03-06:誘導作戦

 (あらすじ:魔王を、より戦いやすいロケーションに誘導する必要がある。作戦前に、赤の神子であるナナはやることがあるようで……?)


 「もう長い間ここに住んでるけど、この隠し部屋は見つけられなかったなあ」


 エシュゲブラとハムホドを祀る、赤の神殿。

 焼成レンガで造られた頑丈な建造物。

 その殺風景な内陣を、イロハと赤の神子二人が調査していた。


 普段は、神官ですら立ち入ることのできない領域。

 しかし、今は例外。神々きってのクエストとあらば、大抵の無理は通る。


 「地下に続きそう。酸素の方は――」

 「《ベンティレーション》。これで換気されました。大丈夫だと思います」


 壁には、人一人が通れそうな大穴。

 今しがた、リコの手によって暴かれたレンガ型スイッチによって、展開したものである。


 「ちょっと怖いかも」

 ナナが怯えたふりをすると、リコは眉をひそめた。


 「言っとくけど、今回の鍵はナナだからね。私は――ソフトウェアはあんまり詳しくないし」

 「怖いのはそこだよ……」

 リコは答えを聞かず、先に潜り込む。

 ナナが続き、イロハが殿を務める。

 護衛が先じゃなくて大丈夫なのかと聞いてはみたが、「どっちかというと補助要員だし、後ろ着いてきて」の一点張りだった。


 「やっぱ暗いな。イロハちゃん、明かり貰える?」

 背後を見て、ぼんやりとついてくるイロハに声を掛ける。


 「……《コンティニュアル・ライト》」

 リコの肩に、控えめに触れて光源化。

 発動には成功。流石に失敗はしない。


 「大丈夫? ここのごはん、体に合ってるかな」

 普段と違い、すこし気だるい様子の彼女を気遣う。

 

 「すみません、ちょっと睡眠不足で……」

 ナナは肩をすくめた。

 若さゆえの、なんとやら。昨日のオドとレシュのことだろう。

 流石に部屋は分けたらしいが、それでもイロハには刺激が強すぎたようだ。


 実をいうと、このような夜ふかしはナナにも覚えがある。

 この調子だと、あまり無茶をさせるわけにはいかないか。


 「ガラージも連れてきたかったけど、魔工学の理論構築のほうが良いって聞かなくてねえ」

 そんな空気を一人だけ察さず、リコはずんずんと下に降りる。

 ナナから見れば、リコもリコで恋愛は問題児なのだが……。


 (オドくん、安らかに)

 もともと護衛を頼むつもりだったオドは、昼を回った今もベッドの上で干からびていると聞いている。


 無理もない。《チャーム》をあえて無抵抗で受けた彼は……文字通り、一晩中レシュのおもちゃとなった。

 体力が尽きれば《バイタリティ》を命じられ、眠気が来たなら《レストレーション》で強制的に起こされる。

 そうして、ひたすら遊ばれたわけである。


 精神操作系の魔法は、いかなる間柄であっても抵抗すべし。

 この世界の、数多の失敗から生まれた常識であった。


 なお、ナナはこの話を当のレシュから聞いた。

 炎上プロジェクトが無事に終了したエンジニアのような、実に幸せそうな顔をしていた。


 「まあ、そのうち復活するよね」

 切り替えて、ナナは歩みを進める。

 

 とにかく、自分自身もやることをやらなければ。


 「……ん?」

 リコが、『待った』のサイン。


 「どうしたの? なすびちゃん」

 「底だ。意外と早く着いたね。三階分くらいしか下ってないんじゃない?」

 一見、ケンタウロスが通れそうなほど大きな石扉だ。

 ドアノブが数か所に付いており、様々な種族が通過できるような仕組みとなっている。


 「罠は……心配しなくていいか。ここ、ダンジョンじゃなくて神殿だし」

 リコはヒューマン用のドアノブに手をかけ、引いてみる。


 「あれ? ダメか」

 反応なし。今度は押してみて、同様に全く動かないことが分かった。


 「引き戸ってこともないですよね?」

 「試したけど、ダメ。というか、引き戸だったらドアノブは無いんじゃない? あってハンドルバーでしょ」

 「そうですね」


 イロハが前に出て、確かめる。

 鍵穴のたぐいはない。


 「《センス:マジック》」

 魔法による仕掛けを疑うも、ドア自体に術が仕掛けられているわけではないようだ。


 「鍵穴なし、魔法なし、か」

 果たしていかなる仕組みだろうかと、リコは思考を巡らせる。

 

