今終末の出来事

longisgod

終末の出来事である。

 これは週末の出来事である。

 僕は美術部に所属しているため土曜日も学校に不本意ながら登校していた。

 なぜ不本意ながら、かと言うと単純な話で僕は学校があまり好きでは無いのだ。どうしても僕は「嫌だ」とか「無理」とか人に対して拒絶できない性格で、どうにもその性格が起因して面倒事を押し付けられ不運な役回りをさせられることが多々あるからだ。頼られているのは嬉しいことだが僕としてはぼんやりと学校生活を送りたいという願望があるためどうしても素直には喜べなかった。

 そんな立場の僕に昨日、つまり金曜日に隣のクラスの西荻菫にしおぎすみれさんに呼び出された。西荻さんは少し前までいじめにあっていたらしい。その問題も今や解決したのだが、その問題と重なるようにして1週間前に西荻さんの担任である岸倉先生が絞殺死体で発見され、西荻さんのクラスの生徒に犯人がいるといわれていた。

 いじめ問題に絞殺事件が重なってクラスの雰囲気は互いに牽制しあっているという最悪な雰囲気らしい。

 その事を僕は相談された。別に解決して欲しいとかではなく、ただ話を聞くだけでいいということだったので無理難題の押しつけより比較的快く了承できたのだが、問題はその後である。

 その後、なぜ僕に相談したのかを聞いた。別に僕と西荻さんは旧知の間柄でもましてや既知の間柄でもない。そんな僕に話すよりも大人とか友達とか話しにくいが親とかを頼ればいいと思ったからだ。

 理由は───好きだからです。と、西荻さんに告白された。愛の告白である。

 その後は少し話して僕と西荻さんは別れた。

 告白の返事はというと、西荻さんはバレー部に所属しているため、土曜日も学校に来るということから今日である土曜日に教室で聞くといわれていて、僕は西荻さんのクラスに美術室を抜けて赴いていた。

 そんな感じで僕は西荻さんのクラスである1年2組に僕は1人で佇んでいた。

 西

 目は仄暗く、肌は昨日見た時よりも白い。

 頸動脈を絞めているのでは無く、喉を絞めるような殺し方。つまり、じわじわと時間をかけて苦しんで死んだということだろう。

 そして左胸に包丁が刺さっていて、そこからひたり、ひたり、と血が垂れていた。他殺なのか他殺を装った自殺なのかは定かではない。

 僕は戦慄するかと思ったが、以外にそうでは無いらしい───それは僕が『拒絶できない性格』だからだろう。

 さすがに驚きはしたものの、西荻菫さんが死んだという事実を『受け入れている』。こういう時、警察に言うのか教師に言うのかわからないなと悩む余裕さえあった。

「それなりに嬉しかったんだけどな、告白」

 そう言って僕は1年2組を後にした。



 色々と警察に事情聴取を受けた。「発見時刻はいつだったか」とか「西荻菫はどんな子だったのか」とか、そんな感じのことに受け答えして僕は解放された。死亡推定時刻と僕の監視カメラに映っていた登校時間にズレがあることから僕のアリバイが証明されて自由の身になれたのである。

 家に帰ると流石にもう日はくれていて、晩御飯の用意がされてあった。親にも話が行っていたらしく色々と言われながらの夕食。それを終えると妹の部屋へと足を運んだ。

 こんこん、とノックすると「入っていいよー」と声がかかるので遠慮なく部屋に入った。

 僕の妹である無為美むいみは僕と同じ学年で、割り振りされたクラスは1年2組。西荻さんと同じクラスだ。

 別に事件を解決したい、という願望はない。そこら辺は警察とか探偵とか餅は餅屋と言うようにプロフェッショナルに任せるべきだと僕は思う。

 だけど、昨日西荻さんが僕に話してくれたことは僕に自分が悲劇のヒロインであることを認識してもらうためという、自己アピールなのかとも考えたが実際事実として起きていることなので西荻さんが言っていた「クラスの雰囲気が悪い」という問題はどうにかしたいと思っていた。

