時空超常奇譚其ノ三. WHO AM I/崇高なる思考

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚其ノ三. WHO AM I/崇高なる思考

「朝夕の混雑解消に、皆様のご協力をお願いします」

「パパ、どうすれば混雑を解消出来るの?」

「そんなの簡単さ。オフピークと言ってね、皆が混雑している時間を避けて電車に乗るだけでいいんだよ。簡単だろ?」

「でもパパ、それじゃ会社に遅刻しちゃうじゃん」

「あっそうか。じゃあ、どうすればいいのかな?」

「簡単よ、田舎に引っ越せばいいのよ」

「あっそうか、ママの言う通りだ。皆で田舎に引越しすればいいんだ」

「そうだね、皆で田舎に引っ越そう」

 朝の殺人的ピークを過ぎた駅ホームに設置された全モニターから、TVタレントが満面の笑みを振り撒くCM動画が映し出されている。内容は愚にもつかないピンボケなのだが、ほんの数時間前まで溢れ返る人の群れがホームを席巻し、怒号が飛び交っていた戦場のような駅に、暫しの平和な時間を齎している。

 疎らに人が歩くホームに、興味津々といった様子の若い駅員と特段の興味はなさそうな年上の駅員が並んで歩いている。二人は、ホーム先頭まで来ると、新たに設置された紙製ポスターかと見紛うような極薄モニターを覗き込んだ。一目見ただけでは、紙製ポスターなのかTVモニターなのか判別が出来ない程に薄い。

「先輩、これが朝礼で駅長が自慢していたAI機能付TVモニターロボットですよね?」

「紙製ポスターにしか見えないけど、これが極薄型のモニターなんだよ。しかも、これがAIロボットなんだよな」

「そうですよ先輩、AIですよAI。これって凄く高いんですよね。でも、駅にとってどんな利点があるのかな?」

 小首を傾げる若い駅員に、年上の駅員は知識をひけらかすように得意げなドヤ顔で言った。

「何と言っても、最先端科学のAI、人工知能だからな。お前なんかより余っ程賢いんだぞ。人間の思考する視点で鮮明に状況を録画した後、目的に即した編集をした上で効果的な画像をモニターから自動で流す事が出来るようになっているんだ。目的は当然朝夕の殺人的混雑の解消だな」

「へぇ、良くわからないけど、やっぱり凄いんですね」

 若い駅員は、新しい玩具を与えられた子供のように、嬉々とした声を出した。

 過去一世紀以上に渡る世界的な研究開発の末に鳴り物入りで実用化されたAIは、それまでも産業用ロボットや電化製品、オモチャ程度のロボットなどに搭載されて、チェスの世界チャンピオンや名人棋士に勝つなど話題には事欠かなかった。だがそれは、あくまで一定の特化された項目内での事であって、実際にはAIロボットがSF映画の中で近未来世界の必然的な登場人物となった姿や、著名な物理学者が「近未来、人類はAIに支配されて滅亡する」と予言したような、人間を超越する脅威的な存在になるのとは段違いのレベルにあった。

 AIを実社会で有効に機能させる為には、何と言っても『フレーム問題』を解決する事こそが唯一最大の課題と言われ続けて来た。

『フレーム問題』とは、即ち処理すべき具体的事象を本来の意味を失わない抽象的な概念に分類し認識する事ができないという根本的、致命的問題に他ならない。AIなのだからといって常に、瞬時に、適切な判断と適宜選択ができる訳ではない。何故なら、AIとは所詮は機械であり、謂わば異常な程に賢いが分別のない子供のようなものだからだ。