 そして、一つの仮説に思い当たったらしい。


 「ねえ、イロハちゃん。私に筋力強化の魔法掛けてくれる?」

 「えっ。こじ開けるつもりなんですか?」

 リコは首肯した。


 「だってこれ、石だから単に重いし。作られた年だって千年前じゃ済まないから、内側の蝶番が錆びてる線が濃厚でしょ」

 「……確かに。でもそれなら、もっと良い手があります」

 「じゃあ、任せた」


 リコは一歩下がって、イロハの様子を眺めることにした。


 「《イールド:オイル》!」

 まず、手のひらに油を召喚する。

 その油がこぼれ落ちる前に「《マーキュリー・ハンド》」を唱え、油の形状をコントロール下に置く。液体であれば、水に限らずこの呪文で制御できる。とりあえず、指先で球状に。


 「リコさん。蝶番って、どこに付いてることが多いですか?」

 「モノによるけど、私だったら上に二箇所と下に一箇所着けるかな。それぞれ、端からは少し離す」

 「わかりました。合わせて三箇所なら、行けると思います。《クレアボヤンス》!」

 今度の呪文は透視。イロハからは、ドアの向こう側まで見えている形だ。


 「やっぱり、だいぶ錆びてますね」

 イロハは油球を下部の蝶番に近づけ、ドアの隙間を通して裏側まで浸透させる。

 都合、ドアの表側から裏の蝶番に干渉することになる。


 「なるほど、賢いね」

 「これからです。《リムーブ・ラスト》!」

 イロハの右掌から伸びた油を媒介に、錆取りの呪文を唱える。

 効果は……言うまでもない。これまでの術は、全てこの呪文を機能させるためのセットアップであった。

 魔法で操作している油にも、赤いサビが混じり始めたようだった。


 「後二箇所も同じようにやりたいです、が……」

 ぴょん、ぴょんと跳ね、頭上を指す。

 人間用の扉とはいえ、少し大柄な個体を基準に作られているようで、イロハでは届かないようである。


 「ああ、届かないのね。ちょっと待ってて」

 リコは背後の階段を駆け上って行く。

 イロハたちは《コンティニュアル・ライト》を掛け直し、その場で待機。

 

 「ナナが行こうか?」

 「私のほうが丈夫なんだから、そこに居て」

 「はぁい」


 階段を上る音だけが、地下に響く。


 「リコさんって、いっつもこんな感じなんですか? 初めて会ったときもですけど、とにかく動きに無駄がないような……」

 「アドラムさんと一緒にいる時以外は、大体あんな感じ」

 「そうなんですか」

 

 イロハは背伸びし、どうにか二つ目の蝶番に油を行き渡らせたようだ。


 「ナナはリコに何度も助けられてるから、むしろなにかしてあげたいくらいなんだけど」

 「色々と強そうですもんね、リコさん。自分でなんでも出来ちゃいそう」

 「そうね。身体能力はナナと同じく一般人だけど、装備を作れるからできることは多いかな」

 「……一般人?」


 うん、と言って、ナナは続けた。


 「オドくんやイロハちゃんみたいな魔力は、ナナやリコにはほとんど無い。幾つか特殊能力を授けてくれたから、そういう意味では特別かもだけど」

 「特殊能力って言っても……」


 ナナはあまり気にしていない様子で、イロハの頭をなでた。


 「まあリコに関しては、その能力を応用して凄い装備を作れるんだけどね。レジェンダリー級までは行けるって」

 「あ、聞いたことあります! 確か、国軍の小隊長クラスに配備されてるって話ですよね」

 「そう! 一般書に書かれてるから、イロハちゃんは流石に知ってたか、そっか!」


 (まあ、レジェンダリー級を小隊長クラスにというのは、コストの問題もあって対外的な誇張だけど……)

