第7話 魔女
魔法で脚力を底上げしているのか、飛白の速さは異常だった。すぐに姿が見えなくなったが、一本道で迷いようがない。走り続けていると、広く明るい場所に出た。
洞窟を削って作られたらしい広い空間にはガゼボという建物が設えられている。白亜の柱が六本、優雅なアーチを描く屋根を支える。銀色に輝く不思議な花をつけた蔓植物が柱に巻き付き、ガゼボ全体が輝いているように見える。
その中央にガラス製の寝椅子が置かれ、少女が一人腰かけていた。
「ようこそ。お待ちしていたわ、探偵さん」
長い銀の髪に銀の瞳、無邪気な笑顔を浮かべた少女の名を魔樹が呼ぶ。
「銀の魔女」
「初めまして。探偵さんに知ってもらっているなんて嬉しいわ」
魔樹は眉根を寄せて不快だと示してみせる。
「魔女は皆同じ顔だと言うのは本当だったんだな。色違いなだけで個性がない」
うふふ、と笑う銀の魔女は魔樹の挑発にも乗らず、楽しそうだ。
「個性なんて、強大な力の前ではなんの意味もないのよ。力が強いか弱いか、魔女に必要な情報はそれだけ」
痛む両手をジャケットのポケットに入れて、魔樹は魔女をせせら笑う。
「まるで力比べをする、ならず者みたいなことを言うんだな。個性もなければ品もないのか」
「もう一度言うけれど。強いこと、それが魔女の存在意義よ」
なにを言っても魔女が気にするそぶりはない。魔樹はため息をついた。
「魔力比べだろうが、政争だろうが、勝手にやってくれればいい。だが、子どもを巻き込むな」
「あら、私も子どもよ」
「何千年も生きていて、よく言うな。見た目がどうだろうと、中身は老婆だ」
魔女は心の底から楽しいというように笑う。
「探偵さんみたいな子なら、きっと素敵な私の戦士になってくれるでしょうに。魔法は嫌いなのね」
魔女の言葉を嘲笑って、魔樹はポケットから手ですっぽり覆えるほどの小さな円盤を取り出した。
「魔法は嫌いじゃないさ。他人の思惑通りに弄ばれるのが癪に障るだけだ」
言うと、円盤を魔女に向かって投げ付ける。円盤は回転しながら空気を切り裂いて飛ぶ。あやまたず銀の魔女の顔面に到達した円盤は、魔女の体をすり抜けて柱に突き刺さった。
「そろそろ消えてくれないか。幻像と話す虚しさを想像してくれ」
「幻像?」
ガゼボの陰から飛白が飛び出してきた。
「なんで、銀の魔女! あなたが直接来てくれると言うから白の魔女を騙して学園に入ったのよ。【チタン】の願い通りに彼を連れて行ったじゃない。なのになんで私は置いていくの? 幻像じゃ、帰還の魔法なんて使えないでしょう!」
まだまだ捲し立てそうな飛白を、銀の魔女は捨てたおもちゃを見るような冷たい目で眺める。
「おしゃべりな出来損ないさん。もっと働いてくれるかと思っていたけど、潜在魔力量が少ないと役に立たないものなのね。せっかく【ダークカラー】のあなたに私の魔力を分けてあげたのに」
そう言い残すと、銀の魔女の姿は、ふっと消えた。
「私を連れて行って!」
飛白の悲痛な叫びは洞窟内に空しく響いた。
「魔樹! どうしたの!」
牢に辿りつくと、亜依が柵にしがみついて魔樹の姿に目をみはった。
「ちょっと火遊びをね」
ぼろぼろに焦げた制服、火傷だらけの皮膚、痛々しい魔樹を見て亜依は涙目になる。
「飛白先生! ここから出してください!」
縄状の魔具で魔力を抑えられ、拘束された飛白は疲れ果てたというように顔を伏せている。魔樹が魔具を外しても抵抗することなく牢の柵に手を触れた。手のひらから魔力を流していると、柵は地面に潜り込み、消えた。
「魔樹!」
亜依は魔樹に抱き着く。魔樹は「痛いよ」と言いながらも楽しそうだ。
魔力を取り戻した慧と、しっかりと目覚めた来斗が牢の中に入り、子どもたちの様子を調べている。
「魔力切れで動けないだけみたい」
来斗が言うと、慧が不思議そうに、歩武に尋ねた。
「君はどうして動けるの? なにか心当たりはあるかな?」
こくりと頷いて歩武は慧と来斗の顔を交互に見やる。
「護身術の稽古で魔力を消す訓練をするんです。敵から逃げるときに気配を消すためだって。だから、魔力なしで戦えます」
魔樹が感心して明るい声を上げる。
「もしかして、魔力を外に出す方法も知っているのか?」
「はい。練習しています」
飛白に目を向けると、静かに頷く。
「飛白先生に教えてあげてくれるかな」
「はい、分かりました」
歩武の講義はあっという間に終わった。飛白の受け持ち教科だった、魔力特性強化の技術は素晴らしかった。