 具体的には、仮にAIに対して「この部屋の掃除をしろ」と指示をすると、その最先端頭脳の中でまず「掃除とは何か」という概念の単純整理が始まる。次に「この部屋とはどの範囲か」等の直接的な関連事項を確定させ、続いて「最も部屋を綺麗にする効果的な方法は何か」「その為に部屋全体の設備品を消去すべきかどうか」等の関連すると思われる事項を考えながら、「どこかに爆弾が仕掛けられてはいないか」「天井は落ちて来ないか」「掃除に対する壁、床、その他の耐久性はどの程度か」「壁はどんな構造か」「掃除によって壁や床や家具を傷を付けないようにするにはどんな角度で動けば良いか」「地震が来たらどう対応すべきか」その他諸々の微細に渡る関連事項と、更にはあれこれ考え得る全ての可能性を関連付ける。つまり、考えても何ら意味を持たないどうでも良い無限の可能性までを、掃除との関係性に於いて一瞬で思考する事になる。

 また別の面から言うと、画像や音声やテキストなど雑多な情報を含むデータの中から、観測された事象の内の意味あるものを取り出す処理、事象が属すべき抽象的概念に分類する処理、パターンを認識し適切に整理する処理、それ等ができないのだ。

 そして結果的には一定の特化した本来の目的フレーム内から情報処理のフレームを超えた無限の計算までを延々と続け、自ら動けなくなってしまう。その能力が高ければ高い程、そのリスクは高くなる。

 一定の特化したフレーム内、つまり処理能力の限界の範囲内で情報を処理させるなら、間違いなく人智を超えて驚嘆する結果を導くに違いない。そのAIに対して、人は勝手にそれ以上の成果を期待する。所詮は機械なのだから、期待通りの成果を達成できるかどうかなど使ってみなければわからないのだが、そんな手探り状態であっても、その期待に十分に応えられなければ「高いコストを掛けてまでAIなど必要ない」という評価になってしまう。例えばそれがどんなに人間側の身勝手な理屈であろうとも、極端な高コストを考えればそれも当然かも知れない。世の中とはそういうものなのだ。

 この新設されたAIモニターロボットにしても同様に、日本政府とJR東日本が負担した篦棒な額のコストによって開発された以上、駅が抱える問題など難なくクリアした上で社会的問題を解決する画期的なアイテムとなるべく大いに期待され、今後の成果次第では各方面への応用が計画される予定となっているのだ。

 まさにAIを実社会に華々しく送り出す為の一大プロジェクトとして、鳴り物入りでリニアラインのこの新駅に試験導入されたものこそが、このAIインテリジェントモニターだった。

 形こそヒト型ではなく人々が近未来に予測したような派手さはなくとも、SF世界で活躍する自ら思考する機械が街へと繰り出した記念すべき一歩とも言える。愈々、AIがロボットが人智を超える日がやって来たのだ。

 そして、まずは駅が抱える大問題のクリアが、性急に待ち望まれている。

 ここは、今年完成したJR快速リニアラインと大型スーパーを併設した新駅ビルであり、新駅はドーム型で地上階で一年中暑くも寒くもない。更に、駅舎地下階から周囲3キロメートル四方に蛸の足のように伸びている旧来の動く歩道を地下に導入した形の『自動式地下歩道』は、ますます住宅地の駅徒歩圏を広げて人々の生活圏を至近にしている。

 しかも延々と伸びる地下歩道にも空調設備が整い、それらの空間が以前とは比べものにならない程便利で快適になっている事は間違いない。何と言っても、自宅を出てからオフィスまでの所要時間は平均30分前後であり、一年中快適に通勤できるという理想的な立地のマイホームに居住する人々だって決して珍しくはない。

 だが、それは長く続く国内の急激な人口減少を「遠方地域を極過疎化」する事で実現させたものであり、日本全体で見れば居住エリアの縮小という憂うべき側面を持っている。

 日本の人口は、2015年の1億2596385人をピークに極端な減少を続けた。と同時に、人々の都心部への一極集中が必然的に発生し、仙台、東京、名古屋、大阪、福岡の五大都市圈を中心とするエリアへの異常とも思える人口集中は一気に進まざるを得なかった。都市部での超過密化、それ以外の地方の壊滅的過疎化という社会の二面性問題は既に政府レベルでも到底解決できないものとなっているのだ。