 と、声には出さずに飲み込んだ。


 「何の話?」

 イスを抱えたリコが降りてくる。


 「なすびちゃんの話。色々すごいよねって」

 「またまたー。私はただの市民だって」

 イロハにイスを差し出しつつ、リコはへりくだった。


 「取ってきてくださったんですね! ありがとうございます!」

 古く、そして軽い木のイスだった。

 イスに乗ったイロハは、高い位置の蝶番にも油を染み込ませて、サビを取っていった。


 「……ねえ、ソルモンテーユでなすびちゃんがどう呼ばれてるか、教えてあげたほうが良いんじゃない?」

 「それ、ちょっと気になるなあ。教えてよ」

 「んんんん……」


 ほどなくしてイロハは作業を終え、イスから降りた。

 ドアノブを押すと、石扉はスムーズに開いていく。


 「あっ! 開きましたよ! 入りましょう!」

 「思いっきり話そらされた……」


 仕方なく、リコは目的の地下室を検める。


 中央には、マナタイトで装飾された水晶モノリスが鎮座。淡い光を放っている。

 周辺部を含めれば、この部屋は旧聖堂と呼称すべきだろうか。

 弧の形を取った石机が、円状に配置されている。その上には、神殿が建てられて以来そのままと思しき書類が散乱していた。


 「……念の為、まだ触らないで。イロハちゃん、書類の保存状態は分かる?」

 「《アナライズ》。状態は良いですが、下手に触ると劣化が進みそうです」

 「転写しても大丈夫かな? 後でドワーフと機械種族ディータに作業させたい」

 「多分大丈夫です。そのあたりはお任せします」


 リコはここに遺物があることをあらかじめ予想していたのか、革の手袋をはめて、書類を一箇所にまとめ始めた。

 合成ゴム手袋は、目下研究中である。


 「その間に、ナナもやることやっちゃおう」

 ナナは、水晶モノリスと対峙する。

 背丈は彼女の五割増し。ハムホドの遣いによると、素手で触って良いとのことではあるが。


 やることは、魔力基盤のメンテナンス。

 神々からのクエストだ。無事に終われば、願いが一つ叶う。

 責任も重大だ。壊してしまえば、世界が立ち行かなくなるかもしれない。


 思えば、このような大役を任されたのは、人生で初めてかもしれない。

 カイムスフィアに来る前も、その後も。これまでナナはヒロインであり、ヒーローではなかった。


 リコの姿を、ちらと見る。

 ナナの思うヒーローは、彼女の姿をしている。


 ヒーローならば、この場面でどうするか。

 簡単だ。答えは、すぐに出た。ジャスト・ドゥ・イット。


 無言で、ナナは水晶モノリスに手を触れる。

 温かいマナが流れ込み、ナナの身体を循環し始めた。


 「無事、接続できたようだね。今から、マナに情報を乗せて送るよ」

 ハムホドの声がした。

 視界が彼のものと重なり合い、この世界のソースコードとでも形容すべきものが、ナナの脳内に流れ込んできた。


 少しずつ、理解できる量に噛み砕かれながら、世界の仕組みが入ってくる。


 その途中のことだった。


 ナナは、絶句した。


 そのコードは、あまりにも難解であった。

 あちらを直せばこちらに綻びが出る。複雑に絡み合った、毛糸玉めいた有り様であった。


 更に付け加えると、このコードをあくまでナナの言葉で表現するならば、それはアセンブリである。


 アセンブリとは、『我々の』世界で言うところの、機械語と一対一で対応する処理を記述するための言語であり――


 ――かいつまんで言うと、書くにも読むにも、非常に苦労する形式であった。


 「ねえ、神様」

 「なんだろうか」


 冷や汗をかきながら、ナナはハムホドに提案する。


 「ナナ、これを文書でもらいたいです。この場で調整するのは、ナナの世界の天才でも怖くて出来ないと思います。もっと扱いやすい言語で書き直したいな」

 「ふむ、構わないが……。所要期間は?」

 

 ナナは脳内の情報と、昔に経理ソフトウェアを自作したときの所要期間を照らし合わせた。


 「平均二年、誤差半年かな? あと、いきなりこの世界を触っちゃうと絶対に壊れると思うんです。だから練習できる環境も欲しいなあ」

 今の技量であれば一年である程度片がつくとは思うが、マージンは多めに取りたかった。

 下手を打てば、世界が滅びるからだ!

