第7話


「ほーら、やっぱり忘れた。世界の理に抗うなんて転生者でも出来ないのに、現地人が抗うのはもっと無理なんだって〜」

 新しいアンジェリーナを愛おしげに見つめるアルフィードの姿を夕霧と月影は木の上から眺めていた。太い木の枝に座り、足をパタパタさせる月影の口元は薄く笑っている。

「ガッカリしてます?」

 夕霧の感情のこもっていない問いかけに、月影は小さく鼻で笑った。それは穏やかな失笑だった。

「してないよぉ。絶対忘れるって思ってたもん。夕霧ちゃんは彼が忘れないって信じてた?」

「信じるわけないじゃないですか。彼が覚えていたら逆行者ってことになりますし、原作改変も良いところです」

「わはは! 原作改変、原作改悪、原作崩壊、ご都合主義なんて二次創作二係ではよくあることじゃない?」

「それはそうですけど」

 ふにゃふにゃと笑う月影に夕霧は深いため息を吐き、アルフィードとアンジェリーナに視線を移す。

 あのアンジェリーナは転生者だ。彼女前任と違い原作知識はなく、タイトルだけは聞いた覚えがある気がするだけの人間。雨の日の階段で他人とぶつかり、落下した衝撃で亡くなった女性。特典ギフトは与えられていないが、彼女前任よりも動物に好かれやすい体質になっている。

「月影さん」

「んー?」

「仮にこの世界がアルフィードの救済を容認していたとして、彼女は聖女としてこの世界を救うことはできたんでしょうか?」

「さぁ? 頑張ればできるんじゃないかな〜」

 どうでもよさそうに月影は言う。

 アルフィードを救済しようとした彼女前任は原作で聖女の秘密が明かされる前に亡くなったので知らなかったのだが、聖女の力が覚醒するのは心から愛した人間の死がきっかけとなっている。

 原作のアンジェリーナはアルフィードを愛していた。愛していたアルフィードが自分を庇って死んだことで、聖女の力が覚醒し、この世界を救うことができたのだ。

 聖女の力が覚醒しなければ世界を救うことはできない。もしかしたら他にも世界を救う方法はあるのかもしれないが、この世界ではそれ以外の方法は分かっていない。

 別に、愛する人間はアルフィードでなくてもいいのだ。誰でもいい。心からその人間を愛し、その人間が聖女のために死ねばいいだけの話。

 だからそう、アンジェリーナはアルフィード以外を愛することができたら、アルフィードが死ぬ必要はなくなり、聖女の力を覚醒することができる。

 しかし──この世界では、必ずアンジェリーナはアルフィードに恋をし、彼を愛することになる。

 それがこの世界が定めた理なのだから。

「ねぇ、夕霧ちゃん」

 月影は夕霧を見上げる。先程とは打って変わって、しょうがないものでも見るような笑み。子供に言い聞かせるような口調に穏やかな声色で話した。

「仮定の話なんかしても無駄だよ。それにほら、俺らが気に病んでも意味なんてないんだよ。干渉するのは規律違反、脱落者として処理されるだけ」

「知ってますよ、大丈夫です。そんなことをしようと思ったことなんてありませんよ」

「ほんと〜?」

「本当ですよ。疑っているんですか?」

「疑ってないよぉ? でも、ほらぁ、夕霧ちゃんって他人に優しいから気に病みそうで」

 予想外の言葉に目をパチパチと瞬かせる。言われた言葉を反芻して、夕霧はふふふ、と楽しげに笑った。

「大丈夫です、気に病みませんよ」

「んー、ならいいけど」

 くすくすと笑って「大丈夫ですよ」と念を押す。

 自分さえ良ければそれでいい、他人のことなんてどうでもいい人間ですから、私は。という本音は喉の奥に押し留めた。本音を言ってもろくなことにはならない、と生前で学んでいる。

「さてと……現地人アルフィードの記憶は上書きされたことは確認できたから、そろそろ帰ろっか」

 月影の言葉に夕霧は首肯した。二人は木の上から飛び降りる。武器の姿から人型となってデスサイズを伴い、ゲートに向かって歩き出した。

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