にて
帰ってきた猫娘にアマテラスが
「最近ひもろぎ系列の売り上げが不振で、異世界にと思ったのだけど、どうかな」
猫娘は「うーーん」と考えたあと
「それなりに、需要は考えられますが。どのような物語にするか……いや、どのような物を売るかが難しいですニャ」
「そうか、へっぽこ作者ではそろそろ限界みたいだし、ここはやはり経営コンサルタントに頼んでみようかな……」
「でも、私たちは神様のお店、言わば非営利団体です。無理なさすることはないですニャ」
「そうだけど……」
どこか焦るような表情のアマテラスが見ている『経営革新請け負います』と書かれた派手な広告のチラシに、なぜか嫌な予感のする猫娘だった。
「それより、どうだった異世界は」
アマテラスは話題を変えると
「はい、楽しかったです。弥生姫はなんでもないリコーダーをエルフに渡したのです。なかなかの見識者ですニャ」
感心している猫娘に、アマテラスは神妙な表情だ
「ふーん。あの二束三文のリコーダーの価値を見抜いたのか。やるわね、弥生姫」
猫娘の表情にアマテラスは少し焦っている
(弥生姫の所に行かせたのはまずかったか……このまま、弥生姫のところに行くなんて言わないだろうか)
すると猫娘は
「ところで、あの弥生姫は何者なのですか、卑弥呼にも使えていたと自慢していましたが」
「使えていた………プツ、ハハハ。まあ、使えていたといえばそうですね」アマテラスは笑いながら
「弥生姫はねぇ………どき」
「どき」
「そう、弥生式土器の化身、よく言えば付喪神ってとこかしら。確か、卑弥呼の厠の手洗い用の器だったみたい。そのあと、どこかの豪族の手に渡って、古墳時代にその豪族の陵墓に、間違って一緒に埋葬されたみたいよ」
「それで神に近いと言ってたのか。でも、土器で、古墳に埋葬された……ククク」
猫娘は笑いをこらえている。
アマテラスはさらに、弥生姫の醜態を暴露しようと
「それだけじゃないの、実はその古墳が盗掘にあって、財宝がことごとく盗まれたのだけど、弥生姫は完全な形で残っていた土器にもかかわらず見向きもされなかった。そのおかげで、その後の発掘調査でみつかったけど、博物館の展示品にもならないので、倉庫に置かれたままなの」
アマテラスは、猫娘の表情を伺いながら
「でも弥生姫の前で、土器って言ってはだめよ。自分が土器だったことに、コンプレックスがあるのだから」
これで猫娘が弥生姫に愛想を尽かすかと思ったが
「今どき土器を使う人はいないでしょうが。弥生姫のような土器だって、厠の手洗いとして役にたっていたのだし。こうして今にそのころの生活の様子を伝える、大変価値ある骨董品じゃないですかニャ」
切り替えされた猫娘にアマテラスは一瞬青ざめると同時に、「どうやら、弥生姫に物の価値について教えられたみたいね。やはり侮れないわ」猫娘を取られないかと、危機感をもつアマテラスに
「ところで、どうして弥生姫は姫と呼ばれているのですか。アマテラス様も姫とお呼びですし」
猫娘の素朴な質問に、アマテラスはさらに引きつった様相になった。
これは、弥生姫の美談のようで、アマテラスにとって、分の悪い内容になる
「……っつ! それは、そのうち話しましょう」
「またか………」
<第三話 了>
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