 これもやはり『拒絶できない性格』故になのだろう。まあその性格だといつかはクラスの雰囲気を何とかして欲しいとお願いされるだろうし、西荻さんの死によって空気は断然悪化してその可能性は跳ね上がった。となると早めに動くのは得策かとも思っていた。

「話はお母さんから聞いてるよ」

「じゃあ話は早い。クラスの雰囲気ってやっぱり最悪なのか?」

「クラスの雰囲気ぃー?まー確かに最悪だねー。私はクラス内に友達いないから関係ないけ、どっ」

 どっ、と言ったところでやたらピンク色の多いベットの上で仰向けからうつ伏せになりながら、携帯をいじっている。

「無為美、いつからそんな雰囲気になったのか具体的に教えてくれ」

 えー、と不満たらたらな態度で僕と目も合わせずに携帯を操作しながら無為美は言った。

「んー、やっぱり西荻さんが机に落書きされてからかなあ」

「落書き?」

「そうそう、確かー2週間前くらい?に、朝登校したら西荻さんの机に酷い落書きがされててさ。『バレー部の恥』とか『バレー部にくるな!』とか。1年2組バレー部多いから問題になったよねー。ほら、こんな感じ」

 そう言いながら『いじめ 落書き』でネットで画像検索して携帯の画面を僕に見せてくる。なかなか酷いもので、西荻さんの受けていたいじめは相当ハードな部類のいじめに値するということを理解した。

 となると自殺という線が濃厚になってくるが、西荻さんはいじめに対して解決したと言っていたし、僕に現状のクラスの雰囲気のことを相談するという前向きな姿勢を見せているので一概に自殺とは言えない。

「教師の岸倉先生が殺されて拍車がかかったよねー」

「教師はガタイがよかったか?」

「え?なんでそんなこと聞くの?まあ確かに良かった気がするけど」

 まさかそんな趣味が?なんて無為美は目を細めている。だがこの確認作業は必要なのだ、なぜならそんなガタイのいい先生が抵抗もなしに生徒に首を絞められて殺されたとは考えにくいからである。

「殺人現場は屋上で死亡推定時刻は1時12分だったかな?」

「そうなると可能性がいちばん高いのは「絞殺してから屋上に連れてきた」ってことかな」

「それが一番可能性は高いよね。でも、それじゃあどこで殺されたのかだけど昼休みにそんな都合のいい場所ある?」

 死亡推定時刻は1時12分。つまり、昼休みである。そんな時間に人気がなく、尚且つ屋上に運べる距離の教室なんてあるわけが無い。

「というか前から気になってはいたけど複数犯の可能性は?」

「うーん。確かに腕1人足1人で拘束してもう1人が首を絞めればいいけど、その男教師そんな恨みを買う人間じゃないんだよね」

 そう。そこが1番の難問で彼は全くと言っていいほど恨みを買う人間じゃない。というか生徒には好かれている方の人間だということは隣のクラスの僕でさえ耳に入っていた。平たく言えば人気のある先生なのにもか関わらず、そんな先生が複数人に恨みを買うことはないと思われる。

「お手上げだよー。責任感が強い先生で何か重大な、それも殺されるほどのミスをして殺されることも受け入れる状況って考えるのが妥当じゃない、かなっ」

 かなっ、のタイミングで無為美は今度はうつ伏せから仰向けになる。クラスメイトが殺されてもこんな風に『どうでもいい』という性格なのが無為美だ。

 それともクラスメイトが殺されてもなんとも思わないような異常性を放ったクラスになっているからか、どちらかは分からなかったし、どちらでもあるような気がした。

 うつ伏せになってまたもゴロゴロと携帯をいじっている。

 ───うつ伏せ?

