第12話 物語の続きはいつだってほしい

 その後、馬車でハトリトさんを追いかける。トアンナさんの手綱さばきは見事なものだった。

 そして思いのほか、すぐに竜はハトリトさんを離した。いらないよ、っという軽妙な感じで、ぷい、っと足から離した。

ハトリトさんが落ちたのは沼。

 いや、沼の、手前の地面だった。それを目したトアンナさんは「おしい」といった。ハトリトさんの身体は、沼の手前の地面に落ちて、はねて、けっきょく最後は沼に落ちた。

 馬車を停車させ、わたしたちが駆けつけると、沼の表面にあぶくがわいていた。やがて、ハトリトさんが沼から出てきた。

 人型のものが泥だらけで、出てくる光景は、夜なら、悲鳴をあげそうなほど迫力がある。まるで、沼で生成されたばかりかの生物みたいだった。

 ハトリトさんは妙に姿勢よく沼から出ると、そのまま沼の縁に倒れた。

 すぐにトアンナさんが「気絶だ」と、目視だけで診断をくだす。しかも、あっていた。

 それからわたしたちふたりは、ベンストントと、ハトリトさんを馬車の荷台にならべて町へ戻った。

 町につくと、トアンナさんは「総合すると楽な仕事だった」と、感想をつぶやいた。とりあえず、その感想についてはかかわらずにおく

 馬車を走らせながら、町に入ってからも、わたしは荷台で泥だらけのまま目をつぶって倒れているハトリトさんを何度か振り返りみた。まるで安らかに眠っているように見える。

 そのまま病院にふたりを持ち込んだ。ベンストントはすぐに意識を取り戻した。ハトリトさんは眠ったままだった。お医者さんと指示で、病院の寝台に寝かせておいた。

 それから、ふと、わたしは眠っているハトリトさんと、ふたりきりになる。

わたしがぼんやりと窓の外を見ていると、ハトリトさんが瞼をゆっくりあけた

「だいじょぶですか」

 聞くとハトリトさんは「ああ」と答えた。まだどこか意識が朦朧とした様子で「竜の血が入ってるからね、身体は頑丈なんだ」と、続けた。

「竜の血」

 ん、なんのことだ。

 なにを言っているのかわからず、きょとんした顔で見返してしまう。

 すると、ハトリトさんもまたきょとんとした顔をした。

 で、しばらく、きょとん、で見合う。

 それからハトリトさんは大きく息を吐いて「ベンストントさんは生きてるかい」

と、聞いてきた。

 わたしは「あ、はい」と、慌てて答えた。

「彼は、続きを書けそうかな」

「はい、さっき聞いたら、これでいける、みたいな感じでした」

 いや、正直、あの体験を経たことで、なぜ、続きを書けるようになるのか、その心の仕組みがわからない。

 でも、やる気になってしまったなら、しかない。

「よかった」

 わたしの報告を聞いてハトリトさんは微笑んだ。

「ハトリトさん、おしえてください」

「なんだい、ケルルくん」

「どうして、わたしを助手にしてくれたんですか。まあ、いや、おしかけ助手ですが。でも、

おしかけ助手といえど、拒絶はできたと思うです」

 ずっと気になっていたことを聞くと、ハトリトさんは窓へ視線を向けて遠くを見た。

「はじめて会った日を覚えてるかい」

「はい」

「あの日、わたしはきみのお父さんにある本の続きを書いてもらうよう、頼みにこの町に来た」

 ハトリトさんは遠くを見続けていた。

「わたしはきみの父さんに言われたんだ」

 そして、わたしを見る。

「続きを書いてもいいのですが、週末はいつお家に娘がいて、があがあ騒いで執筆に集中できないんで、外に連れ出してほしい、とね」

「ハトリトmさん」

 わたしは名を呼んで、じっと見返す。

 あの日、わたしは、本でいた本の続きを知りたい、そう願っていた。そのとき、ハトリトさんに出会い、そして、希望を見出した。わたしは助手になり、ふたりで廃屋になった屋敷を調べにいったり、狼に追われたり、窓から落ちたり、そして。

 そんなふうに、これまでのことを思い出す。

「というか、記憶の初期からいい思い出じゃない。死の影がつきまとう体験だ」

 追憶の開始の時点で、感動的ものがなく、このまま続けて思い出しても、なさそうなんですぐ断念した。

「しかも、わたしを助手にした理由って、うちの父さんの執筆を家で邪魔するわたしを遠ざけるためだったのか」

「騙すつもりはなかった」ハトリトさんはそう答えた。「黙っている、つもりだった」

「どっちにしろ、わたしの苛立ちを急速に成長させますよ」

「黙ってさえいれば、きみは気づかないだろう。そんなもんだろう、とね」

「ええい、病床のこのかなり雰囲気ある光と影の感じで、なんかいい話にできそうなのに、だめだ、もうどう奮闘してもいい話の感じにはならない」

 不満をぶつけ、わたしは椅子に座った。

「じゃあ、最後にです。正直に教えてください、ハトリトさん」

「はい」

 礼儀ただしく反応してきた。

「ハトリトさんは、どうして、人に続きを書いてもらうこの仕事をしてるんですか」

「生活のため」

「予想してました、その即答は」

「それに、わたしにも、知りたい続きはたくさんある」

 わたしは「同意です、仲間です」と、うなずいてみせた。

「そして、たとえ、人があきらめたとしても、物語自身が続きを語りたがっている声もきこえるんだ」

 まるで、物語そのものを生き物みたいに扱っていた。

「まあ、わたしの生き方というのは、そのあたをうろついているのさ」

 そういって、ハトリトさんは窓の外を見た。

 わたしも見た。そして、

「この窓枠、開いた本みたい」

 と、わたしはいった。

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きみにつづきあれ サカモト @gen-kaku

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