 それだけは、絶対に避けたい。


 「分かった、それでいい。オルケテル様に、ミニチュアの世界を作っておくように頼んでおこう」

 「うん、ありがとう!」


 ナナはモノリスから手を離し、ハムホドとの通信を切断する。


 「どうだった? なんか五分くらい固まってたけど」

 我に返ると、すでに書類は束となり、置かれていた机ごとに整理されている。

 文字通り、ナナの意識は飛んでいたのだろうか。


 「すぐには無理そうかな。まず、コードをみんなに分かるように解析しないと。その後安全な言語に書き直して、処理系も作る必要がある。二年くらいかかるって概算立てといた」

 「うげえ、かなり大掛かりなプロジェクトになっちゃう?」

 「なるね」

 部屋の外に向け、リコは歩き始める。

 書類を移動するにしたって、神殿と研究開発部R&Dへの相談が必要だった。


 「あれ? もう良いんですか?」

 イロハもとことことついてきた。


 「今やれることは、大体終わったかな。ナナはハムホド様の遣いを待って、下調べと工程表のベースを。なすびちゃんも人員を引っ張ってくるのに話を通す必要がある。両方準備ができてから、本格的に作業」

 「すごいですね。もうそこまで段取りを……」

 「当然やれるよ。ナナは社会人だもん」

 「尊敬します」


 階段を登りながら、話が弾む。


 「そうそう。さっきの、ソルモンテーユで私がどう呼ばれてるかって話だけど」

 急に戻ってきた話題に、イロハの顔がひきつった。


 「やっぱり聞きたいよね。気になる。教えてくれない?」

 「うう……。怒らないですか?」

 「怒らない怒らない。なんでも受け入れるよ、私は」


 はぁ、と嘆息して、諦めたようにイロハは答えた。


 「『可憐なる革命の姫君』。『腐王をたおした赤椿』」

 「ぷっ」

 たまらず、リコは吹き出した。


 「私相手に『可憐』とか『赤椿』はないわ。ナナのほうでしょ、それ」

 「コメントは差し控えます」

 「ナナは合ってる気がしてるけど……」


 短い階段を登り終わって、再び神殿の地表部に。

 時間としては僅かなものだったが、やはり太陽の光を見ると安心するものである。


 「護衛の仕事は、これで終わりですかね?」

 「助かったよ、イロハちゃん。報酬はギルドに渡してて――あっ、そうだ」

 リコは何かに思い当たったのか、作業鞄からクシャクシャになった紙切れを取り出した。


 紙面には、『バーガーショップ:ふんわりバンズ』のロゴと、大胆な割引額が記されていた。クーポンだ。

 「これはおまけ。昔は顔出してたんだけど、体型に気を使い始めてからは行く機会なくてさー」

 彼女はなおも鞄の底から幾つかのクーポンを引っ張り出してゆく。


 「全部城下町で使えると思う。新聞に付いてくるから、『とりあえず』で鞄に入れておいたやつ。でも、仕事終わったら行くのめんどくさくなっちゃったってのもあるよねえ」

 「……ありがとうございます」


 ゴミ処理を押し付けられた気がしないでもないが、イロハは受け取ることにした。


 「にしても、イロハちゃんはいい子だなー。よしよし」

 リコがイロハを撫で、イロハは少し嫌そうにしつつも、抵抗はしない。


 後ろに立つナナはその光景を眺めて、ほっこりするのであった。


 ◆◆

 

 翌日。

 誘導作戦、その当日。


 「しかしまた、大掛かりなものを作ったな……」

 フィリウス聖騎士団長は、自らの背丈の何倍もある巨大な絡繰りを見て、硬い笑みを浮かべる。表情はヘルムの下に隠されているから、外から見るとわからない。


 あたりは穏やかな丘陵地帯。

 避難を済ませた牧場には、好き勝手に野生の馬や兎が入り込む。

 