 勘違いしていた。絞殺と言うと固定概念というかイメージ的に「仰向けの体制」を想像していた。

「無為美、岸倉先生はで殺されたんじゃあないかな」

「ソレ、どこが違うの?」

 僕の発言に無為美は首を傾げる。

「だから」と言いながら僕はうつ伏せになる。

「まず無為美は僕の背中の上に正座して」

「えー、まあいいよ」

 言われた通りに無為美は僕の上に正座する。

「それで、足を少し広げると両腕を固定できると思うんだ」

「こ、こう?」と言われた通りに足を少し広げた正座の状態となり、僕の腕が固定される。

 今度は足を後ろに蹴りあげながら「足も届かない。そして、腕は固定されてる状態になるから残った自分の手で首を後ろから絞めればいい」

「あー、でもさ、これって誰でも出来るってことじゃん」

 そう、殺し方を特定したはいいものの、「誰でも出来る」からこそ特定には繋がらないのである。男か女かも特定できない。

「振り出しにもどったってことかー」

「お前は僕の背中からベットに戻れ」



 そして次の週末が訪れた。

 西荻さんが殺害された、もしくは自殺したという事件が今週のトップトピックとなった。そのため、あまりバレー部に事情を聞けなかったので少し事件の熱が冷めるまで一週間費やして今日、やっとアポが取れた。というかバレー部の部長から『お願い』をされた。

 その内容はバレー部でいじめていたこともあってバレー部の中の誰かが殺した、もしくはいじめが原因で自殺したと言われているのでその噂が間違っていると不運な役回りをしていることで得た顔の広さを持ち合わせている僕に身の清廉潔白を伝えたいらしい。

 僕は午後から部活動があったのだが、午前中のバレー部の体育館で行われている部活動にわざわざ赴いていて部長である短髪ボーイッシュの橙色優里とうしきゆりさんに話を伺った。

「私達は彼女にどう償いようもないことを私達はしてしまいました。けれど絶対に西荻さんを殺してはいないんです!!私達は全員部活動をしていたというアリバイがあるんです!」

 自分が悪いと言いつつ、自分達の身の潔白を示そうとしているのがなんだかムカつくが、そんなことでいちいち怒ってはいられない。ここはさらなる情報を得るために我慢しよう。

「いじめって、具体的にどのようなことをしていたんですか?」

 落書きをする、ということから結構ハードないじめをしていたと伺えるが、実際、どれくらいのどのようなことをしていたかにもよる。精神的なものなのか肉体的なものなのかもしくは両方なのか。

「西荻さんは、あんまり体を動かすのが得意では無かった人でした。中々コートに入れて貰えず、ずっと応援とかのマネージャーみたいなことをしていたんですけど、 ある試合の日に応援の声が小さいから「ふざけている」なんて勘違いをしてしまって・・・・・・。生まれつき声が小さい子なのに・・・・・・それからみんなで無視したりいじめてしまいました」

「それで落書きとかしてしまったんですか」


「いえ───。だって私達には


「え───」

 僕もバレー部の中の誰かではあるだろうと思っていたけれど、確かに朝練があれば誰も落書きなんて出来ない。1日前に準備しようにも用務員さんなどがいたり、先生が最後まで残って、全員教室を出たことを確認してから教室の鍵を閉めるためそれは不可能だろう。

「橙色さん、その朝練を抜けたりした人いませんでした?トイレに行くとかそういう理由で」

「いないと思います、体育館にトイレはありますし、外に出る理由はあんまりないかと」

 ううん、たしかに。いや───まてよ?この人の目を盗むことなんて簡単だ。一人一人いるかいないか気にかけることなんて不可能だ。しかも練習中に。

 そもそもこの人が本当のことを言っているとも考えずらい。だってそうだろう?いじめをするような人間だ。

「私からは以上です。すいません、部活に戻らなきゃいけないので」

 と言って体育館の忠臣に向かっていった。

 もうこうなるといよいよ分からなくなってきたので僕も部活動に専念することとした。昼食の弁当を頬張って、午後はバレー部は午前中だけでなく、午後も練習があるらしいから大変だなと思いつつ、部活動に励んだ。