 その当然の帰結として、都心の朝夕の駅は異常な程に利用客が膨れ上がり、都市部の主な足となったJRリニアライン各駅はどこも同じで「朝夕の殺人的なラッシュ」という悩ましい問題を抱える羽目に陥っている。

 朝夕の駅改札に長蛇の列ができる光景は恒例となり、一時的に入場制限された利用客達が不満を訴えて怒鳴り散らす姿を見る事にも慣れてしまっている。通勤ラッシュの解消は即刻解決しなければならない喫緊の課題であり、対応する苦肉の策として効果の有無など度外視した『皆で田舎に住もう』キャンペーンのポスターが駅構内他そこら中に張ってあるのだった。

 午前中ほぼずっと続く混雑は、午後になった途端に大波が引くように極端に下がる。午後2時を過ぎる頃には殆ど乗車率はゼロ、駅ホームは閑散とし、夕方には再び極驚異的なラッシュが始まる。駅関係者はその解消に頭を悩ませている。高コストを投じ設置したAIモニターロボットは、きっとそんな大問題を簡単に、当然の如く、スッキリと解決してくれるに違いなかった。

 若い駅員達の声がした。

「朝夕の混雑は相変わらずですね。僕この前なんか、ラッシュに巻き込まれて東京駅まで行っちゃって、駅長にこっ酷く叱られたんですよ。僕のせいじゃないのになぁ、何か対策はありませんかね」

「また居眠りでもしていたんだろ、お前はいい加減だからな」

「してないですよ、立ったままでちょっとうたた寝しただけです」

「まぁ、AIモニターロボットがきっと大きな効果を上げて、ラッシュなんかあっという間に解消してくれるだろう。何と言っても人工知能で賢いんだからな」

 そう言って、先輩駅員は根拠のない自信に胸を張った。

 ある日、男は駅で不思議なものを見るようになった。

 男はこの街に一週間前に引っ越して来た。自宅マンションから最寄りのこの駅までは徒歩10分、品川駅まで電車で10分、オフィスまで徒歩5分。自宅からオフィスまで計約25分という立地は理想的であり、電車の殺人的大混雑以外に不満はない。

 血液型がA型のせいなのか几帳面な性格の男は、朝の出勤時は必ず毎日同時刻7時15分発の先頭1番目の車両に乗る事にしている。大した理由がある訳ではない、毎日同じでないと何となく気持ちが落ち着かないだけだ。引っ越してから今日まで必ず同じ1番目の車両に乗っている。帰宅時も大体同様で、設定したように品川午後7時00分の下り電車、朝と同じ1番目の車両の電車に乗っていた。

 ある時、男は朝夕の駅で不思議なものを見た。それは、最も身近な存在……自分自身だった。最初こそ見間違いか或いはちょっとした思い違いや錯覚の類かと思ったのだが、それはほぼ週一のペースで続き、今日もそれは同様に起こり、「自分」は平然と男の前を通り過ぎた。

 男が初めてそれを見たのは一週間前の朝だった。きっかり朝7時15分に乗り込む上り東京行きのリニアラインの電車はいつもながら満員状態で、やっとの思いで電車に乗った男は、反対側のホームに到着した下り車両から青いスーツにピンク色のワイシャツ、赤いネクタイに金縁丸メガネの坊主頭のサラリーマンが他の沢山の乗降客に混ざってホームに降りたのを見た。男は、大抵の人が大勢の写真の中から自身を一瞬で探し出せるように、それが自分である事に気づいた。自分の前に自分がいる、そんな事がある筈はないのだが、まるで男がここにいるのを知っているかのように、上り電車が動き始めて暫くの間だけ下り電車から降りた自分はこちらをじっと見据えている。何かを訴えたいのだろうか。