 その光景の中に設置された、明らかにバカでかい無骨な装置は、不釣り合いというほかなかった。


 「これはカタパルトではなく、砲だろう」

 メンも、呆れたように言い放った。


 彼の言及は、正しい。

 シュヴェルトハーゲンの用意した『カタパルト』は、三つの部位からなる。


 一つは、コンテナ部。半分ほど地に埋まった二メートルの立方体状で、魔王を『格納』する。

 壁はオリハルコン塗料でコーティングされており、物理も魔法も軽減する。一旦閉じ込められれば、脱出は困難だ。


 二つ目は、トラップ部。コンテナ内に足を踏み入れれば作動する。事前に魔力を流し込めば、《チェーン》が発動し、物理的に対象を拘束する。


 そして、問題の三つ目。コンテナがやや後方に傾けて設置されているのは、この仕掛けのためだ。

 装置には、常に電流が加わっている。一般的な用途で使うには、あまりに強い電流が。

 

 「レールキャノンってやつだね。ボクの世界だとたまに見るかな」

 電磁気力で物体を加速させ、飛ばす機構。

 ルノフェンはその装置の後部の操作盤に手を当て、雷の呪文を適宜流し込んでいる。原理を理解しているようだ。


 「シュヴェルトハーゲンの人たちはバカばっかりだと思ってたけど、これは普段に輪をかけてバカだわ……」

 ヒュペラは完全に呆れている。

 ミトラ=ゲ=テーアは、幾度となく旧王国からの侵攻を受けている。抱く感情はよろしくない。


 『ルノフェンが居なければ動力はどうするつもりだったのか』『どうやって二日で設置したんだ』など、ツッコミどころは複数ある。

 研究開発部R&Dのドワーフいわく、「レールキャノンなら油による草地の汚染もないし、これが一番政治的に正しいぞい」とのことであった。そういう問題なのだろう。


 「ともあれ、我々のやることはシンプルだ。誘導地点まで攻撃を避けつつ、数キロ走り抜くよりは、遥かに楽だろう」

 フィリウスが仕切る。異存なし。


 「そうね。魔王をコンテナに詰め込んで、ありったけの拘束魔法を掛けて、飛ばす。笑えるけど、笑えるくらい単純」

 ヒュペラの言葉に、ルノフェンから「がんばれー」と応援が入った。


 当の魔王は、目視できている。

 今は緑の神子を模しているようだ。手にはムチを持ち、フラフラと歩き回っている。


 距離はおおよそ八十メートルほど先、ほぼ高低差なし。


 「少し遠いか。近くまで引き寄せる必要があるな」

 「では、俺が仕掛けよう。接敵までの間に、支援を」

 「分かった。ヒュペラ嬢、ともに頼む」

 

 メンは緩慢な動作で、刀を抜く。刃から青白い輝きを放つ、分厚い野太刀だ。

 下段に構え、力を込める。魔王は、特に反応しない。それもそうだろう。前回戦った時は、条件に応じて行動する操り人形めいた存在だった。


 「《マス・ストレングス》、《マス・インシュランス》、《マス・スピードアップ》」

 「《エナジー・オブ・テヴァネツァク》、《マス・リジェネレーション》、《マス・ランバー・ガード》」

 支援も無事発動したようだ。


 「じゃあお願い、おじさん」

 ヒュペラが合図すると、メンは頷いた。


 「口火を、切る!」

 刀を振り上げると衝撃波が生じ、大地と空を切り裂きながら、瞬時に魔王のもとに届く。


 「!!」

 初撃は必中。ゆえに、全力を込めた。


 生物であればたやすく胸を両断する太刀筋だが、魔王相手ではそうは行かぬ。

 敵の被害は、被弾時の振る舞いと、飛沫めいたノイズでしか推し量れない。


 魔王はよろめき、態勢を立て直す。

 効いてはいる。致命傷には程遠い。


 「《リジェ――」

 次の魔王の行動は、距離を逆手に取った自己支援。

 刀気をもう一度浴びせ、妨害する。


 ここに来てようやく、魔王はメンを見据えた。その流体めいた、虚ろな双眸で。


 「来るぞ!」

 

