非肉屋

高黄森哉

知能


 肉屋の前でデモをしていたのは、動物愛護団体なるものだった。肉屋の前で、必死の抗議活動をしている。俺は店の前で呆然としていた。彼らの抗議を、聞き間違えたからだ。


「鯨食反対! 鯨食反対!」


 同性愛者を襲って食べる怪人だと、勘違いされた、かと思った。店では鯨など扱っていないからピンとこなかったのだ。げいという読み方は、ききなれなかったし、鯨食なる単語は、聞いたことがなかった。それに、俺のガタイは一般的に、いや、非一般的に、同性ウケするとうし。肉屋な上、クマのような肉体をしており、さらにサディスティックである自分を、はた目から見ると、確かに、そういう食人をしていそうではあるだろうと、予想できたし。とにかく、鯨食の意味を理解するまで、数秒かかった。


「反対! 反対!」

「あの、奥様方。私の店では鯨は取り扱っておりません」


 正直に真実を伝える。ここで、追い返したり、彼らを否定したりしたら、ややこしくなることを、嫌と言うほど、ニュースで見ている。火に油をそそいではいけない。


「このやろー!」


 頭に血が上ったおっさんが、頭突きで店の硝子を割った。他も店内になだれ込んでいく。俺はその流れを追った。滅茶苦茶にされては、喰うに困るからだ。まだ、ローンも払い終わっていないのだ。


「おやめください。おやめください」

「この、非人間め」


 肉が顔に投げられた。売り物の肉だ。


「わ、食べ物がもったいない!」

「なんだとー、てめー。クジラなんか喰いやがって」


 混沌状態だった。豚肉と豚肉と、豚に似た青年が、店内を、もうめちゃくちゃに跳ねた。また、とんでもなく大きなメガホンで、捕鯨に関しての抗議を行うものもいた。音量が大きすぎて、よく聞き取れなくて、ほげー、ほげーと、発狂しているのかと、最初は勘違いした。あながち間違いではないきもすぎる。ネバーエンディングヒステリーとは、これのこと。


「待ってください。聞いてください」

「これを、こうでございます」


 主婦は、鯨の頭を並べ始めた。その目から、涙を流すような細工をしてある。その動画を撮影し始めた。とんでもないな、と思った。第一、その頭はどこから手に入れたのだろう。グロデスクで、グロデスクで、しかたない。きっと、SNSに投稿して称賛でも買うのだろう。自己顕示欲はここまで人を獣にするのか。間違った理屈でつまった、頭でっかちな善意だ。おばさんの壁掛けトロフィーが、ありありと心に浮かんだ。

 最早、エスカレートし始めた暴動は、最早本来の意味を離れ、ただの破壊行為と化している。俺は叫び続けた。そんなことしても、なんの解決にならないではないか! と。 それは、溢れ続ける涙を、ただ慰めもなく拭くようなもので、根本的な解決には至らないはずだ。それよりも、涙の原因を!


「イルカと、魚、牛、植物。どう違うんですか」


 騒動の内でも聞こえるように耳元で尋ねると、気弱そうな青年は答えてくれた。裏で喧騒と大騒動が勃発していて、今も、俺達の頭上を、ハムなどが通り過ぎていく。


「それは、知能です。植物、牛や魚と、イルカとでは頭の良さが違います」

「それはどうして、同情を買うのか。馬鹿な奴だって、死ぬのは嫌なはずだ。馬鹿な奴だって、食べられるのはいやだろう。痛みも同じだ。馬鹿な奴は、馬鹿なりに、ちゃんと生きてるんだ」

「いいえ。馬鹿は、馬鹿なので死んでも分かりません。


 俺は、かなしくなった。


「全員、喰ってやる」

「どういうことですか」

「俺は、実はIQが100あるんだよ」

「我々もそうです」

「俺にはそう思えない。牛の方が理性的だ」


 チェンソーで全員、唐竹割にしてやる。皆、虫のように死んだ。竹を割ったような潔さであった。翌日、店頭には人の肉が並んだ。だれも疑問に思わず買っていった。だれも残酷だ、とは思わなかった。それが何の肉か、知らないからだ。すごぶる儲かった。意外に人は食べれる個所が多い。それに無料である。ある日、今度は、別の団体がやって来た。


「入鹿食反対! 入鹿食反対!」


 今度は聞き間違える恐れはなかった。彼らに教えておく必要があった。


「俺は食人をするんだ」


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非肉屋 高黄森哉 @kamikawa2001

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