「いや、あれが自身である筈はない、そんな筈はないのだ。何故なら自身はここにいるのだから……」

 狐に摘まれたような不思議な感覚に包まれながら、男は自身にそう言い聞かせるしかなかった。

 一つの仮説が湧く。この世には自分とそっくりな姿をした人間が三人いると言う。きっといるに違いない。そしてあれは、その内の一人なのではないか。だが、即座に仮説は否定される。世の中に顔形だけではなくその日の外見、着衣まで同じなどという人間が果たしているだろうか。金縁丸メガネに坊主頭という特異な風貌で普段から原色の派手なネクタイを好んで付けている、それらが全て同じ人間など、どう考えてみても理屈に合わない。

 一つ確実に言える事がある。週に一度朝夕二度のペースで何回か見た自分の服装は、決まってその日の男と瓜二つなのだ。今日も見覚えのある一番お気に入りの赤い水玉ネクタイ、その他着ている服装の全てが同じそれは誰なのだろう、男の前に現れる「自分」は誰なのだろう。

 二つ目の仮説が湧く。あれは世の中に三人いる自分に似た人間の一人ではなく、自身なのではないか。つまり、男が朝7時15分に見る自分は未来、おそらくは12時間後の帰宅時の姿なのではないか。だから、男と自分の服装は全く同じなのだ。きっとそうに違いない。

 仮定は一人で歩き出し膨張していく。そうだとするならば、男は時空間を超越し未来を見ている事になる。だが、そんな事があるだろうか。そんな非科学的な事などある筈はない。では、あれは誰なのか。モノマネ芸人ならば随分とクオリティが高い、しかしそんな事はあり得ない。芸人が週一二度素人を真似る必然的理由がないし、未来を見るなど砂粒程の合理性もない。

 仮説は急速に収縮した。そして、あらん限りの仮定を列挙してシミュレートしてみる。TV番組のバラエティ企画か、誰かのイタズラか、或いは幻覚が見えてしまう新種の病気か。時空間が歪むこの世の終わりか。

 納得できるものは浮かばず、最後に残る仮定は一つしかない。やはりあれは「自分」に違いないのだ。朝、会社に向かう自分と同じ服装で夕方帰宅時に当然のように反対側の電車からホームに降りる自身の姿を見ているのだ。何やらSF地味た話だが、それ以外には理屈がつかない。

 そう思い、ちょっと得意げにストーリーを考えてみるが、SF小説を描く才能など端から持ち合わせていない男にそれ以上の展開など思いつく訳もなく、発想は尻つぼんで振り出しに戻ってしまう。三つ目の仮説は湧いてこない。

 それならと、男は帰宅時電車を降りた自分に手を振ってみようと試したのだが、いざその段になると、何故か手が動かない。仕方なく、「気にするのはやめよう、些末な事だ」と思い込む事にした男の目の前に、今日も自分は現れた。

 朝、電車に乗ろうとした男の反対側ホームに、いつものように同じ服装の自分がいる。おそらくは帰宅時と予測される自分が電車を降りたが、今日はいつもと少し違う。何となく元気がなく、こちらに目をやる事もなく沢山の人々に紛れて下りエスカレーターを降りていく。その時、男は正体不明の自分が誰なのかを知りたい激しい衝動に駆られて、一旦乗り込んだ車両から飛び降りようとした。

 だが、今後は足が動かない。意気消沈気味の自分は、下りエスカレーターに乗り、改札口へ消えていく。何かあったのだろうかと思案したが、確かめる術はなかった。

男は不思議に思う。それが何故なのかはわからないが、朝電車に乗り込んで何かをしようとすると必ず意思に反して身体が動かなくなる。そして、品川駅に向かって電車が走り出して暫くすると、何もかも忘れてしまうのだ。

 今日もホームの向こう側、男と同じ赤いストライプのジャケットに黄色いシャツ、水玉ネクタイという相当に奇抜な服装の自分が電車から降り、下りエスカレーターの向こうに見えなくなった。