 そして、帰り際のことである。


!!!」


 と、体育館から悲鳴が聞こえたのは。

 行ってみると橙色優里が


  体育館の中心で

    首を切られて

      死んでいた───


 首と体の切断面から赤い鮮血が体育館の床を染め上げていく。切断面は乱雑に切られたという印象であまり綺麗に切られてはいないからかそこらじゅうに血が散乱していた。

 首絞め。

 首吊り。

 首切り。

 次は───僕か。

 帰り道、冬だからかもうすっかり日は落ちていた。つまりは夜でつまりは暗闇。

 そして僕は人気のない道路を歩いているわけだ。

 はは。


 そして、

 不意に、

 僕を、

 得体の知れない

「何か」が

 僕を押し倒した

「あ、、、、」

 首が絞められる。

 相手の顔は電灯がフードの影となってよく見えない

首絞め、首吊り、首切り、もうレパートリーはないのだろう。一周まわって最初にもどりましたってか

 だが、僕は抵抗しない。

「いいよ、殺して、僕は死ぬべきなんだ。ほかの3人よりも1番」

 そう、死ぬべき人間は僕だ。

 格好つけでもなく、自己犠牲でもない。ただの揺るがない事実で、それ以上、それ以下でもない。

「どうしてッ・・・・・・!」

 ふと、僕の頬に水滴が落ちる。

 相手の手が緩む。

「おい・・・・・・殺してくれよ」

 うわあああん。と、泣き出した。

「お前のせいだ!!!お前だって!!生きてて恥ずかしくないのか!!!」

 その質問に僕は笑った。


「人殺しよりは断然?」



 それから1週間経ち、また週末が訪れた。僕が襲われた日にもう1人、倉庫で首を串刺しにされていたらしい。

 この1週間は連続殺人の話で持ち切りだった。色々と『お願い』されたが僕は断れないので黙りを決め込んだ1週間だった。

 警察には色々と話したけど。

「あにきー、で?つまるところ1連の事件はどういうことだったわけ?」

 話すことを悩んだが無為美だし、『どうでもいい』で済ませてくれるだろうと話し始めた。

「えっと、まず1人目の。岸倉先生。絞殺死体の犯人は他でもない、西荻さんだよ。」

「えーっ、なんで?」

「多分、いじめのことを相談していたんじゃないかな。まあ相談しても『解決』出来るかどうかは別ベクトルなんだよね、全然解決してくれないからもう我慢出来るリミッターが壊れたんだよ」

 だから僕には『解決』とは言わず『話を聞くだけ』と言ってきたのだろう。

 荷が重かったのだ。

 教師の給料にいじめ解決の費用は入っている訳では無い。正直、教師側に立つとメリットなど皆無なのだから仕方ないといえば仕方ないのかもしれなかった。

「2人目、西荻さんに行く前に橙色さんの言っていた「落書きをしていない」。じゃあ誰がやった?」

 無為美は頭に疑問符を浮かべながら首を傾げて分からないという顔をする。

「あのラクガキは「西荻さん自信がやったものだよ」」

 そう、自作自演することにより、いじめをされていることを露見させる。

 圧倒的な被害者になれる。

「でも、そのせいでバレー部全員がクラスから除け者にされてしまったわけだし、教師を殺してしまった責任を感じて自殺した。」

「え?自殺?」

「監視カメラにも映らず、誰にも見られず、殺す手なんてあの密室であるわけがないじゃあないか」

「そして3人目、首切り死体は倉庫で殺されたバレー部員だろうね。部長の橙色さんとその人はいじめの代表格で、「どっちの方が悪い」いわば「どちらのせいで西荻さんが死んだ」ってことで揉めてカッとなって殺しちゃったんだろうね」

 正確にはどちらのせいで西荻さんが死んだ、と言うよりも西荻さんが死んで全生徒からバレー部は人殺しだという目で見られることが我慢ならなかったのだろう。それを人のせいにしたかった。

 どちらも悪いというのに。

「4人目は?」

「僕を襲った橋場三司はしばみつかささんだね。橋場三さんは西荻さんと友達だった。そんな友達を殺したと言っても過言ではないバレー部を根絶やしにしたかったんだろうね」

 疑わしきは罰せよならぬ、

 疑わしき滅せよ。

「連続殺人に見せかけた他殺の被せ合いだったなんて」

 さながら伝染病。

「いやあ。実に良かった。素晴らしい考察だったよ、あにき。けれど肝心なところが抜け落ちてない?抜け落ちているというか誤魔化してない?」

 ぞくり、と鳥肌が立つ。

 無為美は落ち着いていて、尚且つ冷たい声色で淡々と話し始めた。

「なんで西荻さんが死んでしまったのかなー。バレー部全員がクラスから除け者にされてしまって、教師を殺してしまった責任を感じて自殺した?まあ確かに嘘ではないんだろうけれどさ、別にその責任に気づくまで1週間もかからないよね。私だったら3日で責任を感じて死んじゃうかな」

「・・・・・・」

 僕は何も言えない。

 最初から気づいていたんじゃない?