魔力を外に向けて放ち、飛白は魔力を子どもたちに分け与えた。黒かった子どもたちの髪が明るい色に戻っていく。魔力が出ていくと共に、飛白の紫の髪が濃くなっていく。
「私も、自由になりたいだけだったのに」
だれの耳にも届かない呟きをこぼし、飛白は淡々と魔力を送り続ける。子どもたちが全員、目を覚ましたころには、飛白の髪は一房の紫を残して、黒く染まっていたのだった。
***
ショートブーツを履いた足を机に乗せた不安定な格好で、魔樹は慧に不機嫌な顔を向けた。
「若作り魔女に用はない。報酬だけくれ」
慧は困って愛想笑いを浮かべてみせる。
「そういうわけにもいかなくてね。僕の顔を立てると思って、交信して欲しいんです」
不機嫌に不機嫌を重ねたしかめ面で魔樹は足を下ろした。了解の合図と捉えた慧は、右手で空中に金の円を描きだす。
「お久しぶりね、魔樹」
鈴が鳴るような軽やかな声が金の円から聞こえてくる。
「お目にかかりたくはなかったんだがな、白の魔女」
声に遅れて、円の中に少女の姿が浮かび上がった。髪も肌も服もなにもかもが白い中、目だけが黒く、とても目立つ。
「今回もご苦労様でした。皆無事で済んで、安心しました」
魔樹は包帯が巻かれた両手をわざと机の上で組んでみせたが、白の魔女は無事ではない魔樹の手を気にする素振りも見せない。
「で、今日は何の用なんだ」
「飛白の今後のご報告など」
白の魔女は小首をかしげて、にこりと笑う。
「今回の件についてすべて自供していることから、諜報活動、誘拐、魔力法違反、その他もろもろについて極刑から減刑して、国外追放にします」
「ああ、そうですか」
やる気も興味もない魔樹が適当な返事をしても、白の魔女の笑顔はびくともしない。
「銀の魔女が、この国を狙っていることは、魔樹なら知っているでしょう。【チタン】を誘惑して連れ去ったとの飛白からの証言もあります。【ダークカラー】に魔力を付与して、操り人形の戦士を作る予定だったとか」
魔樹は椅子をくるくる回して、興味がないと白の魔女に伝えようとしたが、魔女の笑顔はやはり不動だ。
「クリーナーズからも不審者を発見した旨、報告が上がってきているのです。今のところ、捕縛は出来ていません。もう一歩というところで遠くへ転移させられるそうです」
魔樹は椅子を止めて白の魔女を見つめる。
「人間一人を転移させるなんて、よっぽどの術師なんじゃないのか」
「そのようなのよ。そこで、お願いしたいのです。街に侵入している不審者を捕らえてください。魔樹なら魔力に干渉されないでしょ。転移も効かないと思います」
あからさまに嫌だという気持ちを表すために、魔樹は深いため息をついてみせる。
「もし、効いたらどうするつもりだ」
「それは、もちろん」
白の魔女はさらさらの白い髪を揺らして微笑む。
「あなたの仲間たちが、あなたを見つけてくれるわ。彼らは決してあなたを諦めない。でしょ?」
答えもなく完全に無視されても魔女が怒ることはない。魔樹のことを諦めないのは魔女も同じだ。
「じゃあ、お願いしますね」
一方的に依頼だけ残して、白の魔女は姿を消した。
「本当にいつも自分勝手な……」
「魔樹ー! 新しい事件でしょ?」
亜依がドアを叩きつけるように乱暴に開けて飛び込んできた。
「力づくで開けるのはやめてくれと言っているだろう、亜依。いつかドアが壊れてしまう」
「大丈夫、壊れても来斗が、ちゃちゃっと修理してくれるよ」
のんびりと亜依について入ってきた来斗が、迷惑そうに顔をしかめる。
「直せるけど、壊さないで」
そんな言葉は亜依の耳には届かない。
「ね、どんな事件?」
「今回、亜依の出番はないよ」
「えー! 私も大活躍するから教えてよー」
魔樹は口をつぐみ、そっぽを向く。亜依は依頼主との橋渡し役の慧に詰め寄る。
「慧先輩、教えてください!」
「うーん。亜依さんには危険すぎる案件なんです」
「亜依」
魔樹が机に身を乗り出して、不満で膨らませている亜依の頬に優しく触れる。
「私を心配させないでくれ」
亜依は顔を真っ赤にしながらも引き下がらない。
「でもでも、私に危険なんだったら、魔樹にだって危険だもん」
「知ってるだろ」
蠱惑的な笑みを浮かべる魔樹の姿を見てしまえば、もう亜依には思いつく言葉はない。ただただ魔樹を見つめてしまう。
「危険は私の庭だよ」
非魔法探偵事務所の依頼は途切れることなく、魔樹は颯爽と危険に飛び込みつづけるのだった。
魔樹~黒曜石探偵事務所の事件簿~ かめかめ @kamekame
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