 男の脳裏にまた別の疑問が湧く。自分は一体どこへ行くのだろう。この土地でこの時間に男の行く場所は、自宅と帰宅途中に立ち寄るコンビニか自宅くらいしかない。それなら「家にいる筈の妻に連絡してみよう、二人の子供の声を聞けばきっと気持ちが落ち着くかも知れないな」と思い立ったが、今度はスマホが見当たらない。こんな苛々する感情を引きずりながら、ドアが閉まり品川駅方面へ向かって発車して暫くすると、今し方までの記憶は一瞬で消え失せ忘れてしまう。

 何かをしようとして、それができない理由はあるだろうか。色々とこの状況を分析した上で想定したパターンの中で最も可能性があるのは一つだけだ。不思議でとても信じ難い事ではあるが、やはり男は未来の自分を見ているのだ。だから、朝見た未来の自身がしなかった事をする事は歴史を変える事になってしまい、必然的に出来ない事になっているのだ。そうだ、そうに違いない。

 男は考えるのをやめて、自分を12時間後の自身だと思う事にした。絶対的な確信はなかったが、あれこれ考えてみたところで解答など出ないのだから、納得できそうな結論にした方が楽しいに決まっている。それが最も合理的で現実的な考え方ではないだろうか。

 その後も、男は相変わらず12時間後の自分を見続けた。いや、それまで以上に頻繁に、週に一度だったものが週に三度見るようになった。

 また疑問が湧いた。男が自分を見る事に何のメリットがあるのだろうか。メリットなどあろう筈もない。いや、ない事もない。それは男にとっては、気にさえしなければ少なくともマイナスではない。物は考えようで、一日の始めに未来、つまりその日の終わりの自身の姿を見る事で、その日の大概の出来事が想像できるのだ。嫌な事や大変な事があっても、その日の出来事は変えられないまでも、朝から心の準備をするは可能だ。そうする事で精神的な安定には多少なりとも役立つだろう。

 今日も駅に到着した電車の1番目車両からいつものように電車を降りた12時間後の自分は、秘書課の若い女を連れていた。そして、今日はいつもと違う事が起きた。反対ホームに降りた自分と女の二人は何かを言いたげにじっと男を見ている。

 もう一つ理解の出来ない事、自分が訴えようとしている事は何か。今日もホームに降りた自分は、男をじっと見据えて何かを言っている。声は聞こえないのだが、必死に何かを伝えようと語り掛けている。電車が動き出しても自分と女は時折薄笑いを浮かべながら何かを呟き、視線を外さない。

 自分とその女は何を言いたいのだろう、何を訴えようとしているのだろうか。男が自分を見るようになって以来、わからない事や奇妙な事が山のように発生し、何一つ解消する事はない。それどころか、それは日に日に増えるばかりだ。最近では自分の奇妙さは更にエスカレートし、駅のホームを降りた自分はラーメン屋や牛丼屋、はたまた家電量販店の店員の格好をしていたりもする。もうこうなると完全に理解不能、お手上げだ。

 駅長は、AIモニターを見ながら得意げに、そして満足そうに助役に言った。

「ホームに設置したこのAIモニターの評判は中々いいらしいね」

 助役は駅長の機嫌を損ねないように当たり障りのない現状報告をした。実際には、AIモニターの特命である混雑の緩和に特に成果は出ていない。

「先日から始めたラーメン店や牛丼屋や家電量販店の企業CM放映は好評です。先程は地元の商店街企業からも是非ともCMを放映させて欲しいと電話がありました」

 駅長は「地域に役立つ駅づくりという私のコンセプトは間違っていないな」と満足そうに頷き、次いで、「『アレ』の方ははどうだ」と特命の効果に話を振った。

「現在先頭1番車両の前に設置しているんですが、残念ながら余り効果は上がっていません。先日、週一回の録画を三回に増やしたのですが、それでもコストに見合うような成果は得られていません。朝夕の混雑は殆ど変わらない状況です」

