第10話 神職の過去(4)

 

 

 それから四年が過ぎ――。


 スズランがマモリ見習いとして加えられた日の昼前のこと。台所で昼食の準備を行うギーとリンドウのところにスズランがやって来た。


「あん? なんやスズラン?」


「どうしたんですか、お嬢?」


「今日から拙者も、マモリ見習いとして務めることとなりました。まずは台所仕事からと母上に言われて参りました。あに様方、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」


 板の間に正座し、床に手を着いて恭しく頭を下げるスズラン。リンドウとギーは一瞬きょとんとしたあとで、素早く顔を寄せ合う。


「ギー、兄弟子命令や。面倒みたって」


「そらないでしょ、リンドウちゃん。俺ちゃん二十四よ? お嬢より一回りも上なんだから、色んなこと考えちゃって駄目よ。ロリコンツツジさんにも睨まれちゃうし」


「俺もそれが嫌なんやて。ツツジの兄やん、なんや知らんけど、めっちゃ俺に絡んでくるやろ? 鬱陶うっとうしゅうてかなわん。スズラン絡むと余計ややこしなるて絶対」


 リンドウは十七歳にしてツツジと張り合う術師として成長していた。神職信徒の間で、剣技のカラタチ、術のツツジと呼ばれている時代にである。


 ツバキはそこが気に食わないと歯噛みしていたが、ツツジはそこまで度量の小さな男ではない。では何故ツツジがリンドウに絡むのかというと……。


「絡まれてんのは、リンドウちゃんが悪戯したからっしょ」


 その悪戯というのがまた悪辣なもので、ツツジがスズランに会いにオモト邸を訪れた際、玄関に【障壁】を張っておくというものだった。


『スズラン、また綺麗になったね』


 と、笑顔で言いつつ歩み寄ったツツジは見えない壁に衝突し、尻もちを着いて綺麗にひっくり返った。出迎えの為に玄関で正座していたスズランの前で、である。


 スズランは笑ってはいけないと思いながらも失笑を余儀なくされ、一度笑ったら歯止めがかからず抱腹絶倒。板張りの廊下の上を笑い転げた。


 つまるところ、ツツジは妻になるかもしれないスズランの前で大恥を掻かされたことを根に持っているという訳だ。色恋に度量の大きさは発揮しなかったようである。


「あれは面白おもろかったなー。あんなに綺麗に後ろに転がる奴見たことないもん。ほんで、何事もなかったみたいな顔しよったやろ? あんなん笑わん方がおかしいて」


「確かに笑えたけどもだよ? 俺ちゃんまで怒られたからね、アレ。まぁ、止めなかったのが悪いって言われちゃあしょうがないんだけどもさ」


 二人がこそこそと話している間に、スズランは溜め息を吐いて土間に降り、包丁を握った。料理くらい自分もできると意気込み、まな板の上に置いてあったじゃが芋の皮を剥こうとしたのだが、するりと手が滑って指を切ってしまった。


いたっ!」


「お嬢⁉」


 スズランの声に気づいたギーが慌てて歩み寄る。親指から出血していた。


「リンドウちゃん、カラタチさん呼んできて。お嬢、ちょいと失礼」


 ギーはスズランの親指を咥えた。


「何してんねや⁉」


「獣は傷を舐めるっしょ? それと同じで痛みが和らぐのよ。早くカラタチさん呼んできて。これ深いよ。回復術で治してもらわなきゃいけないから」


 リンドウが「分かった!」と返事をし、【影転移】で姿を消す。


「お嬢、すぐに治してもらいますからね。それまで我慢してくださいね」


「うん。ありがとう」


 ギーは困ったように微笑んでスズランの親指を咥える。


 スズランは痛みが和らぐのを感じて、ギーの優しさに感謝した。


 この一年後、オモト一家は魔素溜まりの処理中、ギーの手により惨殺されることになる。そこにいなかったリンドウとスズランを除いて。

 

 

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Earp yuo sea〜Casual daily life〜 月城 亜希人 @Akito-Tukisiro

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