第5話


 止むことがない銃弾を結界で防ぐアンジェリーナは、鎌を持った死神と交戦するアルフィードに意識を向けていた。

 銃弾に紛れて金属同士がぶつかり合う音が聞こえる。一見互角に見える戦いだがアルフィードの方が押していて、あれなら大丈夫だろうと判断し、目の前の死神に集中することにした。

 目が合うと、死神はへらりと笑う。アンジェリーナにとってあの死神は忌々しい存在であり、もう二度と会いたくなかった存在でもあった。

 前回、アンジェリーナはあともう少しでアルフィードを救済することが出来た。それをあの死神は邪魔をし、全て『さいしょから』になってしまった。

 アンジェリーナはアルフィードとこの先も生きていたい。世界のルールなんて彼女は知らない。そんなもの、関係なかった。

 ──自分の邪魔をするなら魔族と同じように殺すだけ。

「フィーア」

 気の抜けるような声がデスサイズの名前を呼ぶ。アンジェリーナは何をするのかと注意深く観察する。機関銃は淡い光を放つと、ライフルへと姿を変えた。

 思わず目を見開くアンジェリーナに死神はにんまりと口角を上げて笑う。

「フィーアは銃限定で姿を変えることができるんだよ〜」

「銃を変えたところで何も変わらないわ!」

「わはは! それはどうかなぁ?」

 銃弾が叩き込まれる。何も変わらない。もう一発、叩き込む。何も変わらない。

 アンジェリーナは『ほら見ろ、何も変わらないじゃないか』と言わんばかりに死神を見る。死神はへらりと笑って、さっきとに銃弾を叩き込んだ。

「っいい加減に、」

 苛立った彼女は攻撃魔法を発動しようとして、中断させる。結界にヒビが入っていることに気付いたのだ。だが──気付いたところでもう遅い。

 ヒビが入った箇所に銃弾が叩き込まれ、バキンッ! と結界が割れる。

「一点突破〜」

「だから何だって言うの!? 結界が破られても、また新しい結界を張れば」

「うん。俺が君の立場ならそうすると思うよ?」

 アンジェリーナはすぐさま結界を張り直した。アルフィードの隙をついて攻撃を仕掛けて来るだろうもう一人の死神を警戒して。けれど、もう一人の死神はアンジェリーナのことなど眼中に無いようにアルフィードの相手をしている。

 それどころか、アンジェリーナの相手だった死神は「バイビー」とウインクをし、ライフルをアルフィードに向け、止まっていた空気の抜けるような音が響き渡る。

 ──死神は標的をアンジェリーナからアルフィードに変えたのだ。

「アルフィード!」

「動くな! そこに居ろ!」

 駆け出そうとした体がビクッと跳ねる。アルフィードがアンジェリーナに対して声を荒らげたことは今まで一度もない。普段の彼女であれば『声を荒らげる推しもまた善き』などと思うのだろうが、この状況ではさすがにそんなことは思わなかった。

 アンジェリーナとてあれが罠だと分かっている。自分を引き寄せるものだと。現地人を殺せないと彼らは言った。彼らはアルフィードを殺すことはできない。

 できないけれど。

 アルフィードが傷付く姿など、彼女は見たくなかった。

 それで自分が死んでしまっても構わなかった。

 彼女は──アルフィードのために生まれて来たのだから。

「アルフィードッ」

 気が付けばアンジェリーナはアルフィードに向かって駆け出していた。「来るなッ!」と彼が荒らげた声で叫んでも彼女の足は止まらない。銃弾の音が止んでいることに気付かぬまま──彼女はアルフィードを背に庇う。

 ──容赦なく銃弾がアンジェリーナの身体を貫いて、鎌が無慈悲に振り下ろされた。血飛沫が辺りに舞う。

「……アンジェリーナ様……?」

 自分を呼んだ声はどこか幼く、アンジェリーナは何がおかしいのか分からないまま、はっ、と笑い声を漏らした。そして、ゴポリ、と何かを吐き出した。

 その何かは、びちゃり、ぼたり、と地面を赤く染める。それを虚ろな目で見ていると、ふらりと身体が傾いて、抱き留められる。

 アンジェリーナは自分を抱き留めた人物を見て頬をゆるめた。アルフィード、と言おうとして、ゲホッと血を吐き出した。ヒューヒューと風が鳴っているような呼吸。

「話さないでください」

「アル、フィ……ド……」

「アンジェリーナ様、お願いです、話さないでください」

「手を、にぎっ……」

 震えた手がアンジェリーナの手を握った。アンジェリーナの柔らかな手とは違う、ゴツゴツとした武骨な手。

 アンジェリーナは、一之瀬和奏はアルフィードのことが好きだった。推しだから救済したい、という気持ちはいつの間にか恋愛感情へと変化していて、愛しているから生きて欲しいと思うようになっていた。

 アルフィードに生きて欲しかった。ずっと自分の傍に居て欲しかった。かなうことなら、彼に愛してもらいたかった。

 ふぅ、と息を吐く。アルフィードが必死に「大丈夫です、アンジェリーナ様は死にません、俺が死なせません」と言っているが、アンジェリーナは自分がもうすぐ死ぬのだと理解していた。

 美しい顏は悲しげに歪められている。

 逡巡する。

 どうせなら悔いが残らないようにしよう、と微笑む。

「……アルフィード、あの、ね……」

 甘いものが好きな彼が特に好んで食べるフルーツタルトよりも甘い甘い、震えた声で愛を告げる。

「あいしてる」

「……俺も、愛してます、アンジェリーナ様」

 好きな相手からの最初で最後の口付けに、アンジェリーナは幸せそうに笑った。

 

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