第6話
アルフィードは幸せそうな顔で死んだアンジェリーナを抱え、ぽつりとちいさな声で呟いた。
「……この世界は、これからどうなる」
「
「リセットしたら、俺は今のこの方を忘れるのか」
「うん、忘れる。忘れて、新しいアンジェリーナに仕えることになる」
死神の言葉にアルフィードはぐっと唇を噛み締めた。
甘いものが好きだと言うくせに、実はそんなに甘いものが好きじゃないアンジェリーナ。
儚くも美しい、月のような微笑みを浮かべるアンジェリーナ。
愛おしさを隠し切れていない声音で、自分の名前を呼ぶアンジェリーナ。
『アルフィード』
「──俺は、」
アルフィードは今のアンジェリーナを愛していた。心から愛していた。アンジェリーナのために生きて、アンジェリーナのために死にたかった。誰よりも幸せに生きてほしかった。
だけど、それはもう一生叶わない。
「俺は、この方を忘れない」
アイスブルーの瞳を剣呑に細めたアルフィードの言葉に、死神は困ったような声で「無理だよぉ」と言う。
「それは無理、できない。君は今の彼女を忘れて新しい彼女を好きになる。それがこの世界の定めた
「俺が愛しているのはこの人だ。この人を忘れて別な誰かを愛するなんてありえない」
「うんうん、一途だねぇ。でーも、ありえるんだよ。その気持ちも上書きされるから」
「俺はアンジェリーナ様を忘れない。この世界がリセットされ、
黄金色の瞳がまぁるくなり、ぽかんと口が開いた。アルフィードの言葉を反芻した死神は失笑を漏らすと、腹を抱えて笑い出した。
それにもう一人の死神がキュッと眉間にシワを寄せ、呆れ果てた眼差しを男の死神に投げ「うるさっ」と悪態をつく。
「ダハハハ!! ねぇ夕霧ちゃん! 今の聞いた〜!? 世界の
「めっちゃ笑うじゃないですか」
「だってさぁそんなこと初めて言われたんだもん! 笑っちゃうって!」
笑い声は段々、ひぃひぃと引き攣ったような声へと変わる。死神は何度か咳き込み、こぼれ落ちた涙を拭い取る。
「はー……ゲホッ。好きにすればいいと思うよぉ? 俺たちは現地人に手を出すことは禁止されてるから、君が何をしようと止めることは難しい。たとえ、その何かが世界に抗、ふふふっ」
「月影さん、しっかり」
「ンフッ、大丈夫」
死神は深く息を吸って、深く息を吐いた。猫のような目がアルフィードを映す。
「上書きされないよう、頑張ってねぇ?」
その言葉を最後に、視界が歪み、空間が歪み、世界はリセットされた。
「アルフィード?」
自分を呼ぶ竪琴のように柔らかな声音には心配そうな色が含まれていた。
アルフィードはその声でハッと我に返り、心配そうな顔で自分を見上げる少女に謝罪を口にする。
「申し訳ありません、アンジェリーナ様。護衛中だというのに……」
「ううん、それはいいの。もしかして疲れてるの?」
「疲れてなどいませんよ。休息は十分にとっていますから」
「そう? それならいいの。でも……無理はしないでね、アルフィードに何かあったら嫌だから」
ノイズが走った。自分は前にもこんな風に彼女に心配をかけて、似たようなことを言われた気がする。
──本当に?
固いものが頭にぶつかったような痛みにぐっ、と眉間にシワを寄せた。
頭の中に覚えのない記憶が流れる。
『アルフィード、大丈夫……? どこか痛いの?』
『いいえ、どこも痛くありませんよ。アンジェリーナ様はお優しいですね』
『優しくなんかないわ。私は、アルフィードだから心配しているの』
記憶の中のアンジェリーナは恥ずかしそうに微笑んでいる。
……これは、誰の記憶だ?
「アルフィード? どうしたの?」
『アルフィード』
アンジェリーナの声が二重になって聞こえる。声だけではなく、アンジェリーナによく似た顔の誰かが瞼の裏にチラついた。
アルフィードは疲れているのかもしれないと思った。休息は十分にとっていたつもりだったが、鍛錬をしていたのだから休息にはなっていなかった、と思い出したのだ。まとまった休みがとれたらゆっくりしようとは思うが、彼女の筆頭護衛である彼がまとまった休みをとれることは滅多になく、また、自分以外の誰かに護衛を任せるのは不安であった。
この人を守るのは自分の役目で、この人を守れるのは自分しか居ない。
「……アンジェリーナ様」
「なぁに?」
「貴女のことは俺が必ず守りますね」
きょとりと少女が驚いたように目をまん丸くさせ、嬉しそうに目を細めて「約束ね」と太陽のように眩しい笑顔を浮かべる。その笑顔に、朧気だった儚くも美しい、月のような微笑みが上書きされた。
それに、アルフィードは気付かない。気付けるわけがなかった。彼はもう彼女のことなんか忘れてしまったのだから。死神に自分の主は彼女だけだと啖呵を切ったというのに。
「あーあ、だから言ったのに」
落胆したような声が耳元で囁かれた。バッと背後を振り返るがそこには誰も居なく、眉をひそめるアルフィードだったが気の所為だということにした。
「ねぇ、アルフィード」
「はい、アンジェリーナ様」
「ずっと私のそばに居てね」
アルフィードがいなくなったら泣くわよ、私。
甘えを含んだ柔らかな声音に、薄い唇から笑い声が漏れる。
愛おしい、と思った。同時に、この命にかえても守らなければいけないと思った。それは彼女が聖女だからじゃなくて、アンジェリーナだから守りたかった。
アルフィードは膝を着き、彼女の手を取ると滑らかな手の甲に唇を落とす。
「貴女が俺を不要だと言わない限り、俺は貴女のそばに居ますよ」
愛しさを全て詰め込んで、煮詰めたような甘い声でそう言った。
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