 魔王は一瞬身をかがめ、足に力を込める。

 次の瞬間には、フィリウスの眼前。驚異的な速度で迫りくる魔王。放たれるムチでの叩きつけを、かろうじてサイドステップで回避。


 「くっ!」

 反撃に、無詠唱の《ライトニング・ブレード》。ムチの切断を狙うが、僅かなノイズを生んだだけだった。

 

 そのまま魔王は回転し、同じくフィリウスへ勢いの付いたかかと落としを仕掛ける。その顔面に、横から割り入ったヒュペラの魔力撃がかち合った。


 被弾した魔王は二、三度バウンドしたかと思うと、体操選手めいたバックフリップを行い、着地する。

 距離は十分縮まった。危険度も、同じだけ跳ね上がった。


 ヒュペラは己の武器、【世界樹の枝】を見る。

 大世界樹との短い交信を行ったようで、その後に両手で構え直した。


 「緑の神子は《テレポーテーション》が使えるのか?」

 「使えない。けど、身体能力は私と同じくらい。全盛期なら、私以上」

 「ただの踏み込みでアレか……。ルノフェンくん、妨害できそうか?」

 「やってみる」


 《レジストブレイク》。部分的に抵抗。

 魔王が凝視する。瞬間的にルノフェンへ狙いを変えたようだった。


 「え」

 《ロング・リム》で左手を伸ばし、前衛を飛び越えるように掌底を放つ。


 「速ッ――」

 「《アイアス・シールド》!」

 フィリウスの魔法盾は貫通。それを見越したルノフェンはクロス腕で防御するも、弾かれてバランスが崩れる。機械とマナで編まれた腕にヒビが入り、《リジェネレーション》での修復が始まった。


 「《パワーブレイク》!」

 ただでやられるルノフェンではない。《レジストブレイク》が機能している、僅かな間に破壊力を下げる妨害呪文を唱える。これは、効果が出た。


 「追撃が来るよ!」

 ヒュペラが声を掛ける。魔王は伸びた左手で、支えとなる絡繰りの後部を掴んで《ロング・リム》を解除。一瞬で距離を縮め、その勢いでムチを突き出した。先端には尖った重りが付いており、刺突の威力は非常に高い。


 「あっぶな!」

 ルノフェンは半身となり回避。コマめいて回転し、遠心力の乗ったサイドキックを入れて飛び離れた。


 魔王は苛立たしげにルノフェンを追おうとし……異様な気配を察知して振り返る。

 彼をこのまま追わせれば、弱体化が難しくなる。そうはさせぬと、背後からメンが直接斬りかかっていた。


 ムチを引き寄せ、左右に張るようにして防御姿勢。

 メンは構わず斬りかかり、鍔迫り合いの姿勢に持ち込んだ。

 むしろ、真の狙いはこれだった。


 「このまま押し込んでくれる……!」

 組み合う。

 敵には妨害が入り、こちらには支援がある。

 もとより実力伯仲。ゆえに、この状況ではメンのほうが有利なのだ。


 「コンテナを開けるぞ!」

 状況判断。側面よりは、天面のほうが可能性がある。

 フィリウスがレールキャノンに走り来て、その優れた膂力でコンテナを開く。

 

 「メンさん、どう!?」

 メンはヒュペラの問いに答えず、行動で示す。

 魔王は徐々に、徐々にではあるが、後退している。

 靴のようなかかとで土をえぐりつつ、絡繰り後部のコンテナに向け、じわじわと圧されてゆく。


 「《レジストブレイク》……また部分的抵抗か。でも、これで《スピードブレイク》は通る」

 ルノフェンが更に妨害を加える。


 装置の後端に、魔王が運ばれる。

 間もなく魔王は尻もちをつき、その隙に動けるメンバーが魔王をコンテナに押し込んで決着するだろう。


 勝負あり、か。


 そう思われたその時!


 魔王は防御姿勢を瞬時に解き、あえてメンの全力の一撃を身に受けた!


