9. アイドルに一芸いります? いりますか、そうですか……


昨今のアイドルは、見た目やパフォーマンス以外にも、何か売りになる特別な一芸がないといけないような風潮がある。

先日も、事務所のスタッフに「何か特技ない?」と尋ねられてとても困った。正直、幼い頃から歌とダンスを習得してファンサに努め、見た目の向上だけで精一杯だった。そこに加えて皆どうやって更なる技能を身につけているのか、時間と体力をどう捻出しているのか、まったく想像もつかない。ひょっとして人によっては一日50時間とかあるのだろうか。

しかし、厳しい芸能界を生き残っていくためには必須になりつつあるようだ。特技、特技……と、やむなく無理やりひねり出してみる。

あえて他の人があまりできなさそうなことを挙げるとすれば、俺はステージの上から見て誰のうちわやライトが一番多いか、だいたい分かる。下積み時代が長く、幼い頃から繰り返し先輩のステージの隅っこに立ってきた修練の賜物である。

ちなみに今所属しているグループにおいて、一番多いのは俺だ。

これは俺が現グループのセンターで見せ場も多く作られているため、妥当である。芸歴も長いしね。

それはいい。問題は、誰が一番少ないかも分かってしまうことである。




今日は新曲の振り付けでメンバー全員が集まる予定だった。

俺は現場の入り時間はいつも早いほうだが、必ずそれより早いメンバーがいた。

トレーニングルームをのぞくと、案の定いるだろうと思っていた人がいた。鏡の前でいち早く独りで練習をはじめている。

しばらく眺めた後、きりの良いところで部屋に入った。


「はよーっす」

「あ、葵くん、おはようございます!」


律儀に挨拶するのは、同じグループのメンバー、里中実流。何を隠そう、俺の「推し」である。

元々アイドルが好きだったから自分もはじめたわけで、アイドルだって好きなアイドルがいてもおかしくはない。

実流はおとなしめでキャラが立っているタイプではなく、トークタイムでも端のほうでにこにこと聞いていることが多いが、謙虚で誰より努力家だ。ダンスも歌も安定して任せられる。いつも穏やかだが、たまに見せる本気モードのギャップがたまらない。あと、顔が良い。一見地味だがよく見るととても上品な顔立ちをしていて、肌も髪も美しい。推せる。

とまあ語りだすと止まらないわけだが、とにかくグループ内に推しがいると、仕事とプライベートの両立が大変はかどる。

あろうことか、こちらを認知してもらえ、連絡先まで自然にきけてしまうのだ。未公開のバックステージだって全て見放題。正に役得てんこもり。本当に課金しなくていいんですか!?と詰め寄りそうになる毎日だ。

とまあ俺にとっては満足度カンストなわけだが、いっぽうで実流にとって現状はどうかというと、ようやく話は最初に戻る。

目下、メンバー内でファンによるうちわやライトの数が一番少ないのが、実流だった。まったく納得いかない。俺が観客としてライブ参戦できないのが悔やまれてならないが、いかんせん同じステージに立つという重要なタスクもある。仕方なく、グッズ通販で実流のアイテムを大人買いしていることは、わりと重めの秘密である。

どうすれば実流の魅力を広く広めることができるのかを日々考えつつ、アイドルとして培われたキメ顔ポーカーフェイスで話しかける。


「もう練習してたのか。今日も早いな、実流。俺も見習わないとな」


俺の言葉に、実流はぱっと赤面し、恐縮する。


「そんなっ。葵くんこそ、いつも完璧だし忙しい筈なのにこんなに早く来て練習するなんて。さすがリーダーだなって……ぼくはみんなの足をひっぱらないように、人一倍がんばらないと」


ほーらー、俺の推しかーわーいーいーー!

必ずこの手で実流の人気を押し上げねばならぬ、と決意を新たにする。

そうしているうちに、他のメンバーもトレーニングルームにやってきて、練習がはじまった。




さしあたり、何からはじめよう。

実流自身は素晴らしいのだから、あとはどう魅力を伝えるかだけである。

実流に注目を集める方法として思い付くのは、例えば俺が積極的にからみにいくとか……いやいや、それはさすがに公私混同が過ぎる。一人のファンとして、超えてはいけない一線があるだろう。……だがしかし、ファンの中にはメンバー同士が仲良くしている姿を好む層もいる。これもファンサと言えなくも……。


「葵くん?」


唐突に推しのアップを見せられ、変な声をあげなかったのは称賛に値する。俺はアイドルだったから堪えられたけど、アイドルじゃなかったらきっと堪えられなかった。


「どうした?」

「今度のライブのここの振り付けだけど、どっちがいいかな」


近い近い近い!

ってかほんと顔良っ!

でもってなんかいい香りが……。


「……ヤっバ」

「だめかな?」

「いや、そういうわけじゃなく。いいと思う。これでいこう」


いかんいかん。思考が漏れ出しかけてた。リーダーの威厳を保つべく、落ち着いた声で応じる。

そんな俺に、実流はにっこり微笑みかける。

うん、今度のライブでいっぱいからみに行こ!

そう決めていた。




「みんなー! ありがとー!!」


大成功のライブツアーの千秋楽の舞台の上で、充実感と同時に俺はおのれの不甲斐なさを噛み締めていた。

全国をまわったツアーも今日で終わり。にも関わらず、俺は結局一度も実流にステージ上でからめないまま今日に至ってしまったのだ。

だってやっぱり緊張しちゃうもの!

ライブ中のアイドルは、普段以上に輝いている。実流なんてもう発するキラキラがとんでもなくて、あまりの神々しさに至近距離で直視などしたら目がつぶれるんじゃないかと思ったわけで。

一周まわって、俺は冷静になった。

周囲を見回すと、観客席で主張するうちわやライトに、実流のものも決して少なくなかった。焦らなくても、実流の魅力はゆっくりだが確実にファンに伝わっているのだ。

だから、俺が余計なことをする必要なんてない。立場を利用して付け入ろうなんて、パワハラとかセクハラになっちゃうかもだし。良くない、良くないね、うん。

俺はグループのリーダーとして、このライブを無事終わらせることだけを考えよう。

そう心を決めた瞬間。背中に温かい何かが触れた。

振り返ろうとした頬に、柔らかいものがそっと触れる。目の前にはドンピシャ好みな実流の笑顔。俺の体にふわっと回された腕もまた、実流のもので。


「葵くんがリーダーでよかった! 大好きだよ!」


実流の声に、会場中から歓喜の絶叫が重なる。

なんだ、やっぱこれファンサになるじゃん。実流やるじゃん……。

ぼんやりそんなことを思いながら、俺は鼻血を流し、その後のことはよく覚えていない。



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しょーもない特殊能力をもってしまいました。 @nekototorl

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