第42話 お披露目しよう

 NPOの所属となってから、通信用の大きな端末を与えられ、衛星にも自由に繋げられるようになったのは非情にありがたいことだった。

 砂漠化が進むヌアクショットの街は、さらわれて行ったアルジェリアでの事を思い出させてなんともいえない気持ちになる。けれど、もう今頃は、あのオアシスでの紛争も無くなった。タマランセットは、少しは平和になっただろうか。

 空港のロビーで、刀麻は端末をつないで衛星通信を試みた。

 程なくして応答があり、相手の顔が画面に出る。

「相変わらず行動力があるよね、刀麻は・・・。ついこの間までアルジェだったかと思えば、またドバイへ戻って、もう別の土地にいるなんて。」

 画面の向こうの旧友が呆れたような顔で感心を示す。

「そんなに褒めるなよ。照れるだろ。」

「いや、褒めてはいないけどさ。・・・英国へくればいいのに。君ならどんな大きな病院だって大歓迎だよ?静流もいるんだし。」

 それはマズイ。

 静流というのは刀麻にとって恩師も同然の医師だが、今となっては到底イギリスへ足を踏み入れる気にはなれなかった。まさかばれることはないだろうが、その英国出身の軍人をメスで脅迫してしまった事を考えると、英国へ渡ることだけは気が引けた。

 なるべく軍と接触したくないので、今回はNPOに入って働くことにしたのだ。非営利、非政府、民間万歳。

「一応、世話になったから礼だけでも言っておこうと思って連絡したんだ。」

「衛星通信が自由に使えるのは助かるね。」

「・・・はは、首都だけでならな。俺が勤務している町まで引っ込むと、危なくってとても端末なんか引っ張り出せなくて。」

「そんな危険な場所で仕事しているの?」

「機械が壊れちまう危険性だけは。かなり高いかな。・・・まあ、どこへ言ったって多少の危険は付き物だよ。」

「刀麻・・・。」

 不安そうに青い瞳を細める旧友。長い金髪がふわりと揺れた。

「心配すんなよ。また連絡入れるって。今日は空港に知人を迎えに来たついでさ。またすぐに繋ぐから。」

「知人を?仕事の人?」

「いいや。俺の女。」 

 旧友は安堵したかのように笑った。青い瞳が今度は笑いの形に細くなる。

「・・・そう。そう言う人が出来たんだ、刀麻。おめでとう。きっと素敵な人なんだろうね。是非、今度紹介してね。」

 彼は刀麻が恋人を亡くした時のことを覚えている。それからずっと、特定の女性を作っていなかったことも知っている。

「ああ。そのうちな。じゃあ、そろそろ飛行機が付く時間だから。またな。」

 腕時計をさっと見てから慌てて端末を片付ける。電源を落してすぐに専用バッグにしまい、空港の受付カウンターへ預けた。手にしていると狙われて危険だからだ。

 モーリタニアは来てから一ヶ月、ようやく新しい診療所に慣れた頃にタァヘレフから連絡があった。

「どうも、照れるね。」

 ドレッドヘアーを掻きながら、刀麻は到着アナウンスが流れる港内を歩く。エールフランスの飛行機でやってくる予定だ。

 殆どが現地人という客の中から、見知った顔を見つける。

 小さな荷物を持った、黒髪の美女がこちらに気付いて笑顔になった。愛嬌のある大きな黒い瞳。久しぶりだ。

「トーマ!ドクター・トーマ!」

「タァヘレフ!」

 たくさんの人が行き来する港内で、入国手続きを済ませた彼女を両手でぎゅっと抱きしめる。再会のキスも雨のように彼女の顔へ降らせた。

「お会いしたかった。・・・嬉しいです、トーマ。」

「よく、プリンセスが許してくれたな。やっと母子で暮らせるようになったのに。」

 彼女の手荷物を持って、優しく肩を抱いて歩き始める。空港のターミナルで、車を拾わなくてはならない。

「条件を一つ出されました。約束を守ってくれるのなら、プリンセスも一人で頑張るって・・・。」

「条件?へぇ、なんだろ。」

 モーリタニアでの仕事は、ドバイの大きな病院のようなものではなかった。

 診療所も決して大きくはなく、設備もそれほど整ってはいない。看護師の数も少ないのだ。充分な治療が出来るかと言われたら、首を横に振るほかない。支払われる賃金も、医療チームの頃とは雲泥の差だ。生活だって大変である。生活上のインフラが整備されていないところもあり、それこそ砂漠での暮らしに近いような、不便な暮らしだった。

 それでも彼女は刀麻の元へ来ると言ったのだ。

 プリンセスも、リハビリが済んだなら追いかけてくると宣言している。それは止めたほうがいいと、何度か忠告しているのだが。

「弟か妹を・・・トーマと作って欲しいと、そう言われました。」

 彼女は頬を染めて恥ずかしそうに答えた。

 思わず目を丸くする刀麻も、一瞬言葉を失う。

 まったく、プリンセスにはかなわない。あのお姫様ときたら、いつも刀麻を驚かせるようなことを言ってくるのだ。

 ・・・結婚の次は養女で、さらに兄弟を希望、ときたか・・・。

「俺、改宗しないと駄目なんかな?タァヘレフ。」

「わたくしはイスラム教徒ではありませんよ。トーマ。御気になさらず。」

 もう一度、彼女の額にキスをする。

 空港の外に出ると、アフリカの強い日差しが刀麻の目を焼いた。思わず手を翳し、それから眼鏡を光に耐られるように調整する。

 診療所へ戻って、彼女をスタッフに紹介しなくては。




fin

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