 「むっ!?」

 特大のノイズが走る。それを意に介さず魔王は跳躍。

 ムチを伸ばし、フィリウスの頭部を薙ぎ払う!


 「《アイアス・シールド》!」

 防壁貫通! 勢いを多少削がれたムチの一撃は、フィリウスの兜をたやすく弾き飛ばし――


 「うっ」


 ――まずい。


 メンは周囲を見渡す。

 ルノフェンもヒュペラも、敵をしかと見据えている。

 当然、フィリウスへの攻撃も、視界に入る。


 彼の兜の下には、術が――!


 「いかん! 目を閉じろ!」


 KRATOOOOM!

 メンの警告から少し遅れて、魔王の頭部が、派手に爆発した。


 明るい昼の日差しの下でも、影ができるほどの爆発だった。


 「!?!?」

 空中で、ふらりと力を失う魔王。瞬間的な気絶。


 ルノフェンとヒュペラは、警告に従い目を閉じている。

 『カウンター』の詳細を知っているのはメンと、フィリウス当人。動けるのはメンだけだ。


 「仕方あるまい……!」

 メンは刀を投げ捨て、跳んだ魔王の足首を掴む。

 濡れたトカゲの皮膚を思わせるような、不快な感触を覚えながら、魔王をコンテナの底に叩きつける。


 《インシュランス》が発動し、フィリウスが復帰。

 その肌は、メンと同じく暗紫色だった。

 彼は兜が外れていることにすぐさま気づくも、作戦の遂行を優先する。


 《テレポーテーション》でコンテナの上に飛び、魔王の様子をうかがう。

 かなり消耗しているようだが、形態変化には届かないといったところか。


 「《ホールド・パーソン》! 閉めるぞ!」

 「応!」

 拘束魔法を唱えたうえで二手に分かれ、コンテナを閉じる。


 「ヒュペラ殿! ルノフェン殿! 魔王は箱に閉じ込めた! 起動せよ!」

 メンの指示には「任せて!」「分かった!」と、頼もしい返事だ。


 「魔力を注げばいいのね!?」

 「うん! 電力への変換はボクがやる!」

 操作盤に二人で触り、手から魔力を注ぐ。


 「《クレアボヤンス》」

 フィリウスとメンはコンテナから降りて退避。

 透視で魔王の様子をうかがう。

 ハンドサインでは、問題ないとのことだ。


 事前に魔力を込めていたこともあって、エネルギーの充填はほぼ終わっていた。

 回路が唸り、キュイイイイ……と泣き始める。


 「ジュウテンリツ 十分デス」と、機械音声。

 

 ヒュペラとルノフェンは顔を見合わせ、頷く。


 「《マス・デフネス》」

 ルノフェンの手によって、周囲からの音が削げ落ちる。

 レールキャノンを撃てば、凄まじい爆音が響くからだろう。


 操作盤に文字が浮かぶ。


 10、9、8と、カウントが進む。


 (退避しよう)

 ジェスチャーとともに、ルノフェンが走る。

 

 7、6、5。ヒュペラ、フィリウス。メンもそれに続き、レールキャノンから距離を置く。


 4、3。


 2。


 1。

 

 大気を揺るがす、ビリビリとした衝撃とともに、コンテナが空へ撃ち出された。


 遠くに飛んでいくそれは、綺麗な放物線を描き、丘の向こうで見えなくなってしまった。


 ◆◆


 「《マス・キュア・デフネス》」

 世界に、音が戻ってきた。

 ヒュペラの回復呪文だ。


 「誘導作戦は、これで完了だな」

 フィリウスの言葉を、皆が肯定した。


 遠くに飛んでいったコンテナは、無事に魔王を格納したまま、地面に墜落したらしい。

 怪我人はなし。完璧な成功だ。


 「じゃ、帰ろっか」

 と踵を返そうとするルノフェンは、何かに気づいたようだ。

 具体的には、フィリウスの顔を見ている。


 「ッ!」

 意図を察し、純血のハイエルフだと伝わっているはずの彼は、手で顔を隠す。


 言われてみれば、フィリウスには不可解な点があった。

 

 ハイエルフにしては身体能力が高すぎて、鬼人族にしては魔法の適性が高すぎる。

 そもそも、肌をいつも隠しているのは、何故だろう?