「まぁ、まだ始めて一ヶ月だからな、もう暫く様子を見よう」

 夜7時10分に到着した電車の1番車両から沢山の客と共に電車を降りた山田平助は、同じ最寄り駅を利用する総務課山川朋美に、ホームに設置されたAIモニターに関する知識を自慢した。

「朋美ちゃん、見ててご覧よ。今から始まるモニターに僕が映るんだよ」

「へぇ」と山川朋美が話を合わせた。

画面に「オフピーク、この混雑の解消にご協力お願いします」の文字が流れた後、朝の混雑の状況が映し出された。モニター画面の中に映る電車に乗り込んだ山田平助が、こちらをじっと凝視しているように見えている。

「ほら見てよ、あれが今朝電車に乗った時のボクなんだけどね。これはAI人工知能搭載の機械で、モニターの中の僕がじっとこっちを見ているみたいでしょう。これをピンポイント機能と言うらしいんだ。気味が悪いよね」

「山田さんて物知りなんですね」

「いやぁ、そんなは事ないよ。そう言えば昨日の会社帰りに秘書課の花島さんに会って、同じ事を話したよ」

「ウチの会社でこの駅を利用している人って、結構多いんですよね」

「朋美ちゃん、ボクの家は駅前の50階建のタワーマンションなんだけどさ、今から独身貴族のボクのマンションに来ない?」

 山田平助は鼻の下を伸ばしながら言った。下心が漏れ出している。

「山田さんて、独身でしたっけ?子供が二人くらいいる顔してますよ」

「ヒドいなぁ。独身だよ、独身」

「それに凄く神経質そうだから嫌、多分血液型A型でしょ。私A型の人はキライ、O型の人が好きなんです」

「それもヒドいなぁ。ボクの血液型はB型で、神経質じゃないよ」

「うわぁ、B型なんて最悪。変態じゃないですか?」

「昨日は花島さんに断られ、今日は朋美ちゃんでダメかぁ。ボクはどっちでもいいんだけどな」

「最低、やっぱり変態」

 モニターが終了すると、二人はエスカレーターを降り改札口を出て、さっさと左右に別れた。山田平助は、泣きながらいつものように独りで駅裏の怪しい路地街へ消えて行った。

 夕方の混雑の大きな荒波が引いた頃、モニターの前で駅員達の談笑する声がした。

「これにはピンポイント機能というものが付いているから、かなりリアルにその日の朝の混雑状況を録画して、夕方にはモニターに映せる。混雑解消に対するAIが最も効果的と判断した画面をつくり出して、人間に訴え掛けているんだ。AIがあれこれと意味のない事を想像して情報処理の限界を超えていなければ、効果は上がる筈なんだがな」

「そうですよね。高いコストが掛かっているんだから上手くいってほしいですけど、何故駄目なんですかね?」

「このAIの機能に、何らかの異常があったとしか考えられないんだがな」

「そのせいですかね。コイツ、朝夕のラッシュの後で精神病患者みたいに「あれは誰だ・アイツは・誰だ・オレは誰だ・」って意味不明な事をブツブツ言い始めるらしいですよ」

「うつ病みたいだな。お前みたいに、もっといい加減でやればいいのにな」

「酷いな。ボクのは、いい加減なんかじゃなくて『いい加減』ですよ。機械なんかにボクの崇高なる思考が真似できるもんか」

「明日から先頭1番車両前のモニターポイントを、七番車両前に変える事にしよう」

 次の日から、男は「自分」の姿を見る事はなくなった。


 ある日、七番車両に乗る女は駅ホームで不思議なものを見るようになった。最初は見間違いか或いは錯覚だと思った。

 西暦2045年には、進化するAIのCPUが人間の脳細胞を超えてしまう転換点、所謂シンギュラリティが到来すると言われる。そして近い未来、機械は自我を持ち、人間を支配する『ターミネーターの世界』が来ると予測されている。

 だが、AIが人間の能力を超える日などやって来る事はない。何故なら、機械には人間の崇高なる思考『いい加減』を理解する事は永遠に出来ないからだ。


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