第8話


 それから数日後のこと、夕霧と月影は休憩室でコーヒーを飲んでいた。幽冥の姿は見えない。

「夕霧ちゃんコーヒーのおかわりいる〜?」

「あ、大丈夫です。もう少し経ったら仕事に行くので」

「あれ? 新しい仕事あったっけ?」

「仕事というか、挨拶しに行く……が正しいですね。まだ月影さんと幽冥さん以外お会いしたことがなくて、幽冥さんに『当分帰って来ないだろうから挨拶しておいで』と言われました」

「そっかぁ。みんな転生者の監視とかしててなかなか戻って来れないからね〜」

 異世界に転生した人間を監視・管理するのが異世界管理局の死神の仕事だ。一係に比べると二係が監視・管理する対象は多い。これは二次元であることと、並行世界があるためである。

 そのため二係は年がら年中人手不足で、管理局に滞在している、否、滞在することができる死神は幽冥と新人ゆうぎり新人の教育係つきかげしか居ないのだ。

「ちなみに、誰に挨拶しに行くの?」

玉露ぎょくろさんと白露はくろさんですね」

「その二人が最初かぁ〜!!」

 マジかぁ〜! と笑う月影に夕霧は首を傾げ「その二人が最初だと問題があるんですか?」と素直に聞いた。月影は「んー、問題はないんだけど」と前置きし、

「玉露ちゃんと白露はキャラがかなり濃いから、夕霧ちゃんびっくりしちゃうかも〜」

 と、笑いを抑えきれない震えた声で言う。

 夕霧はきょとんと、楽しそうにニコニコ笑う月影を見る。

 キャラが濃いのは月影さんもそうでは? と思ったが、賢い夕霧は本音を喉の奥に留め「そうなんですね」と完璧な笑みを浮かべた。

 このとき、夕霧は玉露と白露の二人は月影と幽冥以上にキャラは濃くないだろう、と思っていた。月影が自分のことを棚に上げて大袈裟に言っているだけだと。

 だが──

『あーもういやだ、全部いやだ、全ていやだ、何かもがいやだ。死にたい、死なせてほしい、安楽死させてくれ。いや自殺したから死神なんて訳分からん仕事してんだよ。は? 自殺が罪ってなに? 苦しみながら生きろってことか? 楽になりたいって気持ち全否定じゃねぇかよふざけんなよクソ』

『いいか、耳の穴をかっぽじってよぉく聞けよクソ野郎。男はな、女の子の下僕なんだよ。女の子の手足になるために生まれてきたんだよ。理解わかるか? なあ? 理解わかったんなら死ね、理解わからなくても死ね。その方がお互い倖せだと思わねぇ?』

 実際は月影と幽冥以上にキャラが濃いことなど、このときの夕霧は知る由もなかった。

 常識人であることを願いながら立ち上がる。

「約束の時間に遅れると悪いので、そろそろ行ってきます」

「はーい、いってらっしゃい。気を付けてねぇ」

「いってきます、月影さん」

 ひらひらと手を振る月影に手を振り、夕霧は休憩室から保管庫に移動する。

 移動している最中、頭によぎった疑問に足を止めた。

死神私たちが死んだら、その魂はどこに行くの……?」

 自殺した人間は死後、その罪を償うために死神となる。死神となった人間は自殺を禁止され、自分の罪が精算されるまで己の職務を全うする。

 だが──

「仕事中に死んだら、どうなるんだろ……」

 違反者との戦闘なんて日常茶飯事。かすり傷程度の傷を負うこともあるが、腕を切り落とされたりなどの重傷を負うことだってありえる。死に至る怪我をした場合、その死神はどうなるのか。

「……まあ、いいか。死神に死の概念はないのかも。それより、早く行かないと」

 そう結論付け、夕霧はツヴァイの元へと歩き出す。

 保管庫でフィーアに絵本を読んで欲しいと強請られている頃には、そんなことを考えていたことすら忘れていた。

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異世界管理局 真中夜 @mid_night

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