 にやり、と笑うようにして無為美は質問する。

 詰問する。

「つまりは、1週間後に責任に気づく「きっかけ」が現れたわけだ、人殺しくん」

「・・・・・・・」

僕は何も言わない。

「殺人って言っても差し支えないよね。まあ、直接は手を加えてないのだろうけれど」

「・・・・・・・・」

僕は何も喋れない。

「岸倉先生の事件に関しても確固たる証拠があるわけでもないのに西荻さんが犯人だとわかるのはなぜ?」

「・・・・・・・・・」

僕は何も喋らない。

「つまりはさ、簡単な話で西んだよ」

「・・・・・・・・・・」

僕は何も語れない。

「じゃあなんで西荻さんは自殺しちゃったんでしょーか?」

「・・・・・・・・・・・」

僕は何も語らない。

「これも簡単な話あにきは西荻さんが教師を殺している事を突き止めちゃったわけだ」

「・・・・・・・・・・・・」

僕は何も話せない。

「まあそこからは言葉責めだろうね。なんであにきが『拒絶できない性格』、それは『拒絶してしまったら隣に並ぶものはいない』から。橋場三さんはあにきが西荻さんを『あんな風』にしたから襲ってきたんだよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

僕は何も話さない

「それは私と同じだよ、」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 僕は、

 僕は、

 僕は、

 僕は、

 僕は。

 僕達は───

「人間として終わってるよな、無為美」

「人間失格の欠陥製品で人類終末が私たちだよね───お兄ちゃん」



『拒絶できなく、全てを受け入れられる少年』

『全てがどうでもよく、なにも受け入れられない少女』

 こうして、事件は終末を迎えた。

 何も解決しなかった。せいぜい解決したと言えば橋場三さんが自首しに行ったくらいだろう。

 夕暮れの橙色の空を見ると西荻菫、彼女のことを思い出す。根は明るいのだろうけれど、暗闇を抱えた彼女のことを思い出す。

 なぜ僕が彼女を言葉責めにして死に追いやったかと言うと、妹が僕が責め立てられたように、彼女もまた、叱って欲しいと嘆いていたからだろう。だからといって僕は同情もしないし、なんの感情も抱かない。

 多分、僕は彼女と自分を勝手に重ねて共感していたように思う。何かを悟ったようなあの仄暗い目に。

 あの日のことを僕は思い出す。

『僕は終わってる人間だよ』

『辛い、ですね・・・・・・』西荻さんは悲しそうな、というより、哀れんだ表情で言う。

『そうだね、辛いよ。こんなにも狂っていて、こんな歳になっても逃げ癖が治らない。下種な人間だよ、僕は』


 それは、

 とても悲しそうな

 寂しそうな

 切なげな

 まるで遠くにいる人を見るような

 死人を見るような

 眼差し。

 でも、覚悟を決めていたような

 そんな、

 雰囲気。

 表情。

 面持ち。

 理想は砕いた

 けど、芯までは砕けなかった

『でも、私は』

 それはまるで、

 分かっていたさと言わんばかり

 知っていたさと微笑して

 怖さを振り払って

 目眩がしそうな真っ直ぐな眼差しで

 さっきまでの戯言を犯していくような

 大事な物を掴まれたような

 捕まえられたような

 そんな、生暖かい

 ぶよぶよとした感情

 君の事情なんてどうでもいい

 そんな劣情も

 非情も

 鬱情も

 不情も

 関係ない。ただそこにあるのは───


『そんなあなたのことが、大好きです』


 絶対普遍の愛情だった。

 菫の花言葉は『愛』。

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