人身事故の多い理由
ひろよし
人身事故の多い理由
その日、男は仕事を終え、会社のビルを出て、駅へと向かった。
何時も混んでいるその駅は、その日はいつもより更に混んでいるようだった。
『本日○○駅付近で起きた人身事故の為、××線は現在運転を見合わせています』
「またか・・・」
駅の構内で流れるアナウンスに、男はうんざりしながら呟いた。
都会のせいか、あるいは男の使う路線がそうなのか、男の感覚では月に一度は止まっている気がした。
呟きの台詞が「げっ」から「またか」に変わった事からも、その頻度がうかがい知れた。
男は仕事の都合の為、一年ほど前に田舎から都会に来ていた。
男の故郷でも人身事故はある。
ただ、その頻度は年に一度あるかないかだ。
この都会の様に、下手をすれば月に一度という頻度で起きてやしない。
おそらくは人口や利用客の差なのだろう。
だからと言って起きて良いとは思わず、かといって自分ではどうすることも出来ず、男は運転が再開されるまでの暇つぶしを思案する。
男の会社はいわゆるオフィス街にあり、周りに居酒屋は多いが娯楽施設は乏しかった。
カラオケならあるが、男はどうにも一人でカラオケに行く気にはならなかった。
幸い、男が使う路線と並行している路線は運航しているらしい。
男は仕方なく、その路線を使用してとある電気街にやって来た。
男はオタクとかいう人種ではない・・・と思っている。
というか「自分はオタクでござい!」と胸を張れるほど知識もなければはまってもいない、そう思っているのだ。
周りの友人達は「お前がオタクじゃ無ければ何なんだ」「諦めろ、お前もオタクだ」等と評価(?)してくれるが、男にはその自信が無かった。
暇つぶしに電気街に来る当たり、十分オタクだという事に、男は気付いていても認めなかった。
そうして二時間ほど暇をつぶし、満足した男はそろそろ復旧しただろうかと、再び駅へとやって来た。
男の予想は当たり、男の路線は復旧したらしい。
ただ、復旧したばかりなのか、駅のホームはいつも以上に混雑していた。
男は少しでも空いている場所を求め、駅のホームをてくてくと歩いた。
この国の人間の気質なのか、乗客は正しく整列し、駅のホームの後ろの方まで人が溢れている。
反面、ホームの線路側は、電車が通るという事もあり、また降りる客を優先する為か、人が歩ける程度には間隔が開いていた。
電車が来るまでまだ数分あるらしい。
男は歩き易さを優先し、駅のホームの、線路にほど近い場所をてくてくと歩いていた。
男の仕事はそれなりに忙しい。
今日はそれなりに早く終えられたが、いつもこうとは限らない。
実際、昨日は終電ぎりぎりまで仕事をしている。
一昨日も、危うく終電を乗り過ごすところだった。
今日は早く終わった。
後は家に帰ってゆっくり過ごそう、そう思っていたのに。
ため息をつきながら、男は駅のホームの線路際をてくてくと歩いた。
ふと、男の体が傾げた。
“誰か”に押された訳ではない。
疲れているとは言え、男はまだ若い。
都会に来る前はスポーツジムにも通っていた。
ただ歩いているだけでふらつくような、そんなはずも無い。
男が歩いていたのは駅のホーム、その線路際。
一歩踏み外せば線路に落ちてしまう。
男もそれは分かっていた。
当然、落ちるつもりも無かった。
「ああ、そうか・・・」
何となく、人身事故が多い理由が分かった気がした。
人身事故の多い理由 ひろよし @hiroyoshi1978
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