 ルノフェンとヒュペラは、同時に同じ答えに至っていた。


 混血なのだ。

 それも、世間に対し、徹底的に秘匿されている血筋である。


 「かっこいいと思うんだけどなあ。精悍で、意思が強そうで」

 ヒュペラがニヤつきながら挑発する。

 

 「というか、さっきの『いかん! 目を閉じろ!』って何? その後、何か攻性防壁が発動したみたいだし。メンさん、なにか知ってるよね」

 「ぬぅ……」


 こうなっては、紫宸龍宮最強の男も、対応に苦慮するばかりだ。


 フィリウスは、ハァとため息を付いた。

 ひしゃげた兜を拾ってきて、修理が必要だと判断する。


 「私から、話そう」

 「しかし……」

 いいんだ、とフィリウスはメンをなだめた。


 「お察しの通り、私はハイエルフと鬼人族の、間の子だ」

 「わーお。それ、言っちゃうんだ」

 「今更、君たちには隠し通せないからな」

 

 チラ、とメンの方を見ると、申し訳無さそうに顔を伏せた。


 「母は、【純白の】エウフェミア。父は――」

 「……俺だ」


 父親が、後の言葉を続けた。


 「巫后の行脚。俺はその護衛として、デフィデリヴェッタの教皇庁を訪れていた」

 「ふんふん、続けなさい」

 調子に乗ったヒュペラが、催促する。


 「彼女は、あまりに美しかった。俺は天涯孤独の定めにあるものと思い込んでいたが、その日だけは、違った」

 「あー、なるほど。一目惚れってやつだね。うんうん」

 ルノフェンは、レールキャノンに座って相槌を打つ。


 「彼女の方も、同じだった。ただ一夜の情事。それで終わるはずだった」

 きゃあと、ヒュペラは可愛らしい悲鳴を上げた。


 「なるほどね、見事に当たったと」

 「その言い方はどうかと思うが……それで、フィリウスが生まれた。そのことを知ったのは、聖女の巡礼が紫宸龍宮に訪れたときだった」

 「七年後、かあ……」


 曰く、その時にはすでに、フィリウスは肌を隠していたという。

 エルフ名家の血統主義が、未だに残る地域もある。

 ゆえに、ハイエルフと鬼人族の混血は、教皇庁にとって都合が悪い。未来はともかく、今はまだ。


 メンは、悔いていた。

 愛の導きに従ったことに対してではない。そこには、むしろ誇りがある。

 苦しみは、子であるフィリウスに、何も出来なかったことにある。


 これが、彼の汚点であった。


 「『気にしていない』とは何度も伝えてはいるんだが」

 「まあ、抱えちゃうよねえ。ボクにパパは居ないから、ふんわりとしか分からないけど」

 「そうなの!?」

 驚くヒュペラを、ルノフェンは「そういう雰囲気じゃないでしょ」とたしなめた。


 「とはいえ、これからもやることは変わらない。今は、私の出生を世間に公表するときではない」

 「分かった。秘密にする」

 あっさりと、ヒュペラは了承。


 「その代わり。私のママが生きてることも内緒。いい?」

 「交渉上手だ」

 差し出されたヒュペラの手を、フィリウスは力強く握った。


 「んじゃ、帰ろっか。宿につくまでは、ボクが付いて《インビジビリティ》掛けてあげる」

 「恩に着る、ルノフェン殿」

 「……頼む」

 

 真昼間の太陽が照らし出す息子の顔は、意外にも少し晴れやかに思えた。


 少なくともこの瞬間が訪れた以上、彼は自らの生まれを呪ってなどいないのだろう。


 誰にも見られず、誰にも聞こえず。

 四人の戦士たちは帰路につく。


 魔王討伐に必要な舞台装置が、徐々に組まれてゆく。


 【続】

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2025年1月10日 12:00
2025年1月17日 12:00
2025年1月24日 12:00

それはもう業が深い異世界少年旅行 リールク @liruk

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